表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/107

第59話 心の距離

朝の光がバルドールの街を優しく包み込む。

金色と青白の二つの太陽が東の空から昇り、街の石造りの建物に独特の二重の影を落としていた。窓辺に立つ孝太は、その不思議な光景を眺めながら、昨夜のデバッグモードで発見した接続プロトコルについて考えを巡らせていた。


「入ってもいい?」


扉の外からアイリスの声が聞こえる。柔らかな声色だが、その中に僅かな緊張感が混じっているのが分かった。


「ああ、どうぞ」


アイリスは既に出発の準備を整えた姿で入ってきた。

肩に掛けた精巧な刺繍が施された革の鞄には、共鳴石や古代の書物、そして魔法の薬草など、これから必要になりそうな道具が全て詰められている。髪も普段より少し高めに結い上げ、実践的な装いだ。


「早いですね」


孝太が微笑む。


「まだ日も昇ったばかりなのに」


「ええ。あのレインの警告が気になって」


アイリスの表情は真剣だ。

青みがかった瞳に決意の色が宿っている。


「"創造院"が動き始めているなら、私たちも急がないと。それに…」


彼女は一瞬言葉を詰まらせ、少し視線を落とした。


「あなたが昨晩、何か発見したようだったから」


孝太は驚いて眉を上げる。


「どうして分かったんですか?」


アイリスは小さく微笑んだ。


「私たちは長い間一緒に旅をしてきたでしょう? あなたが考え事をしている表情は、もう見覚えがあるわ」


「そうですか…」


孝太は少し照れたように窓の外を見やる。


彼が異世界に来てから、既に何ヶ月が経っただろう。最初は全く馴染めなかったこの世界で、今では仲間と呼べる存在ができたことが、不思議な安心感を与えてくれていた。


彼は昨晩の発見について、アイリスに打ち明けることにした。


「あの日転移に使われたプログラムに、接続プロトコルが組み込まれていたんです」


アイリスの目が見開かれる。


「それは…何かと繋がるための機能?」

「ええ。おそらく、この世界と"外部"をつなぐための」


孝太は窓の外を見つめる。

バルドールの街は朝の活気に満ち始めていた。市場では商人たちが店を開き、子供たちが学校へと向かい、魔法の浮遊車が荷物を運んでいく。


「僕がここに来たのは偶然じゃなかったのかもしれない」


彼は東京での日々を思い出していた。

システム開発の仕事に追われ、満員電車で疲れ果てて帰る毎日。

そんな日常の中で、あの謎のプログラムコードが書かれた紙を拾ったことで、全てが変わった。


「誰かが意図的に僕をこの世界に呼んだ。でも、それが誰なのか、何の目的なのかは、まだ分からない」


アイリスはしばらく黙って考え込んでいた。

彼女の表情には、何か言うべきか迷うような複雑さが見える。


「私も…あなたに話さなければならないことがある」


彼女の声は、いつになく重かった。


「何でしょう?」


孝太は彼女の真剣な表情に、身を乗り出す。


「私は…この世界の核について、全てを話していなかった」


アイリスの声に、僅かな罪悪感が混じる。

彼女は部屋の中を歩き回りながら、言葉を選ぶように話し始めた。


「核は単なる安定化装置ではなく、世界間の"扉"としての機能も持っているの。古代の文献には、"次元の結節点"という表現で記されていた」


「扉?」


孝太が驚きの声を上げる。


「そう。特に"変化"の核は、異なる可能性の間を行き来する能力を持つと言われている」


アイリスは真剣な眼差しで続ける。


「もし"創造院"がその機能を悪用したら、他の世界から力を引き込むことも可能かもしれない」


彼女は窓際まで歩み寄り、二つの太陽を見上げた。


「この世界の二つの太陽は、元々一つだったと言われているわ。"変化"の核の暴走によって、別の世界の太陽が引き寄せられたという伝説も残っている」


孝太はその情報の重大さに、言葉を失う。


「そんな…なぜ今まで言わなかったんですか?」


アイリスの表情に、悲しみの色が浮かぶ。


「確証がなかったから。それに…」


彼女は一瞬躊躇した後、静かに続けた。


「あなたが"外部"から来たと知って、この情報が重荷になるかもしれないと思ったの」


その時、廊下から急ぎ足の音が聞こえてきた。

扉を叩く音と共に、リーシャの声が響く。


「孝太さん! アイリス! 開けて!」


孝太が扉を開けると、リーシャが息を切らせた様子で立っていた。

彼女の剣は既に腰に下げられ、完全武装の状態だった。


「急いで! ギルドマスターが全員を呼んでいるわ。緊急事態よ!」


