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第63話 帰還の報告

バルドールの朝は、二つの太陽の光で始まる。

まず東の空から昇る金色の太陽が街を温かい光で包み込み、その約一時間後に青白い小さな太陽が続く。二つの光源が作り出す複雑な影が、石畳の道や建物の壁に不思議な模様を描き出していた。


「やっぱり戻ってくるとホッとするな」

孝太は市場の入り口に立ち、活気づく朝の風景を眺めていた。


彼らが"変化"の核を安定化させてから三日が経っていた。時間の修正により、バルドールの人々は何事もなかったかのように日常を過ごしている。しかし、孝太たち三人の記憶には、あの激しい戦いと「もう一人の孝太」との対峙が鮮明に残っていた。


「おーい!孝太くん!」

声のする方を見ると、原色のローブに身を包んだ若い女性が手を振っていた。緑色の派手な髪型と大きな丸眼鏡が特徴的な、錬金術師のミーナだ。


「おはようございます、ミーナさん」

孝太が挨拶すると、彼女は両手を広げて嬉しそうに駆け寄ってきた。


「戻ってきたって聞いたから、探していたありんす!」

ミーナの独特の話し方は、バルドールでもよく知られている。

「新しい薬ができたから、試してほしいありんす!」


彼女は懐から小さな青い瓶を取り出した。

「疲労回復の薬ありんす。冒険者には必須ありんす!」


「あ、ありがとう」

孝太は少し警戒しながらも瓶を受け取る。ミーナの調合した薬は効果が抜群なことも多いが、予期せぬ副作用が出ることもある。前回は髪が一日中青く光り続けるという体験をした。


「副作用は…ないよね?」


「もちろんないありんす!」

ミーナは自信満々に胸を張る。

「今回は完璧に調合したありんす!」


その自信に満ちた表情が逆に不安を煽る。

孝太はとりあえず瓶をポケットにしまった。


「ところで、リーシャさんとアイリスは?」

ミーナが周囲を見回しながら尋ねる。


「二人はもうギルドに向かったよ。僕もこれから行くところだった」


「そうありんすか。じゃあ、今度みんなで月影亭に行きましょうありんす!」

彼女は元気よく手を振ると、今度は別の客を見つけて駆け寄っていった。


孝太は市場の賑わいの中を歩き始める。通りの両側には色とりどりの商品を並べた露店が立ち並び、商人たちの威勢のいい掛け声が飛び交っていた。


「いらっしゃい!新鮮な野菜だよ!」

「特製の香辛料、今日だけの特価だ!」

「魔法の糸で織った布地だよ、水も火も通さないぜ!」


その中でも一際大きな声で客を呼び込むのは、タケの「タケちゃん焼き」の屋台だ。

「おう、孝太!元気そうやな!」

タケが鉄板から顔を上げて手を振る。


「タケさん、おはようございます」

孝太が近づくと、タケはすでに焼きあがった「タケちゃん焼き」を一つ包んでいた。


「ほれ、朝飯や。腹ごしらえせんと、任務も捗らんやろ」

彼は孝太に温かい包みを差し出す。


「ありがとうございます。いつも助かります」


孝太がお金を出そうとすると、タケは大きな手で制した。

「今日は奢りや。無事に帰ってきた祝いってことで」


「でも…」


「いいから遠慮すんな」

タケは豪快に肩を叩く。

「それより、東の森での任務はどうやった?ギルドマスターも心配しとったで」


実際には凄まじい戦いを経験したが、タケにはその記憶はない。時間の修正により、彼らの活躍は誰の記憶にも残っていないのだ。


「無事に終わりました。特に問題もなく」

孝太は微笑みながら答える。タケには心配させたくなかった。


「そうか、なら安心や」

タケは納得したように頷いた。

「ギルドに行くなら、急いだ方がええで。朝一から会議やって聞いたぞ」


「え?会議があるんですか?」

孝太は少し焦った表情になる。


「ああ、Bランク以上の冒険者は全員集合らしいわ」

タケが教えてくれた情報に感謝しながら、孝太は急いで「タケちゃん焼き」を頬張り、ギルドに向かって小走りに進み始めた。


「気ぃつけてな!」

タケの声が背後から聞こえてくる。


バルドールの街は、朝の光の中で日に日に活気を増していた。子供たちは学校へと急ぎ、職人たちは工房へと向かう。水運びの少年たちが重い桶を運び、魔法使いの見習いが小さな火の玉を浮かべる練習をしている。


その日常の風景の中に、しかし妙な違和感を覚える時がある。孝太は時折、見知らぬ場所で見覚えのある顔を見かけるような気がしていた。それは錯覚なのか、それとも何か別の意味があるのだろうか。


冒険者ギルド《銀狼の爪》は、街の中心に聳える古い石造りの建物だ。四階建ての堂々とした建物の頂には、銀色の狼の像が街を見下ろしている。


入り口には、すでに多くの冒険者たちが集まっていた。剣を背負った戦士、杖を持った魔法使い、軽装の狩人たち。彼らはそれぞれにバルドールとその周辺地域の守り手となっている。


