第94話 古代の輝き
激しい光に包まれた後、五人の意識が徐々に戻ってきた。
風のような音が耳の中で鳴り止み、視界が開けていく。
「みんな、大丈夫?」
孝太が周囲を見回しながら問いかける。
「うん…なんとか」
リーシャが頭を押さえながら立ち上がる。
「わー!すごい!」
フィンの声が響き、全員が周囲を見渡した。
彼らは"記憶の神殿"の中にいたが、それは彼らが知るものとは全く異なっていた。
壁は真新しく、白い大理石が美しく磨かれ、金と銀の装飾が施されている。床には複雑な模様が刻まれ、その一つ一つが微かに光を放っていた。天井からは七色に輝くクリスタルのシャンデリアが下がり、部屋全体を柔らかな光で満たしていた。
「成功したようね」
アイリスが静かに言う。
「これが3000年前の"記憶の神殿"…」
「きれい…」
フィンが口を開けたまま天井を見上げる。
コウがポケットからカメラを取り出そうとした。
「写真を撮っておきたいところだが…」
「やめておいたほうがいい」
孝太が制止する。
「現代技術の痕跡を残さないほうが安全だろう」
コウは残念そうに頷き、カメラをしまった。
「さて、どうする?」
リーシャが実践的な質問をする。
「この時代に何を見つければいいの?」
「まずは」
アイリスが神殿の中央に向かいながら言う。
「核が作られた場所を見つけなければ。"記憶の核"はここにあるはずだけど、他の六つの核の情報も必要よ」
孝太がデバッグモードを起動しようとすると、青い光が一瞬だけ現れた後、すぐに消えてしまった。
「あれ?」
孝太が驚く。
「この時代では、プログラムの構造が違うのかも」
コウが推測する。
「デバッグモードが完全に機能しないのかもしれない」
孝太は再度試みたが、同じ結果だった。
「限定的に使えるだけみたいだ。慎重に行動する必要がある」
五人が神殿の出口に向かうと、外の景色に全員が息を呑んだ。
南方遺跡——いや、現在では「アルカディア」と呼ばれる都市が、その全盛期の姿で彼らの前に広がっていた。
白い大理石の建物が整然と並び、街路には色鮮やかな花が咲き誇っている。道路は透明な石材で舗装され、その下を水が流れ、涼しげな雰囲気を醸し出していた。街のあちこちに七色に輝く噴水があり、人々が集まっている。
そして何より驚くべきは、空に浮かぶ建造物の存在だった。
いくつかの建物は地上から10メートルほど浮かび、透明な橋で結ばれている。それらの浮遊建造物からは、七色の光の筋が地上へと伸びていた。
「信じられない…」
リーシャが呟く。
「これが古代文明…」
「科学と魔法の融合…」
アイリスが静かに言う。
「七つの核の力を使いこなしていたのね」
人々の服装も現代のバルドールとは大きく異なっていた。
男女ともに軽やかな布地の白い服を着ており、金や銀の装飾が施されている。多くの人が額や手首に七色に輝く小さな装飾品を付けていた。
「僕たち、目立ちすぎないかな?」
フィンが自分の服を見ながら心配そうに尋ねる。
確かに、彼らの冒険者風の装いは、この洗練された都市では浮いていた。
「最初の目標は、服を調達することかな」
コウが提案する。
「でも、お金は?」
リーシャが尋ねる。
孝太がポケットから小さな金貨を取り出した。
「これは試しに持ってきたんだけど…この時代でも通用するかな」
「確かめてみるしかないわね」
アイリスが言う。
五人は目立たないように神殿から出て、市場らしき場所へと向かった。
アルカディアの市場は、バルドールのそれとは比べものにならないほど洗練されていた。
露店ではなく、半透明のガラスのような素材で作られた店舗が並び、その中には想像もつかない品物が陳列されていた。
「あれは何?」
フィンが指さす先には、空中に浮かぶ果物があった。
「重力制御技術かもしれないね」
コウが驚きながら観察する。
彼らが市場を歩いていると、青い布地の服を売る店が見つかった。
孝太が店主に金貨を見せると、店主は少し驚いた表情を見せたが、受け取って細かく調べた後、頷いた。
「古い鋳造だが、純度は高い」
店主が言う。
「五着の簡素な服なら、これで足りるだろう」
五人は急いで時代に合った服に着替えた。
白と青を基調とした軽やかな衣装は、思ったよりも着心地が良かった。
「よし、これで少しは目立たなくなったはずだ」
孝太が言う。
「次はどこへ行く?」
リーシャが尋ねる。
「中央広場に向かいましょう」
アイリスが提案する。
「核に関する情報なら、そこにあるはず」
五人は市場を抜け、中央広場へと向かった。
道中、彼らは古代都市の驚異的な技術に何度も足を止めた。