「何があったの?」


アイリスが尋ねる。


「東の森から、異常事態の報告が」


リーシャの表情は硬い。


「詳しくは広間で説明があるわ。でも…魔物の大群が出現したらしい」


その言葉に、三人は顔を見合わせた。

核の不安定化と魔物の出現——二つは確実に関連しているに違いない。


「すぐに行きましょう」


孝太は直ちに準備を始めた。

デバッグツールを確認し、共鳴石を懐に入れ、必要最低限の荷物をまとめる。

三人はすぐに冒険者ギルド《銀狼の爪》へと向かった。


朝の街は既に不安な空気に包まれていた。東の森の方向を心配そうに見つめる市民たち。防衛の準備を始める門兵たち。いつもの活気が、緊張感に塗り替えられていく。

ギルドの大広間には、既に多くの冒険者たちが集まっていた。

Sランクのレクスを始め、バルドール防衛の要となる精鋭たちが勢揃いしている。

普段は騒がしい会場が、今は緊張に満ちた沈黙に包まれていた。


ギルドマスターが壇上に立ち、重々しい声で告げる。


「昨晩、東の森から不穏な報せが届いた。魔物の大群が出現し、近隣の村々を襲撃しているという」


会場から動揺の声が上がる。

この地域で、魔物の大規模な出現は極めて珍しいことだった。

長年の平和により、防衛体制も弱まっていた時期だけに、事態は深刻だった。


「さらに、これらの魔物は通常のものとは異なる」


ギルドマスターは古い羊皮紙の報告書を広げ、続ける。


「目撃情報によれば、これらの魔物は半透明で、まるでデータの集合体のような外見をしているという。そして、まるでどこか別の場所から現れたかのようだという」


孝太とアイリスは顔を見合わせる。

デバッグモードでしか見えないようなデータの異常が、現実世界に干渉し始めているのだ。

「変化」の核の不安定化と、この現象は無関係ではないだろう。



「全ての冒険者に指示する」


ギルドマスターは声を張り上げた。


「Cランク以下は街の防衛に当たれ。Bランク以上は東の森への調査隊を編成する。Aランク以上は、各隊の指揮を執ること」


彼はさらに、孝太たち三人に視線を送った。


「お前たち三人には、特別な任務がある。この後、私室で説明する」


指示を受けた冒険者たちが、すぐに行動を開始する。

大広間は再び活気に満ちた声で溢れた。

各隊の隊長が指示を出し、装備の確認が行われ、地図が広げられる。

武器庫からは次々と装備が運び出され、魔法使いたちは防御と攻撃の呪文を確認し合っていた。


三人は、別室でギルドマスターと最後の打ち合わせをしていた。

窓のない小さな部屋には、古代の地図や文献が広げられていた。


「東の森の中心部に、"変化"の核があると思われる」


ギルドマスターが地図を指さす。

古い羊皮紙には、現代の地図にはない細かな記述が記されていた。


「しかし、その周辺は既に魔物で溢れている。直接アクセスするのは困難だろう」


「ならば、別の道を探す必要がありますね」


アイリスが考え込む。


「核への接近経路は、他にないのでしょうか」


「一つ、古い伝承があるのだ」


ギルドマスターが古い書物を開く。

黄ばんだページには、不思議な図形と古代文字が記されていた。


「"記憶の鏡"は、核へと続く裏門となり得るという」


「記憶の鏡!」


リーシャが息を呑む。


「メイが残していったものですね」


「そう」


ギルドマスターが頷く。


「彼女は何かを知っていたのかもしれん。鏡の所在は、まだ確認できているのか?」


「はい」


アイリスが答える。


「前回、東の森で見つけた洞窟に保管されているはずです」



計画が立てられ、必要な装備が準備される。

魔法の薬、特殊な武器、そして何より大切な共鳴石。

すべての準備が整い、出発の時が近づいていた。


しかし、孝太の心には、まだ晴れない疑問があった。

自分はなぜこの世界に呼ばれたのか。

そして、"外部からの力を持つ者"とは、一体誰なのか——。


宿に戻り、最後の準備をする間も、その疑問は彼の頭から離れなかった。

窓の外では、二つの太陽が高く昇り、バルドールの街を鮮やかに照らしていた。

街の人々は、東の森からの脅威に不安を覚えながらも、日常を懸命に守ろうとしている。


孝太は窓辺に立ち、遠く東の森を見つめる。

そこには、彼の運命を左右する真実が眠っているのかもしれない。

そして、もしかすると——彼のように"外部"から来た存在との対峙が待っているかもしれないのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