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第64話 街の変化

夕暮れのバルドールは、また違った顔を見せる。

二つの太陽が西の空へと沈みゆく頃、街全体が紫がかったオレンジ色に染まる。金色の大きな太陽が先に地平線へと消え、小さな青白い太陽が最後の光を投げかける瞬間、建物の窓ガラスが宝石のように輝き、石畳の道には幻想的な模様が浮かび上がる。


孝太は宿を出て、約束の場所へと向かっていた。月影亭は、バルドールの西区画、職人街と商人区の境目にある古い酒場だ。石と木で建てられた二階建ての建物は、何世代もの冒険者たちの拠り所となってきた歴史がある。


道中、孝太は街の様子を注意深く観察していた。一見すると普段と変わらない日常風景だが、よく見ると微妙な違いがある。衛兵の数が増えている。人々の話し声が少し控えめになっている。そして何より、見知らぬ顔が増えたように感じる。


「なぁ、お兄さん!」

突然、袖を引かれて孝太は振り返った。


そこには12歳ほどの少年が立っていた。茶色の髪に大きな青い目、頬には薄い傷跡がある。汚れた服は、彼が裕福でないことを物語っている。


「フィン?どうしたんだ?」

孝太はこの少年をよく知っていた。市場で使い走りをして生計を立てている孤児だ。


「お兄さんに教えたいことがあるんだ!」

フィンは周囲を警戒するように見回してから、小声で続けた。

「最近、変な人たちが街に来てるんだ」


「変な人?」

孝太は興味を示しながら、少年のレベルまで身をかがめる。


「うん。黒い服を着て、いつも何かを探してる。誰とも話さないし、市場では買い物もしない」

フィンは真剣な表情で言う。

「で、昨日、そいつらが隠れ家みたいなところに入って行くのを見たんだ!」


「隠れ家?どこにある?」


「東区の古い倉庫街。昼間は誰も近づかないところだよ」

フィンは胸を張る。

「僕ね、お兄さんみたいな冒険者になりたいから、こういう情報集めてるんだ」


孝太は微笑みながら少年の頭を撫でた。

「ありがとう、フィン。とても貴重な情報だ。でも、あまり危険なことはしないでくれよ」


「大丈夫!僕は足が速いから、すぐに逃げられるんだ」

少年は誇らしげに言うが、すぐに表情を曇らせる。

「でも、お兄さん…最近、市場でも人が消えてるんだ」


「消えてる?」


「うん。昨日まで普通に店を出してた八百屋のオルドさんが、今朝からいなくなったんだ。誰も知らないふりをしてるけど、みんな怖がってる」


この情報に、孝太は眉をひそめた。人が消えるというのは、非常に不穏な兆候だ。


「フィン、本当にありがとう。これは重要な情報だ」

孝太はポケットから数枚の銀貨を取り出し、少年に渡した。


「え、こんなにいいの?」

フィンは目を丸くして銀貨を見つめる。


「情報には対価が必要だ。それに…」

孝太は少し声を落とした。

「もし何か気になることがあったら、すぐに僕に教えてくれるか?でも、自分を危険にさらすようなことはしないでね」


「任せて!僕、お兄さんの役に立ちたいんだ」

フィンは嬉しそうに頷くと、小走りに去っていった。


孝太は少年の背中を見送りながら、考え込む。東区の倉庫街、突然姿を消した商人、黒い服の不審者…これらが創造院と関係しているなら、事態は予想以上に深刻かもしれない。


月影亭に近づくと、温かな灯りと賑やかな声が聞こえてきた。酒場の前には何台もの荷車が止まり、旅人や冒険者たちが出入りしている。入り口の上に掛けられた看板には、月を背景に佇む狼の絵が描かれている。


孝太が中に入ると、活気ある喧騒が彼を迎えた。低い天井から吊るされた魔法のランプが温かな光を投げかけ、大きな暖炉からは心地よい熱が放たれている。壁には古い武器や地図、珍しい魔物の剥製など、様々な冒険の記念品が飾られていた。


「おお、来たな若いの!」

カウンターの向こうから、太い声が響く。


声の主は白髪交じりの豊かな髪を後ろで縛った、骨太な年配の女性だった。彼女が月影亭の主人、オルガ婆さんだ。80代と言われているが、その動きは若者にも負けないほど機敏で力強い。