「孝太!こっちだ!」

入り口近くで、リーシャが手を振っていた。彼女の隣にはアイリスもおり、二人とも少し緊張した様子だ。


「遅かったじゃない」

リーシャが軽く眉をひそめる。


「ごめん、途中でミーナさんとタケさんに会って」

孝太が言い訳するように答える。


「もう会議が始まりそうよ」

アイリスが建物の中を指差す。

「中に入りましょう」


三人がギルド内部に入ると、大広間はすでに冒険者たちで埋め尽くされていた。壇上には、ギルドマスターの姿が見える。その隣には、Sランク冒険者レクスが立っている。


「みんな揃ったな」

ギルドマスターの声が広間に響く。

「それでは会議を始める」


彼の表情は、いつもより厳しさを増していた。

「各地から不穏な報告が届いている。特に東の森、北方の鉱山、そして西部農園での異常現象だ」


冒険者たちの間から、ざわめきが上がる。


「これらの現象は、古文書に記された"大崩壊の前兆"と一致する。我々は直ちに対応策を講じなければならない」


ギルドマスターは一度深く息を吸い、続けた。

「そこで、特別調査隊を編成する。Sランクのレクスを隊長とし、Aランク冒険者を中心に編成する」


彼はさらに視線を孝太たち三人に向けた。

「そして、特別任務として、孝太、リーシャ、アイリスの三人には別働隊として活動してもらう」


大広間に再び驚きの声が上がる。特別な扱いを受ける三人に、羨望と疑問の視線が集まる。


「会議後、私の執務室に来てくれ。詳細はそこで話す」

ギルドマスターはそう言うと、続いて各地域の防衛体制の強化について説明を始めた。


会議が終わり、冒険者たちが次々と任務のために広間を去っていく中、三人はギルドマスターの執務室へと向かった。


重厚な木製のドアを開けると、執務室の中ではギルドマスターが窓際に立っていた。彼は三人が入ってくると振り返り、疲れた表情で微笑んだ。


「よく来てくれた。座りなさい」

彼は三人に椅子を勧め、自身も机の前に腰を下ろした。


「実際のところ、"変化"の核での君たちの活躍は知っている」

彼の言葉に、三人は驚きの表情を見せた。


「どういうことですか?」

孝太が問いかける。

「時間の修正で、あの出来事は起きる前に防いだはずです」


ギルドマスターは静かに頷いた。

「そのはずだったね。しかし、私には特別な…能力がある。時間の修正があっても、本来の流れを感じ取ることができるのだ」


彼は立ち上がり、書棚から古い本を取り出した。

「私もまた、かつては核の守護者だった」


「あなたが!?」

アイリスが驚きの声を上げる。


「そう。"均衡"の核の守護者だった」

彼は本を開き、複雑な図表が描かれたページを三人に見せる。

「そして今、全ての核が危険にさらされている」


ギルドマスターは地図を広げ、各地の核の位置を指し示した。

「"変化"の核は君たちのおかげで安定化した。しかし、他の核——特に"衰退"と"再生"の核が不安定になっている」


「創造院が狙っているんですね」

リーシャが理解したように言う。


「その通り」

ギルドマスターは重々しく頷く。

「彼らは、あの失敗にもかかわらず、活動を続けている。そして今、バルドールの中にも、彼らのスパイが潜んでいる可能性が高い」


「スパイ?」

孝太が眉をひそめる。

「どうやって見つければ?」


「それが君たちの最初の任務だ」

ギルドマスターは三人をじっと見つめる。

「街の中で情報を集め、創造院の手がかりを探してほしい」


「街の中を調査するんですね」

アイリスが静かに言う。

「誰を信じていいのか、分からなくなりそう…」


「だからこそ、君たち三人の結束が重要なんだ」

ギルドマスターは力強く言った。

「互いを信じ、見守り合いながら、真実を見つけてほしい」


彼は机の引き出しから三つの小さな水晶を取り出した。

「これを持っていきなさい。危険を感じたら、これを握りしめるんだ。私に信号が届く」


三人はそれぞれ水晶を受け取った。透明な結晶の中には、微かな青い光が脈動している。


「まずは休息を取るといい。明日から、街での調査を始めてくれ」

ギルドマスターはそう言って、会談の終わりを告げた。


三人が執務室を出ると、廊下でレクスが待っていた。

「お疲れさん」

彼は壁に寄りかかったまま、三人に視線を送る。


「レクスさん、あなたも特別な任務があるんですよね?」

リーシャが尋ねる。


「ああ、北方の鉱山と西部農園の調査だ」

レクスは腕を組んで答える。

「でも正直、町内の調査の方が大変だと思うぜ。敵が見えないからな」


彼は少し声を落として続けた。

「気をつけろよ。創造院の連中は、どんな顔をしているか分からない。親友のふりをしていても、実は敵かもしれないんだ」


その言葉が、三人の心に重くのしかかる。

「でも、誰も信じなかったら前に進めません」

孝太はきっぱりと言った。


レクスは少し驚いたような、そして安心したような表情を見せた。

「…その通りだ。信じるべきものを見極めることが大切だな」


彼は孝太の肩を軽く叩いた。

「じゃあ、頑張れよ。また会おう」


レクスが去った後、三人は次の行動について話し合った。

「まずは情報収集ですね」

アイリスが言う。

「バルドールで一番情報が集まる場所といえば…」


「月影亭」

リーシャが答える。

「あそこなら、様々な噂が聞けるわ」


「そうだね」

孝太も同意する。

「今夜、行ってみよう」


三人はギルドを後にし、それぞれ準備のために一度宿に戻ることにした。

しかし、街を歩きながら、孝太はますます強い違和感を覚えていた。

見慣れた風景の中に、何か異質なものが紛れ込んでいる。


創造院の影が、確実にバルドールに忍び寄っていたのだ。


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