街灯は電気ではなく、小さな七色の結晶が光を放っている。水道は空中から水が湧き出るように設計され、ゴミ一つない清潔な街並みが続いていた。
「科学の力なのか、魔法なのか…」
コウが小声で言う。
「恐らく両方でしょう」
アイリスが答える。
「核の力を科学的に解明し、応用したのね」
中央広場に到着すると、そこはさらに壮大な光景だった。
巨大な七色の噴水が中央にあり、その周りには七つの塔が円を描くように建っていた。
各塔は異なる色で輝いており、それぞれが核の色と一致しているようだった。
「七つの塔…」
孝太が呟く。
「各核の研究施設かもしれない」
人々は忙しなく行き交い、中には明らかに研究者と思われる人々も見られた。
彼らは額に特殊な装飾を付け、手には光る板状の装置を持っていた。
「行ってみよう」
孝太が提案する。
「でも、怪しまれないように注意して」
彼らが七つの塔に近づこうとしたとき、突然大きな歓声が上がった。
広場の一角に人だかりができており、誰かが演説をしているようだった。
「見てみましょう」
アイリスが言う。
「重要な情報かもしれない」
五人は慎重に人だかりに近づいた。
人々の間から、演壇に立つ二人の人物が見えた。
一人は長い白髪と白い髭を持つ老人で、もう一人は若く精悍な容貌の男性だった。
二人とも白と金の装飾が施された特別な衣装を着ており、権威ある雰囲気を漂わせていた。
「アルカディアの市民たちよ!」
若い男性が力強い声で語りかける。
「明日は、我々の歴史に刻まれる偉大な日となる!」
老人が続ける。
「長年の研究の末、我々はついに七つの核の調和に成功した。明日、"均衡の神殿"にて、七つの核が初めて一堂に会する」
聴衆から大きな拍手が沸き起こる。
「これにより、我々の文明はさらなる飛躍を遂げるだろう」
若い男性が続ける。
「そして、永遠の調和と進歩の時代が始まる!」
「アークマスター・ゼノス、アークマスター・レイヴン万歳!」
群衆が熱狂的に叫ぶ。
「ゼノスとレイヴン…」
アイリスが小声で言う。
「核の創造者たち…」
「そして、これは特別な発表だ」
ゼノスと呼ばれた老人が手を挙げて静かにするよう促す。
「我々は遠い星から訪れた使者と接触した。彼らの知恵により、我々の文明はさらなる高みへと登る」
この発言に、五人は驚きの表情を交換した。
「遠い星?」
孝太が困惑する。
「これから進めていく"大収斂"プロジェクトは、我々の世界を完全なものへと導くだろう」
レイヴンが熱っぽく語る。
「もはや死も、病も、不完全さも存在しない世界を!」
「"大収斂"…」
コウが緊張した面持ちで言う。
「ルザン卿が言っていたのと同じだ」
演説が終わり、人々が散り始めると、五人は物陰に隠れて相談した。
「重大な情報だわ」
アイリスが言う。
「核が作られたのは明日。そして、どうやら"大収斂"の概念もこの時代から存在していたみたい」
「"遠い星からの使者"って何だろう?」
リーシャが疑問を投げかける。
「異世界…もしかしたら日本のことかも」
孝太が考え込む。
「それとも、別の何か…」
コウが不安そうに言う。
「どうするの?」
フィンが尋ねる。
「明日の儀式を見に行く?」
「行かなければならない」
孝太が決意を込めて言う。
「核が最初に集められる瞬間を見なければ。それが世界の不安定さの原因かもしれない」
「問題は、どうやって"均衡の神殿"に入るか…」
リーシャが実際的な問題を指摘する。
「まずは情報収集だ」
コウが提案する。
「この時代の社会構造や、神殿へのアクセス方法を知る必要がある」
「じゃあ、手分けして情報を集めましょう」
アイリスが言う。
「でも、目立たないように。この時代の人々に不信感を抱かせてはいけない」
「僕は市場で情報集めができるよ!」
フィンが元気よく言う。
「危険だから、私と一緒に行動して」
リーシャが少年の肩に手を置く。
「僕とコウは図書館のような場所を探そう」
孝太が提案する。
「記録があれば、この時代についてもっと知ることができる」
「私は核の痕跡を感じ取ってみるわ」
アイリスが言う。
「七つの塔の近くで、何か分かるかもしれない」
「じゃあ、二時間後にここで落ち合おう」
孝太が提案する。
五人は手分けして、それぞれの情報収集に出発した。
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孝太とコウは、中央広場の近くにある大きな建物に向かった。
その建物は白い大理石と透明なガラスのような素材で作られ、入口には「知識の殿堂」と記された標識があった。
「ここが図書館のようだ」
孝太が言う。
二人は中に入ると、そこは想像を超える光景だった。