「こっちだよ、孝太」

奥のテーブルから、リーシャが手を振っていた。彼女とアイリスはすでに席について、飲み物を前にしていた。


孝太が二人の元に着くと、オルガ婆さんもすぐに近づいてきた。

「いつもの蜜酒でいいかい?」


「お願いします」

孝太が答えると、オルガ婆さんは一瞬、彼の顔をじっと見つめた。


「最近、物騒になってきたねぇ」

彼女は意味ありげに言うと、カウンターへと戻っていった。


「何か情報があったの?」

アイリスが小声で尋ねる。


孝太はフィンから聞いた話を二人に伝えた。

「東区の倉庫街に怪しい動きがあるようだ。それと、市場の商人が突然姿を消したという」


「消えた?」

リーシャが眉をひそめる。

「創造院の仕業かもしれないわね」


「私も街を歩いていて、違和感を感じたわ」

アイリスがカップを両手で包みながら言う。

「特に錬金術師の区画。いつもは開かれている秘法の実験室が、今日は閉まっていたの」


オルガ婆さんが蜜酒を持ってきた。深い琥珀色の液体からは、甘く香ばしい香りが立ち上る。


「街の話をしてるのかい?」

彼女は周囲を確認してから、少し身を乗り出した。

「なら、これも聞いておくといいさ。東の門から入ってきたという「学者」たちがいる。彼らは古代の遺物を研究してるって言ってるが、実際には"核"に関する情報を集めてるらしい」


三人は驚いて顔を見合わせた。

「どうしてそれを?」

リーシャが尋ねる。


オルガ婆さんは薄く笑った。

「この歳になれば、耳というのは意外と良くなるもんさ。それに…」

彼女は左手の袖をわずかに上げ、古代の文字で刻まれた腕輪を見せた。

「私も昔は、ある場所の"守り人"だったんでな」


「あなたも…」

アイリスが驚きの声を上げる。


「さあさあ、詳しい話は後でね」

オルガ婆さんは人が近づいてくるのを見て、すぐに普段の態度に戻った。

「とりあえず、今夜の煮込みはお勧めだよ!」


彼女が去ると、三人は小声で話し合いを続けた。

「思った以上に状況は複雑だ」

孝太が言う。

「創造院の活動が、予想よりも進んでいる」


「でも、味方も増えたわね」

アイリスが前向きに言う。

「オルガさんや、フィンのような協力者がいる」


その時、酒場の入り口が大きく開き、冷たい風と共に数人の人影が入ってきた。

黒い外套を身にまとった男女で、どこか異質な雰囲気を放っている。


「あれが…」

リーシャが小声で言う。

「フィンの言っていた"黒い服の人々"かもしれない」


彼らは酒場の中を見回し、奥のテーブルに座った。周囲の客たちは、無意識のうちに彼らとの距離を取っているようだった。


「普通の旅人ではないわね」

アイリスが言う。

「その目つき…何かを探している」


孝太は、デバッグモードを極力目立たないよう起動してみた。


`execute("analyze", "targets", "discreet=true")`


[分析中…]

[対象:不明なエネルギー反応検出]

[状態:データ構造に異常]

[警告:古代技術の痕跡あり]



