第91話 創造院の最終計画
バルドールに戻ってから三日が経った。
天候は穏やかで、街には活気があふれていた。七色に輝く「均衡の星」の下、市場は普段よりも賑わい、人々の顔には笑顔が戻っていた。
孝太はタケちゃん焼きの屋台で、リーシャ、ルーク、アイリス、そしてフィンと昼食を取っていた。
「いやぁ、ホンマおかえりやで!」
タケが大きな声で言いながら、熱々の焼きたてを提供する。
「お前らのおかげで、世界が救われたんやな!」
「タケさんの焼きも世界一ですよ」
孝太が笑いながら答える。
五人は和やかな時間を過ごしていたが、アイリスの表情だけがどこか物思いにふけるようだった。
「どうしたの?」
孝太が小声で尋ねる。
アイリスは少し戸惑った後、静かに言った。
「核の共鳴が…また始まりかけているの」
「え?」
孝太の表情が引き締まる。
「でも、全ての核は安定化したはずだ」
「そう、安定化はしている」
アイリスが説明する。
「でも今度は違う。共鳴の質が…何かが核たちを呼んでいるみたい」
「何が核を呼んでいるって?」
リーシャが会話に加わる。
「まだわからないわ」
アイリスが首を振る。
「でも、私たちが早急にギルドマスターに報告すべきことは確か」
五人は食事を切り上げ、すぐに冒険者ギルド《銀狼の爪》へと向かった。
---
ギルドマスターの執務室では、緊急会議が始まっていた。
オルガ婆さんも駆けつけており、彼女の顔には深い憂いの色が浮かんでいた。
「まさか…こんなに早く始まるとは」
オルガ婆さんがつぶやく。
「何が始まるんですか?」
孝太が尋ねる。
ギルドマスターは大きく息を吐き、部屋の中央に一枚の古い羊皮紙を広げた。
そこには七つの円が描かれ、その中心から線が伸び、巨大な渦を形成している。
「これは『大収斂』と呼ばれる現象だ」
ギルドマスターが説明を始める。
「全ての核が完全に調和した後に起こる、次の段階だ」
「次の段階?」
ルークが困惑した表情を見せる。
「そう」
オルガ婆さんが続ける。
「核が完全に調和すると、次は『統合』の段階に入る。七つの核が一つの『超核』へと融合しようとするのだ」
「融合?」
孝太が驚く。
「それは危険なのか?」
「それは…わからない」
ギルドマスターが正直に答える。
「古代の記録には、『大収斂』が起きると世界が一度リセットされると書かれている。しかし、それが何を意味するのかは不明だ」
「世界のリセット…」
リーシャが不安そうに呟く。
アイリスが立ち上がり、窓の外を見つめた。
「創造院は…この『大収斂』を知っていたわ」
「どういうこと?」
孝太が尋ねる。
「創造院の最終目標は、核の安定化ではなく『超核』の創造だったの」
アイリスの声には確信があった。
「彼らは『超核』を使って世界を再構築しようとしていた」
「それで、今もう一人の孝太が?」
ルークが質問を始める。
「いいえ、彼は違う」
アイリスが首を振る。
「彼は私たちの側にいる。でも…」
「でも?」
孝太が促す。
「創造院には、まだ私たちが知らない計画がある」
アイリスが振り返る。
「彼らの最高指導者、ルザン卿はまだ捕まっていない」
オルガ婆さんが重々しく頷いた。
「そして、彼こそが古代技術の最も深い知識を持つ者だ」
「彼が『大収斂』を利用しようとしている可能性が…」
ギルドマスターの言葉は途中で止まった。
突然、地面が揺れ始めた。
窓の外を見ると、七色の「均衡の星」が急速に明るさを増していた。
その光が七本の光線となって地上へと降り注ぐ。
「始まった!」
アイリスが叫ぶ。
「七つの核が共鳴を強め、収斂への準備を始めた!」
「どうすれば?」
フィンが怯えた声で尋ねる。
アイリスが深呼吸し、冷静さを取り戻した。
「まず、光の降り注ぐ場所を確認する必要がある。それぞれが七つの核の現在地を示しているはず」
「分かった!」
孝太が立ち上がる。
「分担して確認しよう」
「私は『均衡の核』を確認する」
ギルドマスターが言う。
「それは間違いなくギルドの地下にある」
「私は東の森へ行く」
リーシャが申し出る。
