第67話 西門の商品
夕暮れが近づくバルドール。
日が傾き始めると、街全体が琥珀色の光に包まれる。二つの太陽が重なり合うように沈み行く時間帯は、一日の中でも最も美しい瞬間と言われている。商人たちが店じまいを始め、労働者たちが家路につく頃。
しかしこの日、西門付近は普段とは違う緊張感に包まれていた。
「あれが西門ね」
アイリスが小声で言う。
三人は西門から少し離れた露店の陰に身を隠し、状況を観察していた。昼間にそれぞれが集めた情報を総合すると、創造院の「特別な商品」は夕刻に西門から運び込まれる予定だという。
「門兵が普段より多いな」
孝太が門の様子を確認する。
通常は二人のところ、今日は四人の門兵が配置されている。しかも、彼らは通常の制服ではなく、より厳めしい儀礼用の鎧を身につけていた。
「何か特別なお客様を迎える準備をしているみたいね」
リーシャが周囲の様子にも注意を向ける。
「それに、あそこ…」
彼女が指差す先には、黒い外套を羽織った人影が数名、建物の影に潜んでいた。黒の探求者たちだ。
「彼らも待ち構えているわね」
アイリスが言う。
「何が運ばれてくるの?」
孝太はベリンから得た情報を思い出す。
「"核"に関連する何かだって。とにかく創造院にとって重要なものらしい」
「なら、阻止するべきよね」
リーシャが剣の柄に手をやる。
「いや、まだ様子を見よう」
孝太が制する。
「何が来るのか、誰が受け取るのか、それを確認してからでも遅くない」
三人が見守る中、西門の向こうから馬車の音が聞こえてきた。
門兵たちが直立不動の姿勢を取る。黒の探求者たちも若干前に出て、馬車を迎え入れる準備をしているようだ。
「来たわ」
アイリスが声をひそめる。
門が開き、六頭の馬に引かれた豪華な馬車が入ってくる。深い紫の幌に金糸で複雑な文様が刺繍された、明らかに高位の貴族か王族のための乗り物だ。
馬車の前後には、銀の鎧に身を包んだ騎士たちが護衛として付き添っている。彼らの胸には見慣れない紋章が描かれていた。
「あの紋章…」
アイリスが目を凝らす。
「北方王国の!」
「北方王国?」
孝太が驚きの声を上げそうになり、すぐに声をひそめた。
「なぜ彼らが?」
北方王国はバルドールから何百キロも離れた、雪と氷に覆われた大国だ。バルドールとは外交関係があるものの、頻繁に交流があるわけではない。
馬車が西門を通過すると、黒の探求者たちが素早く動き出した。彼らは馬車の周りを取り囲むように位置につき、まるで非公式の護衛のように振る舞っている。
「彼らは創造院の一員であるはずなのに…」
リーシャが眉をひそめる。
「北方王国の使者と協力関係にあるのかしら?」
「可能性は二つね」
アイリスが分析する。
「北方王国が創造院に協力しているか、あるいは使者が創造院の存在を知らないまま利用されているか」
馬車は西門から市の中心部へと向かっていく。三人もそれを追うように移動を始めた。
「ギルドマスターに連絡すべきじゃないか?」
孝太が提案する。
「そうね」
アイリスが同意し、先ほどギルドマスターから渡された水晶を取り出す。彼女がそれに軽く息を吹きかけると、水晶が淡く光り始めた。
「メッセージを送ったわ。ギルドマスターならすぐに察してくれるはず」
馬車は市の中心部を通り過ぎ、東区へと向かっていた。
「東区?」
リーシャが不思議そうに言う。
「あそこには高官が泊まるような宿もないのに」
「昨日破壊された倉庫の近くね…」
アイリスの表情が引き締まる。
馬車は確かに、彼らが昨日戦った赤い屋根の倉庫のあった場所へと向かっていた。しかし、馬車が倉庫の跡地に到着すると、意外な光景が広がっていた。
「あれは…!」
孝太が息を呑む。
倉庫の跡地には、一夜にして巨大な建物が建っていた。三階建ての石造りの建物は、まるで何年も前からそこにあったかのような風格を漂わせている。入り口には門番が立ち、窓からは明かりが漏れ出していた。
「どうやって…一晩でこんな建物を?」
リーシャが信じられない様子で言う。
「魔法としても、あまりに規模が大きすぎる」
アイリスも困惑している。
「これは"核"の力を使ったとしか考えられないわ」
馬車が建物の前で停まると、門番たちが敬意を示すように深く頭を下げた。黒の探求者たちも同様に礼をとる。馬車の扉が開き、中から一人の人物が降り立った。
「あれが北方王国の使者…?」
孝太は目を凝らす。
降り立ったのは、豪華な白と金の衣装に身を包んだ男性だった。年齢は40代半ばといったところか。整った顔立ちと威厳ある佇まいは、確かに高位の身分を思わせる。しかし、その目には何か冷たいものが宿っていた。
「ルザン卿…」
アイリスが小声で言った。
「北方王国の宰相よ」
「宰相自ら?」
リーシャが驚く。
「よほど重要な使命があるのね」
ルザン卿は建物の中へと入っていく。黒の探求者たちも続いて中に入り、門は再び閉ざされた。
「あの建物に入らないと、何が行われているのか分からないわ」
リーシャが言う。
「でも、正面からは無理よ」
アイリスが建物を観察する。
「警備が厳重すぎる」
孝太が建物の裏側を指差した。
「裏から行ってみよう。デバッグモードで建物の構造を調べられるかもしれない」
三人は人目につかないように路地を抜け、建物の裏手へと回り込んだ。裏側には小さな扉があり、荷物の搬入口のようだった。
孝太はデバッグモードを起動し、建物を解析する。
