第93話 時を越える旅
バルドールに平和が戻って一週間が過ぎた。
「希望の橋」と呼ばれる七色の光の帯は夜空にしっかりと根付き、人々はそれを新時代の象徴として祝っていた。街には活気が戻り、市場は以前よりも賑わいを見せている。
冒険者ギルド《銀狼の爪》では、特別な会議が開かれていた。
ギルドマスター、オルガ婆さん、孝太、もう一人の孝太(今では「コウ」と呼ばれるようになっていた)、アイリス、リーシャ、ルーク、そしてフィンが集まっていた。
「今日は重要な話し合いをしたい」
ギルドマスターが静かに切り出す。
「"大収斂"の後、世界には様々な変化が現れ始めている」
「変化?」
リーシャが尋ねる。
「ええ」
アイリスが説明を引き継ぐ。
「まず、"超核"の形成によって、世界のエネルギーの流れが変わった。魔法の性質が少し変わり始めている」
「具体的には?」
ルークが関心を示す。
「より安定し、同時により多様になっている」
アイリスが続ける。
「矛盾しているように聞こえるけど、これが"調和の中の不完全さ"の特徴なの」
「そして、もっと重要なことがある」
コウが話に加わる。
「日本とバルドールの間の橋は、思ったよりも複雑だ。単なる道ではなく、時間の流れにも影響している」
「時間?」
孝太が驚いて尋ねる。
「ああ」
コウが頷く。
「私が日本に行ったとき、時間の流れが異なることに気づいた。バルドールの一日は、日本のわずか数時間に相当する」
「それで、君が短時間で戻ってこれたのか」
孝太が理解を示す。
「そして、もう一つ」
オルガ婆さんが言う。
「"超核"の形成過程で、過去への扉が開いたという兆候がある」
「過去への扉?」
全員が驚きの声を上げる。
「そう」
オルガ婆さんが重々しく頷く。
「古代の遺跡から特殊なエネルギーが検出されている。特に南方遺跡の"記憶の神殿"からだ」
「過去に行けるということ?」
フィンが目を輝かせて尋ねる。
「理論上は可能だ」
アイリスが慎重に言う。
「"変化"と"記憶"の力が融合すれば…」
「でも、なぜ過去に行く必要があるの?」
リーシャが疑問を投げかける。
ギルドマスターが大きく息を吐き、古い羊皮紙を広げた。
「これが理由だ」
羊皮紙には複雑な図形と古代文字が描かれていた。
その中央には、七つの円と一つの大きな円、そして間を結ぶ線が描かれている。
「これは…?」
孝太が尋ねる。
「"時間の輪"と呼ばれる古代の予言だ」
ギルドマスターが説明する。
「"大収斂"の後、世界は安定するが、その安定は一時的なもの。真の安定のためには、原因を理解し、修正しなければならない」
「原因?」
ルークが眉をひそめる。
「核の不安定化の真の原因」
オルガ婆さんが続ける。
「それは過去、おそらく3000年前の古代文明の時代に起きた何かだ」
「3000年前…」
アイリスが静かに言う。
「核が最初に創られた時代」
「そして、もう一つの発見がある」
コウが言う。
「私が日本で調査したところ、日本の歴史にも核に関連する痕跡があった。3000年前の縄文時代後期の遺跡から、バルドールの古代文字と酷似した文字が発見されていたんだ」
「二つの世界は、その時からつながっていた…?」
孝太が驚く。
「可能性はある」
コウが頷く。
「そして、その繋がりが、今回の"大収斂"の一因かもしれない」
会議室は一瞬の沈黙に包まれた。
全員が情報の重大さを噛みしめている。
「つまり」
孝太が静かに言う。
「過去に行き、核が作られた瞬間を見届け、何が起きたのかを知る必要がある」
「そして可能なら」
アイリスが付け加える。
「その過程で生じた問題を修正する」
「危険すぎる」
リーシャが心配そうに言う。
「過去を変えれば、現在も変わる。私たちが消えてしまうかもしれない」
「その恐れはある」
ギルドマスターが認める。
「しかし、何もしなければ、いずれ世界は再び不安定になる」
「どうするべきか…」
ルークが考え込む。
「行くべきだ」
孝太が決意を込めて言う。
「過去に行き、真実を知る。そして、未来を守る」
「私も行く」
アイリスがすぐに申し出る。
「私も」
コウも頷く。
「日本とバルドールの繋がりを理解するために」
「では、決まりだな」
ギルドマスターが言う。
「三人で過去への旅に出る」
「いや、四人だ」
リーシャが前に出る。
「私も行く。危険な旅になるだろうから、戦力は必要だ」
「私は…」
ルークが躊躇する。
「ここに残って、バルドールを守る。何かあった時のために」
「私も守る!」
フィンが勇ましく言う。
オルガ婆さんは微笑みながら、四人に小さな袋を手渡した。
「これは"時の砂"だ。過去から戻るときに使うがよい」
「準備はいつまでに?」
孝太が尋ねる。
「三日後」
ギルドマスターが答える。