巨大な円形ホールの中央には、七色に輝く柱があり、その周囲に無数の半透明のパネルが浮かんでいた。
人々はそれらのパネルに触れて情報を閲覧しており、まるで未来のデジタル図書館のようだった。
「これは…」
コウが驚きの声を上げる。
「タブレットのようなものかな」
孝太が小声で言う。
「でも、どうやって使うんだろう?」
二人が困惑していると、青い制服を着た若い女性が近づいてきた。
「初めていらっしゃいますか?」
彼女が優しく尋ねる。
「お手伝いしましょうか」
「あ、はい」
孝太が少し緊張しながら答える。
「私たちは…遠方から来たもので、使い方がわからなくて」
女性は微笑み、二人を案内してくれた。
「これは"知識の泉"と呼ばれるシステムです。額の装飾がない方は、こちらの一時的な認証を使ってください」
彼女は二人に小さな七色の石を渡した。
「これを額に当てると、情報パネルとつながります」
孝太が恐る恐る石を額に当てると、目の前のパネルが明るく輝き、様々な項目が表示された。
「ありがとうございます」
コウが女性にお礼を言う。
「どのような情報をお探しですか?」
彼女が親切に尋ねる。
「アルカディアの歴史と、七つの核について知りたいのです」
孝太が答える。
「なるほど」
女性がパネルをいくつか操作すると、関連する情報が表示された。
「これで基本的な情報はご覧いただけます。他に何かあれば、お気軽にお呼びください」
彼女が去った後、二人は熱心に情報を読み始めた。
「すごい…」
孝太が情報の量に圧倒される。
「アルカディアは200年前に建設されたらしい。七つの核の研究が始まったのは50年前」
「そして、ここに書かれている」
コウが別のパネルを指さす。
「"大収斂プロジェクト"は10年前に開始。"星の使者"との接触後に加速したとある」
「星の使者…」
孝太が他のパネルを探る。
「ここにも情報がある。20年前、北の山脈で"異界からの訪問者"が発見された。彼らは"完璧な世界"の概念をもたらした」
「これは…」
コウの表情が暗くなる。
「何か不吉な予感がする」
二人はさらに情報を探り、核の技術や明日の儀式についての詳細を集めていった。
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一方、リーシャとフィンは市場を探索していた。
彼らは店から店へと移動しながら、会話を盗み聞きし、時には商人と直接話をして情報を集めていた。
「明日は大きな祝祭になるらしいよ」
フィンが小声で報告する。
「街中の人が"均衡の神殿"に集まるって」
「でも、神殿の中心部には特別な許可がないと入れないみたいね」
リーシャが付け加える。
「セキュリティも厳重らしい」
彼らが市場の奥へと進むと、少し異なる雰囲気の区画に入った。
ここでは人々の服装も少し質素で、表情も硬い。
「なんだか雰囲気が違うね」
フィンが周囲を見回す。
「みんな不満があるように見える…」
リーシャが観察する。
彼らは小さな飲食店に入り、飲み物を注文した。
店内では、小声で話し合う人々のグループがいた。
「"大収斂"は危険だ」
一人の男が囁く。
「あの"星の使者"を信じるべきではない」
「でも、反対意見を言えば取り締まられる」
別の女性が怯えた様子で言う。
「"完璧な社会"のためには反対意見は排除されるんだから」
リーシャとフィンは驚いた表情を交換した。
表向きは完璧に見えるこの都市にも、暗い側面があるようだった。
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アイリスは七つの塔の周辺を歩いていた。
彼女は管理者として、核の痕跡を感じ取ることができた。
各塔からは、それぞれ異なる種類のエネルギーが放出されており、彼女はそれを慎重に調査していた。
「"均衡"、"変化"、"創造"、"成長"、"衰退"、"再生"、"記憶"…」
彼女は各塔を識別していく。
「お嬢さん、何をしている?」
突然、背後から声がかけられた。
振り返ると、黒と金の制服を着た警備員が立っていた。
「あ、すみません」
アイリスが平静を装う。
「塔の美しさに見とれていただけです」
警備員は彼女を疑わしげに見つめた。
「この区域は一般の見学は制限されています。特に明日の準備がありますので」
「申し訳ありません、すぐに離れます」
アイリスが謝りながら、その場を立ち去ろうとした。
「待ってください」
警備員が彼女を呼び止める。
「あなたのオーラが…普通ではない」
アイリスの心臓が高鳴った。
彼女の管理者としての力が、この時代の人々にも感知されるとは。
「私は…遠方から来たばかりで」
彼女が言い訳を考える。