「『変化の核』を確認する」
「私は南方遺跡だ」
ルークが言う。
「『記憶の核』のある場所だ」
「私はアイリスと共に市場を調査する」
孝太が決める。
「『創造の核』の手がかりを探そう」
「僕も何か手伝えることはない?」
フィンが熱心に尋ねる。
「フィン、お前はオルガ婆さんと一緒に月影亭で情報を集めてくれ」
孝太が少年の頭をなでる。
「何か変わったことがあれば、すぐに知らせるんだ」
「うん!」
フィンが力強く頷く。
「では、二時間後にここに集合だ」
ギルドマスターが会議を締めくくる。
「その時までに情報を集めよう」
---
孝太とアイリスは市場を巡回していた。
人々は七色の光線を見上げ、不安と興奮が入り混じった表情を浮かべている。
いくつかの店は閉まり始め、中には荷物をまとめ始める者もいた。
「皆、不安がっているわね」
アイリスが静かに言う。
「ああ」
孝太が頷く。
「でも、パニックにはなっていない。それだけでも良いことだ」
二人が市場の中央に到着すると、そこにはメイの店があった場所が見える。
彼女の死後、その場所は空き地のままだったが、今はそこに七色の光が柱となって降り注いでいた。
「ここ…?」
孝太が驚く。
「メイの店の場所が『創造の核』と関連しているなんて…」
アイリスは光の柱に近づき、手を伸ばした。
彼女の指が光に触れると、彼女の体も同じ七色に輝き始める。
「メイは知っていた」
アイリスの声が少し変わったように聞こえる。
「彼女は『創造の核』の管理者だったの」
「管理者?」
孝太が驚く。
「でも、彼女はただの商人だと…」
「彼女は隠れていたのよ」
アイリスの目から一筋の涙が流れる。
「核の力が悪用されないように…彼女は自分の命を犠牲にして、核を守ったの」
孝太は言葉を失った。
メイの最後の言葉が思い出される。
「世界の真実は人々の笑顔の中にある」
突然、光の柱が強く脈動し、地面から何かが浮かび上がり始めた。
それは小さな宝石のような結晶体で、七色に輝いている。
「これが『創造の核』の結晶…」
アイリスが静かに言う。
「収斂の準備として実体化したのね」
孝太が結晶に手を伸ばそうとしたとき、突然黒い影が彼らの前に現れた。
それは黒いローブを身にまとった男性で、その顔には冷酷な笑みを浮かべていた。
「ようこそ、コードマスター」
男は低い声で言った。
「お会いできて光栄です」
「貴方は…」
孝太が緊張して尋ねる。
「私はルザン卿」
男が優雅に一礼する。
「創造院の創設者です」
アイリスが孝太の前に立ちはだかる。
「何をしに来たの?」
「何って?」
ルザン卿が笑う。
「もちろん、これを回収しに来たのですよ」
彼が手を翳すと、黒い靄が生まれ、『創造の核』の結晶に向かって伸びていく。
「させない!」
アイリスが叫び、七色の光の壁を作り出す。
ルザン卿の黒い靄と、アイリスの七色の光がぶつかり合い、衝撃波が市場を揺るがした。
「あなたの力は強大になりましたね、管理者さん」
ルザン卿が感心したように言う。
「しかし…」
彼がもう一方の手を翳すと、地面から黒い触手のようなものが現れ、孝太の足を捕らえた。
「孝太!」
アイリスが振り返る。
その隙に、黒い靄が光の壁を突き破り、『創造の核』の結晶に達した。
「甘い」
ルザン卿が勝ち誇ったように言う。
「これで四つ目です」
「四つ目?」
孝太が黒い触手から逃れようともがきながら叫ぶ。
「他の核も奪ったのか?」
「もちろん」
ルザン卿が結晶を手に取る。
「『成長』、『衰退』、『再生』に続いて、これで『創造』も我がものに」
アイリスの表情が恐怖で歪む。
「いいえ…」
「さて、残るは『均衡』、『変化』、『記憶』」
ルザン卿が続ける。
「私の部下たちが今、回収に向かっています」
「何のために?」
孝太が怒りを込めて尋ねる。
ルザン卿が孝太の方へ向き直り、その冷たい目が孝太を貫くように見つめた。
「完璧な世界の創造です」
彼の声は静かだが、確固たる信念に満ちていた。
「この混沌とした、不完全な世界を一から作り直す。矛盾も、苦しみも、不完全さもない、完璧な世界を」