「南方遺跡で特別な儀式を行う。それまでに必要なものを集めておくように」
会議は散会し、一同はそれぞれの準備に取り掛かることになった。
---
その夜、孝太は月影亭の屋上で星空を見上げていた。
「希望の橋」が夜空を彩り、二つの月がそれを照らしている。
「考え事?」
背後からアイリスの声がした。
「ああ」
孝太が振り返る。
「過去への旅のことを考えていた」
アイリスは彼の隣に立ち、共に星空を見上げた。
「怖い?」
「少し」
孝太が正直に答える。
「でも、それ以上に興味がある。古代文明がどんなものだったのか、核がどうやって作られたのか…」
「私も」
アイリスが微笑む。
「特に、核の管理者としての自分のルーツを知りたい」
「アイリス」
孝太が彼女の方を向く。
「もし過去が変わったら、私たちの出会いも変わってしまうかもしれない。それでも行く?」
アイリスは少し考え、そして優しく微笑んだ。
「行くわ。どんな世界線でも、私たちは出会うと思う。それが"均衡"だもの」
彼女の確信に満ちた言葉に、孝太も勇気づけられた。
「コウには日本のことをもっと聞いておきたい」
孝太が言う。
「両親の様子とか、友人たちのことも」
「彼は明日の朝、市場で会おうと言っていたわ」
アイリスが教える。
二人は静かに夜空を見上げ続けた。
明日から始まる準備、そして三日後に控える未知の旅。
期待と不安が入り混じる中、孝太は自分の選択に迷いはなかった。
---
翌日、市場はいつもの賑わいを見せていた。
孝太とアイリスは、メイの店があった場所——今は小さな公園になっている——でコウを待っていた。
「やあ」
コウが現れる。
彼は普段着のバルドールの服装だが、首からはカメラが下がっていた。
「それは?」
孝太が尋ねる。
「日本から持ってきたデジタルカメラだ」
コウが笑う。
「バルドールの風景を撮影している。両親に見せるためにね」
「両親は元気?」
孝太が心配そうに尋ねる。
「ああ、元気だよ」
コウが安心させる。
「最初は私が突然現れたので驚いていたけど、今は納得している。君が行方不明になった原因は"海外での仕事"ということにしておいた」
「そう…ありがとう」
孝太はほっとした表情を見せる。
「それより、日本とバルドールの繋がりについて興味深い発見があるんだ」
コウが話題を変える。
「日本の神話に『常世の国』という異世界の話がある。そして、そこには『八色の玉』という宝があるとされている」
「八色?」
アイリスが興味を示す。
「七つの核と似ているわね」
「そう」
コウが頷く。
「そして、縄文時代の遺跡から、七色の石と一つの透明な石が発見されている。その石には、バルドールの古代文字と酷似した刻印があるんだ」
「まさか…」
孝太が驚く。
「可能性は高い」
コウが続ける。
「日本とバルドールは、古代から繋がっていた。そして、その繋がりが一度途切れ、今回の"大収斂"で再び繋がった」
「だからこそ、過去に行く必要がある」
アイリスが理解を示す。
「二つの世界の繋がりの起源を知るために」
コウは二人にいくつかの写真を見せた。
それは日本の遺跡や博物館の展示物の写真だった。
確かに、そこにはバルドールの古代文字と酷似した文字が刻まれた石や土器が写っている。
「これはすごい発見だ」
孝太が感嘆する。
「旅の準備はどうだ?」
コウが尋ねる。
「ほとんど整っている」
孝太が答える。
「あとは『記憶の神殿』での儀式に必要なものを集めるだけだ」
「ああ、それなら手伝おう」
コウが申し出る。
「私も一緒に行くからね」
三人は市場を歩きながら、必要な品物を集めていった。
古い羊皮紙、特殊なインク、水晶の欠片、そして七色の布…全て儀式に必要なものだった。
買い物を終えた三人は、タケちゃん焼きの屋台で休憩した。
「いよいよ明後日か」
コウが熱い焼きを口に運びながら言う。
「ああ」
孝太が頷く。
「3000年前の世界へ…」
「ワシの若い頃の話を聞きにいくんかい?」
タケが冗談を言って笑う。
三人も笑いながらも、旅の重大さを心に留めていた。
---
その日の夕方、孝太はデバッグモードを起動し、特別なプログラムを作成していた。
月影亭の一室を借り、彼は集中して青い光のインターフェースにコードを入力していく。
```
Create_Temporal_Anchor(
user: "Kouta",
memory_protection: "Maximum",
return_protocol: "Emergency"
);
```
これは、過去で何が起きても現在の記憶を保護し、必要ならば緊急帰還できるようにするためのプログラムだった。
「進んでる?」
部屋のドアをノックする声がした。
リーシャだった。
「ああ、ほぼ完成だよ」
孝太がデバッグモードを閉じる。
