第9話 模擬戦開始
ギルドの訓練場——。
広々とした石畳の広場には、すでに多くの冒険者たちが集まっていた。
「おいおい、本当にやるのかよ」
「レクス相手に新人が勝てるわけないだろ」
「一撃でも入れられたら ‘本物’ って言ってたが、無理に決まってる」
孝太はそんな周囲の声を聞きながら、目の前のレクスを見つめた。
「準備はいいか?」
レクスはすでに杖を構え、魔力を練り始めている。
(……こっちは武器すらないのに、どうしろと)
孝太はふと、《デバッグモード》を思い出した。
(この世界の設定を弄れるなら、何か方法があるはずだ)
孝太は視界に青白いウィンドウを呼び出し、「オブジェクトの属性編集」を開く。
[オブジェクトの属性編集]
•レクス(対象)
•孝太(自分)
(よし……まずは俺のステータスを見てみよう)
孝太は自分のステータスを選択する。
[孝太]
•【レベル】1
•【職業】コードマスター
•【スキル】
・《プログラム言語の加護》
・《デバッグモード》
•【筋力】5
•【敏捷】5
•【魔力】10
(……めちゃくちゃ弱いな)
一方で、レクスのステータスも確認してみる。
[レクス]
•【レベル】45
•【職業】アークメイジ
•【スキル】
・《高位魔術》
・《魔力増幅》
・《瞬間詠唱》
•【筋力】20
•【敏捷】30
•【魔力】120
(……チート級じゃねえか!!)
孝太は思わずツッコミたくなったが、そんなことを言っている暇はない。
(少なくとも、このまま戦ったら100%負ける)
——ならば、“設定を変更する” しかない。
孝太は再び《オブジェクトの属性編集》を開き、自分の【敏捷】の値を10から30に上げた。
[変更完了]
すると——
[システムメッセージ]
《デバッグモード》を使用したため、魔力が消費されました。現在の魔力:5/10
(なるほど……デバッグモードでの編集には魔力を消費するのか)
だが、これでレクスと同じ速さで動ける。
「そろそろ始めるぞ」
レクスが杖を振るうと、彼の周囲に赤い魔法陣が浮かび上がった。
「——《ファイアボルト》」
次の瞬間、孝太に向かって高速の炎弾が放たれた。
「くっ!」
孝太は瞬時に体を横に跳ね、炎を避ける。
(速い! だが、避けられる!!)
【敏捷30】の効果は絶大だった。
「ほう……」
レクスの表情が僅かに変わる。
「動きがさっきとはまるで違うな。おもしろい」
孝太はギルドの訓練場を駆け回りながら考えた。
(攻撃手段がない……このままじゃ逃げ続けるだけだ)
だが、そのとき孝太の視界に新たなウィンドウが表示された。
[スキル《プログラム言語の加護》が発動しました]
[コード入力が可能です]
(コード入力!?)
孝太は無意識に手を伸ばし、視界に浮かぶ仮想キーボードを操作した。
spawn("weapon", "sword")
[エラー] 剣の召喚にはスキルレベルが不足しています。
(くそ、ダメか……いや、待てよ)
孝太は改めてコードを書き直す。
modify("object", "ground", "ice")
[成功]
突然、孝太とレクスの足元の地面が凍りついた。
「なっ!?」
レクスがバランスを崩す。
(よし、今だ!)
孝太は一気に距離を詰め、渾身の拳をレクスの腹に叩き込んだ。
ゴッ!
レクスの体がよろめく。
「……ほう」
ギルド中が静まり返った。
「まさか、本当に俺に一撃入れるとはな」
レクスは少し苦しげにしながらも、口元に笑みを浮かべた。
「お前、やはり”本物”だ」
孝太はようやく息をつく。
(勝った……わけじゃないけど、一撃は入れた……!)
その瞬間——
[スキル《コードマスター》のレベルが上昇しました]
孝太は、自分の力が確かに成長していることを実感した。
だが、この力を持つことの意味を、まだ彼は理解していなかった。
この世界の “設定” を書き換えられる存在——
それは、神に等しい力を持つことと同義だったのだから——。