「それは不可能だ」
孝太が反論する。
「世界は不完全だからこそ、美しい」
「そう言うと思いました」
ルザン卿が微笑む。
「でも、あなたにはわからないでしょう。私は千年以上生きてきた。この世界の苦しみや矛盾をずっと見てきた。もはや忍耐の限界です」
「千年…?」
孝太が驚く。
「そう、私は最初の『大収斂』の生き残りなのです」
ルザン卿の目に古代の光が宿る。
「前回の世界のリセットで、私は偶然にも意識を保ったまま、新しい世界に転生した。そして気づいたのです—この世界は失敗作だと」
「だからといって、世界を書き換える権利はない!」
アイリスが叫ぶ。
「権利?」
ルザン卿が嘲笑う。
「私には力がある。それこそが権利です」
彼が手を翳すと、空間が歪み、彼の姿が徐々に透明になっていく。
「さようなら、コードマスターとアイリスさん」
彼の声だけが残る。
「次に会うときは、新しい世界の誕生の場でしょう」
彼の姿が完全に消えると、黒い触手も消滅し、孝太は地面に倒れ込んだ。
「大変なことになった…」
アイリスが震える声で言う。
「四つの核がルザン卿の手に…」
「急いでギルドに戻ろう」
孝太が立ち上がる。
「他の仲間たちに警告しなければ」
---
冒険者ギルドに戻ると、そこには既にリーシャとルークが戻っていた。
二人の表情は暗く、悪いニュースを予感させた。
「どうだった?」
孝太が尋ねる。
「『変化の核』も奪われた」
リーシャが悔しそうに報告する。
「黒い外套の男たちのグループに…」
「『記憶の核』も同じだ」
ルークも頭を抱える。
「エドリックが現れて、核を持ち去った」
「創造院の連携プレイか…」
孝太が唇を噛む。
そこにギルドマスターが血まみれの姿で現れた。
彼の左腕には深い傷があり、顔には疲労の色が濃い。
「ギルドマスター!」
全員が驚いて駆け寄る。
「大丈夫だ…」
ギルドマスターが息を切らしながら言う。
「しかし…『均衡の核』も…奪われた」
「全て奪われたの?」
アイリスが絶望的な声で尋ねる。
「ああ」
ギルドマスターが重々しく頷く。
「創造院はついに七つの核を全て手に入れた」
オルガ婆さんとフィンが急いで部屋に入ってきた。
「大変だ!」
オルガ婆さんが叫ぶ。
「北の空に…」
全員が窓の外を見た。
北の空に巨大な黒い渦が形成され始めていた。
その中心からは七色の光が輝いている。
「始まったわ…」
アイリスが震える声で言う。
「『大収斂』の最終段階…」
「どうすればいい?」
フィンが怯えた声で尋ねる。
孝太は静かに立ち上がり、デバッグモードを起動した。
彼の周りに青い光のインターフェースが現れる。
「コード解析…接続可能性を探る…」
孝太がコードを入力していく。
「何をしているの?」
リーシャが尋ねる。
「核の共鳴に接続しようとしている」
孝太が集中しながら答える。
「もしかしたら…デバッグモードを使って、収斂プロセスに介入できるかもしれない」
「危険よ!」
アイリスが警告する。
「他に方法がない」
孝太の目には決意の色が浮かんでいる。
「みんな、準備してくれ。私たちにはまだチャンスがある」
「どういうこと?」
ルークが尋ねる。
「収斂の中心…そこに向かわなければならない」
孝太が説明する。
「ルザン卿の言っていた『新しい世界の誕生の場』…それが北の渦の中心のはずだ」
「そこで何をするつもりなの?」
リーシャが問う。
孝太がデバッグモードの表示を閉じ、仲間たちを見回した。
彼の目には確固たる決意が宿っていた。
「ルザン卿の最終計画を止める。七つの核を取り戻し、『大収斂』をコントロールする」
彼の声は静かだが力強かった。
「そして、この世界を救う」
全員が黙って孝太を見つめる。
そして一人、また一人と頷き始めた。
「行こう」
アイリスが決意を込めて言う。
「最後の戦いへ」
窓の外では、北の空の黒い渦が徐々に広がり、七色の光はより強く輝きを増していた。
時間は刻々と過ぎていく。
創造院の最終計画を止めるため、最後の旅が今、始まろうとしていた。