警備員は彼女をさらに詳しく観察し、突然表情が変わった。
「あなたは…"資質者"ですね?」
「え?」
アイリスが困惑する。
「核と共鳴する特別な資質を持つ人です」
警備員が説明する。
「明日の儀式のために集められている方々の一人ではないですか?」
アイリスは一瞬迷ったが、この誤解を利用することにした。
「実は…そうなんです」
「なぜ正式な案内を受けていないのですか?」
警備員が尋ねる。
「つい最近、その資質が発見されたもので…」
アイリスが即興で答える。
警備員は少し考え、そして頷いた。
「では、アークマスター・ゼノスに報告します。彼があなたを検査するでしょう」
これは予想外の展開だった。
しかし、核の創造者と直接会える機会でもある。
「ありがとうございます」
アイリスが静かに答えた。
---
二時間後、リーシャ、フィン、孝太、コウが集合場所に戻ってきた。
しかし、アイリスの姿はなかった。
「アイリスはまだ?」
リーシャが心配そうに尋ねる。
「遅れるなんて珍しいね」
孝太も不安を感じ始めていた。
「何か起きたのかな…」
フィンが周囲を見回す。
彼らが待つこと30分、ようやくアイリスが現れた。
彼女の表情は複雑で、興奮と緊張が混じっているようだった。
「アイリス!」
孝太が彼女に駆け寄る。
「何があったの?」
「信じられないことが…」
アイリスが小声で言う。
「私、明日の儀式に参加することになったわ」
「え?」
全員が驚きの声を上げる。
「どういうこと?」
リーシャが尋ねる。
アイリスは警備員との出会いから、アークマスター・ゼノスとの面会までの経緯を説明した。
「ゼノスは私の"資質"を検査し、驚いていたわ」
アイリスが続ける。
「彼は私のような強い共鳴を持つ人を見たことがないと言っていた」
「危険じゃないの?」
コウが心配する。
「正体がバレたら…」
「大丈夫」
アイリスが自信を持って言う。
「彼らは私が未来から来たとは思っていない。ただ、特別な"資質者"だと思っているだけ」
「それで?」
孝太が促す。
「七つの核が集まる儀式に、12人の"資質者"が必要だと言っていたの」
アイリスが説明する。
「私はその一人として選ばれた。明日、"均衡の神殿"の中心で儀式に参加することになる」
「それは…絶好のチャンスだね」
孝太が言う。
「でも、私たちはどうやって中に入ればいい?」
「それも解決したわ」
アイリスが微笑む。
「"資質者"には付き添いが許されている。皆さんを私のアシスタントとして連れていくつもり」
「やった!」
フィンが小さく跳ねる。
「そして、もっと重要な情報があるわ」
アイリスの表情が真剣になる。
「"大収斂"の本当の目的を知ったの」
全員が息を呑んだ。
「ゼノスとレイヴンは、世界を完璧にすることを目指している」
アイリスが静かに言う。
「でも、彼らの考える"完璧"とは異なる。ゼノスは調和と多様性の中の完璧を、レイヴンは一元的で画一的な完璧を求めている」
「対立しているの?」
リーシャが尋ねる。
「まだ表面化していないけど、内部で意見の相違があるみたい」
アイリスが答える。
「そして、"星の使者"はレイヴンの考えを支持している」
「"星の使者"について何か分かった?」
孝太が尋ねる。
「正確には分からないけど…」
アイリスが恐れるように言う。
「"星の使者"の描写が、《エレイザー》に似ているの」
「《エレイザー》?」
フィンが怯えた声で尋ねる。
「世界を消す存在?」
「もしかしたら…」
コウが言葉を選びながら言う。
「3000年前、《エレイザー》がこの世界に干渉して、"大収斂"の概念を植え付けたのかもしれない」
「そして、それが世界の不安定さの原因…」
孝太が繋げる。
「私たちがやるべきことは明確ね」
リーシャが決意を込めて言う。
「儀式に参加し、何が起こるのかを見届ける。そして必要なら…」
「介入する」
孝太が頷く。
「でも、歴史を変えすぎないように気をつけなければ」
コウが警告する。
「とりあえず、今夜は休息が必要ね」
アイリスが言う。
「明日は早朝から儀式の準備が始まるわ」
「どこで休めばいいの?」
フィンが実際的な問題を提起する。
「それも解決済み」
アイリスが微笑む。
「"資質者"とその従者のための宿舎が用意されているわ」
五人は夕暮れのアルカディアを歩きながら、宿舎へと向かった。
街は祝祭の準備で賑わい、七色の光で飾られていた。
明日、世界の歴史を決定づける儀式が行われる。
彼らは、3000年前の出来事の真実を目撃し、そして可能ならば、未来を守るために行動する覚悟を決めていた。
神秘的な古代文明の中心で、彼らの最大の冒険が幕を開けようとしていた。