「やはり…彼らは普通の人間ではない」

孝太が小声で伝える。

「古代の技術を身につけている」


突然、黒衣の一人が孝太たちの方を見た。鋭い眼光に、三人は息を呑む。

しかし次の瞬間、酒場の入り口が再び開き、にぎやかな声が響いた。


「やぁ、みんな!元気かい?」

独特の三輪車のような乗り物を引いた行商人、ベリンが入ってきた。派手な衣装に身を包み、首からは様々な小物が下がっている。


「今日も素晴らしい商品を持ってきたぜぇ!」

彼の大声に、酒場の雰囲気が一変する。客たちは興味津々と嫌悪感半々の表情で彼を見つめた。


「おっと、お客さんがたくさんいるぜぇ!」

ベリンは黒衣の一団を見ると、にやりと笑った。

「珍しい方々だねぇ。何か欲しいものはないかい?特別価格で譲るぜぇ!」


黒衣の者たちは明らかに迷惑そうな表情を見せ、低い声で何かを話し合い始めた。彼らの注意はベリンに向けられ、孝太たちからは離れた。


「ベリンの登場は、偶然かな?」

リーシャが疑問を呟く。


「どうだろう…」

孝太も首をかしげる。

「彼はいつも適切なタイミングで現れるよね」


「いずれにせよ、今は目立たないようにしましょう」

アイリスが二人に言う。

「明日は東区の倉庫街を調査しましょう。そして…」


彼女はオルガ婆さんの方を見た。

「あの"守り人"が何を知っているのか、もっと話を聞かないと」


三人は静かに飲み物を楽しみながら、黒衣の一団を観察し続けた。彼らの存在は明らかに酒場の雰囲気を変えている。常連客たちも警戒の眼差しを向けているのだ。


黒衣の者たちは、しばらくして立ち上がった。リーダー格の男性が周囲を最後に見回してから、彼らは酒場を後にした。


「追いかけてみる?」

リーシャが提案する。


「危険すぎるわ」

アイリスが止める。

「彼らには何か特殊な能力がある。気付かれたら危険」


「その通り」

孝太も同意した。

「今は情報収集に徹するべきだ」


ベリンが彼らのテーブルに近づいてきた。

「よっ、変わった客が帰ったね」

彼はいつもの調子で言うが、目はいつになく真剣だ。


「ベリン、あの人たちを知ってるの?」

孝太が尋ねる。


「ああ、知ってるぜぇ」

ベリンは周囲を確認してから、声を落とした。

「"黒の探求者"と呼ばれる連中さ。古代の遺物を集めてる…って表向きはね」


「実際は?」

リーシャが身を乗り出す。


「実際は、創造院の下部組織だぜぇ」

ベリンの声は、ほとんど聞こえないほど小さくなった。

「つい最近、西部農園で奴らが原因の"事故"があった。農家の一家が丸ごと消えちまったんだ」


「消えた?」

三人は顔を見合わせる。


「ああ、跡形もなく。残ったのは、床に描かれた奇妙な魔法陣だけさ」

ベリンの表情は真剣そのものだった。


「どうして君がそんなことを?」

孝太が不思議に思って尋ねる。


ベリンはニヤリと笑った。

「俺は行商人、情報も商売のうちさ。それに…」

彼は真面目な表情に戻る。

「俺にも、創造院には恨みがあるんだ」


彼はこれ以上の説明をせず、立ち上がった。

「とにかく、気をつけるんだぜぇ。奴らは見た目以上に危険だ。何か必要なものがあったら、市場の俺の店に来てくれ。力になるぜぇ」


ベリンが去った後、オルガ婆さんが再び近づいてきた。

「そろそろ閉店時間だが、三人だけ残ってくれないか?話したいことがある」


三人は顔を見合わせ、頷いた。他の客が全て帰り、オルガ婆さんが戸締まりを終えると、彼女は奥の個室へと三人を案内した。


古い木の扉を開けると、そこには意外な光景が広がっていた。壁一面が古代の地図で覆われ、中央のテーブルには様々な文書や遺物が並べられている。まるで研究室のような空間だった。


「さて、本題に入ろうか」

オルガ婆さんは一変し、鋭い眼差しと威厳ある声で話し始めた。

「私は"均衡"の核の元守護者の一人だ。そして今、創造院の動きが活発化している」


彼女は古い書物を開き、三人に見せた。

「彼らの目的は、七つの核を使って"世界の書き換え"を行うこと。これは3000年前に失敗した実験の再現だ」


「世界の書き換え…」

孝太は「もう一人の孝太」を思い出した。


「そのためには、各核を不安定化させる必要がある。彼らは確実にその準備を進めている」

オルガ婆さんは続ける。

「そして最も危険なのは、彼らの中に"転移者"——君のような存在がいるという事実だ」


「僕のような?」

孝太は驚きを隠せない。


「そう、あなたと同じく外の世界から来た者たち。彼らは創造院に力を貸している」

オルガ婆さんの表情に、深い懸念が浮かぶ。

「だからこそ、今夜から本格的に対抗を始めるべきだ」


彼女はテーブルの下から、古い木箱を取り出した。

「これを持っていきなさい。君たちの力になるはずだ」


箱の中には、三つの古い装飾品——腕輪、首飾り、指輪があった。

「これらは、かつての守護者たちが使っていた"守りの宝器"。核の力を制御する助けになる」


三人は一つずつそれらを手に取った。

「これからどうすればいいですか?」

アイリスが尋ねる。


「まずは東区の倉庫街を調査しなさい。そこに創造院の拠点があるはずだ」

オルガ婆さんは地図を指差す。

「そして、消えた人々の手がかりを探すんだ」


夜も更けて、三人は月影亭を後にした。

星が輝く夜空の下、バルドールの街は静けさに包まれている。しかし、その静けさの中に潜む危険を、三人は強く感じていた。


「明日、東区へ行こう」

孝太が言う。

「創造院の正体を暴くために」


リーシャとアイリスも静かに頷いた。

彼らの戦いは、まさにこれから本格化しようとしていた。


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