リーシャが部屋に入ってきて、窓際に立った。
「私…少し不安なの」
「どうして?」
孝太が尋ねる。
「過去が変わったら、今の私たちの関係も変わるかもしれない」
彼女が窓の外を見つめながら言う。
「ルークとの出会いも…全て変わるかもしれない」
孝太は彼女の不安を理解していた。
「変わるかもしれないね。でも、大切なことは変わらないと思う」
「どうして?」
リーシャが振り返る。
「絆は時間を超えるから」
孝太が静かに言う。
「たとえ出会いの形が変わっても、私たちが互いを大切に思う気持ちは残る。それが"均衡"だと思う」
リーシャの表情が少し和らいだ。
「そうね…そう信じたい」
「それに」
孝太が明るく言う。
「変わらないように、できる限りのことをするよ。そのためにもプログラムを完成させなきゃ」
リーシャは微笑み、部屋を出る前に静かに言った。
「ありがとう、孝太。あなたの言葉に勇気をもらえた」
彼女が去った後、孝太は再びデバッグモードを起動し、プログラムの完成に取り掛かった。
---
二日後の朝、南方遺跡に向かう四人の姿があった。
孝太、アイリス、コウ、リーシャは、必要な道具を荷物に詰め、静かに歩いていた。
「やっぱり行きたかったー!」
後ろから声が聞こえ、振り返るとフィンが走ってくるのが見えた。
「フィン!」
孝太が驚く。
「どうして?君はバルドールを守るんじゃ…」
「ルークさんが全部やってくれるって!」
少年が息を切らしながら言う。
「それに、僕も冒険者だもん!歴史的な瞬間を見たいよ!」
四人は顔を見合わせ、苦笑した。
「危険だぞ」
リーシャが厳しい表情で言う。
「分かってる!」
フィンが真剣な表情で答える。
「でも、皆を助けられるかもしれないでしょ?僕、市場の情報収集には自信あるんだ!」
「まあ…」
コウが微笑む。
「一人多い方が心強いかもしれないな」
「本当に?」
フィンの目が輝く。
「ただし」
孝太が厳しく言う。
「私たちの指示には絶対に従うこと。危険なことは絶対にしないこと。約束できる?」
「約束する!」
フィンが力強く頷く。
こうして、過去への旅の一行は五人となった。
彼らは南方遺跡に向かって歩を進めていった。
南方遺跡に到着するまでには半日かかった。
白い石造りの建物が並ぶ広大な遺跡は、3000年の時を経てもなお美しかった。
中心部にある大きな円形広場には、既にギルドマスターとオルガ婆さんが待っていた。
「全員揃ったな」
ギルドマスターが彼らを見て言う。
そして、フィンに気づいて眉を上げる。
「君まで?」
「お願いします!」
フィンが深々と頭を下げる。
オルガ婆さんが笑いながら、少年の頭をなでた。
「若さも大事な力じゃ。気をつけて行くがよい」
ギルドマスターは諦めたように肩をすくめ、儀式の説明を始めた。
「"記憶の神殿"の中央に、"時の門"を開く」
彼が古い羊皮紙を広げる。
「七色の布を円形に配置し、その上に水晶を置く。そして特殊なインクで古代文字を描く」
オルガ婆さんが続ける。
「アイリスが核の力を使って門を活性化させる。そして、五人は一斉に門の中に入る。目的地は3000年前、"記憶の神殿"が建設された直後の時代だ」
「どうやって正確な時代に行けるの?」
リーシャが尋ねる。
「"記憶の神殿"自体が、時間の流れを記録している」
アイリスが説明する。
「私が核の力で、特定の記憶に焦点を当てることができる」
「そして、これが重要だ」
ギルドマスターが真剣な表情で言う。
「過去では、できるだけ歴史に干渉しないように。観察者であることを心がけて」
「でも、必要なら?」
孝太が尋ねる。
「必要ならば…慎重に」
ギルドマスターが重々しく言う。
「しかし、その判断は非常に難しい。現在を守りながら、過去も尊重する必要がある」
五人は頷き、儀式の準備に取り掛かった。
"記憶の神殿"の中央部は、高い天井を持つ広大な空間だった。
床には複雑な模様が刻まれており、中央には七つの円が描かれていた。
彼らは七色の布を円形に広げ、その上に水晶を配置した。
アイリスは特殊なインクで古代文字を描き始め、その文字は描かれるとすぐに淡く光り始めた。
準備が整うと、アイリスは中央に立ち、両手を広げた。
「核の力よ、時の流れを開け」
彼女が古代語で詠唱を始める。
彼女の体から七色の光が放たれ、床の模様が強く輝き始めた。
水晶も共鳴するように光を放ち、中央に光の渦が形成されていく。
「準備はいいか?」
孝太が皆に問いかける。
「ああ」「うん」「はい!」
全員が覚悟を決めた表情で答える。
「では、行くぞ!」
孝太が叫ぶ。
五人は一斉に光の渦に飛び込んだ。
刹那、強烈な光と風の感覚に包まれ、彼らの意識は時間の流れの中へと吸い込まれていった。
3000年前の世界への旅が、今始まったのだ。