`execute("analyze", "building_structure", "detail=max")`
[解析結果]
[構造:表層は通常建築物、内部に異空間を検出]
[特徴:時空間歪曲技術を使用]
[警告:内部は外観より遥かに広大]
「これは…」
孝太が驚きの声を上げる。
「建物の内部には異空間が広がっている。外から見えるよりずっと広大な空間があるんだ」
「古代の"次元拡張術"ね」
アイリスが理解したように言う。
「外側は普通の建物に見えても、内側は城のように広いのよ」
「中に何があるの?」
リーシャが尋ねる。
孝太は更に詳しく解析を続ける。
`execute("scan", "interior", "life_forms")`
[スキャン結果]
[多数の生命反応を検出]
[人間:約50名]
[不明生命体:複数]
[警告:中央部に強力なエネルギー源]
「中には50人ほどの人間と、正体不明の存在がいる」
孝太が報告する。
「そして中央には強力なエネルギー源が…」
「核の断片かもしれないわ」
アイリスの表情が曇る。
「もし彼らが核の一部を手に入れたなら、とても危険な状況よ」
リーシャが決意を固めたように言う。
「中に入るわ。正体を確かめないと」
「でも、どうやって?」
孝太が尋ねる。
「警備は厳重だし、見つかれば…」
「方法があるの」
アイリスが小さな瓶を取り出した。
「これは錬金術の"変身の霧"。短時間だけ、姿を変えることができるわ」
「変身?」
リーシャが興味を示す。
「そう。黒の探求者に変装すれば、怪しまれずに中を探れるはず」
アイリスは瓶を三人に見せた。
「ただし、効果は30分だけ。それまでに情報を集めて戻らなければならないわ」
「危険すぎない?」
孝太が心配する。
「他に方法はないでしょう?」
リーシャが言う。
「創造院と北方王国の繋がり、そして彼らが持ち込んだものの正体。知らなければならないわ」
アイリスも同意する。
「今が最大のチャンスよ。彼らの注意は皆、宰相に向いているはず」
孝太は一瞬迷ったが、すぐに決意を固めた。
「分かった。やろう」
アイリスは瓶の栓を抜き、淡い青い霧を三人にかけた。霧が体に触れると、ピリピリとした感覚が全身を包む。孝太は自分の手が変化していくのを見た。肌の色が変わり、指がすこし細長くなる。
「完了よ」
アイリスの声が聞こえたが、見ると彼女の姿は完全に変わっていた。黒い衣装を着た、全く知らない女性の姿になっている。
リーシャも同様に、黒の探求者の一人に変身していた。孝太自身も、鏡があれば自分が誰なのか分からないだろう。
「さあ、行きましょう」
アイリスが言う。
「自然に振る舞うことが大切よ。怪しまれないように」
三人は荷物搬入口に向かった。扉の前には一人の門番が立っている。アイリスが先頭に立ち、堂々とした態度で近づいた。
「特別な荷物の確認に来た」
彼女は冷たい声で言った。
「宰相の命令だ」
門番は一瞬疑わしげな表情を見せたが、三人の黒い衣装を見て安心したようだ。
「分かりました。どうぞ」
扉が開き、三人は緊張しながらも淡々と中に入っていった。内部は予想通り、外観からは想像できないほど広大だった。大理石の床、高い天井、壮麗な装飾。まるで古城の中に入り込んだようだ。
「すごい…」
孝太は思わず呟いた。
「これが異空間…」
廊下には多くの人々が行き来していた。黒の探求者たち、北方王国の従者たち、そして見たことのない制服を着た人々。彼らは孝太たちに特に注意を払わず、それぞれの任務に忙しそうだった。
「どこに行けば…」
リーシャが小声で尋ねる。
アイリスは冷静に周囲を観察していた。
「人の流れに注目して。多くの人が向かう場所が、重要な場所のはずよ」
確かに、廊下の奥へと急ぐ人々が目についた。三人もその流れに紛れて進むことにした。
広い廊下を進んでいくと、突然前方で喧騒が起きた。人々が慌ただしく動き回り、何かを探しているようだった。
「何かあったのかしら」
リーシャが見つめる。
その時、背後から声がかかった。
「お前たち、何をしている?」
振り返ると、金色の肩章をつけた黒の探求者が立っていた。明らかに上級の位にある人物だ。
「特別な任務です」
アイリスが即座に答えた。
「宰相の命により、セキュリティの確認を」
上級探求者は怪訝な表情を浮かべた。
「聞いていないが…名前は?」
アイリスが答えようとした瞬間、廊下の向こうから大きな声が響いた。
「囚人が逃げた!全員で捜索せよ!」
上級探求者の注意がそちらに向き、彼は三人に向かって急いで命令を下した。
「お前たちも手伝え!西側を捜索するんだ!」
そう言うと、彼は急いで喧騒の方へと走っていった。
「囚人?」
孝太が疑問を呟く。
「捜索に紛れて、中央のエネルギー源を探しましょう」
アイリスが提案する。
「この混乱は好都合よ」
三人は人々の動きとは逆方向に進んでいく。廊下の突き当たりには、大きな扉があった。扉の両側には、通常の黒の探求者とは違う、より厳めしい装束の警備員が立っている。
「あそこが目的地っぽいね」
孝太が小声で言う。
「でも、どうやって中に?」
その時、運命の女神が微笑んだのか、警備員たちにも捜索命令が届いたようだ。彼らは互いに顔を見合わせ、しぶしぶと扉を離れて走り去った。
「チャンス!」
リーシャが即座に扉に向かう。
三人は周囲を確認し、誰も見ていないことを確かめてから、素早く扉を開けて中に入った。
扉の向こう側には、彼らの想像をはるかに超える光景が広がっていた。




