第57話 ギルドの地下
朝日が東の空から昇り、遺跡の石造りの宿舎に柔らかな光が差し込む。
夜明けと共に目覚めた三人は、バルドールへの帰路の準備を始めていた。
「今日中にギルドに戻れれば、すぐに調査を始められます」
孝太が地図を畳みながら言う。
守護者の長・ラオが、彼らを見送りに来ていた。
白い髭を蓄えた老人は、昨日よりも生気にあふれた表情をしている。
「私からも感謝を」
ラオが深々と頭を下げる。
「核の安定化は、私たち守護者にとっても大きな進歩だった。古代の技術と現代の知恵が融合する様は、まさに啓示のようだった」
「私たちこそ、貴重な経験をさせていただきました」
アイリスが老人に微笑みかける。
「これからも、守護者の皆さんとの協力が必要になると思います」
ラオは懐から小さな水晶のようなものを取り出した。
「これを」
それは、青い光を放つ小さな結晶。
「通信用の結晶です。古代の技術で作られたもので、同じ結晶を持つ者同士が、遠距離でも意思を伝えることができる」
孝太は興味深そうに結晶を手に取る。
現代の通信技術に似ているが、魔法とプログラムが融合した独特のものだった。
「ありがとうございます。連絡が必要な時、使わせていただきます」
簡素な朝食を済ませた後、三人は旅立ちの準備を整えた。
守護者たちが用意してくれた携帯食や水を荷物に詰め、南方遺跡を後にする。
朝の光を浴びる遺跡は、昨日とは違う表情を見せていた。
黒い渦は消え、代わりに穏やかな青い光が、古代の建造物の間から漏れている。
"記憶の核"は、再び安定を取り戻したのだ。
「不思議ね」
リーシャが遺跡を見下ろしながら呟く。
「昨日までの緊張感が嘘のよう」
「でも、これは一時的な平穏に過ぎない」
アイリスの表情は真剣だ。
「残りの核も、同じように不安定化する可能性がある。特に"均衡"の核は重要よ」
バルドールへの道中、三人は様々な話をした。
核の安定化に必要な知識、古代文明の技術、そして「彼ら」の存在について。
「ノクスのような存在が、他の核にも眠っているのかな」
孝太が懸念を口にする。
「可能性はあるわ」
アイリスが応える。
「記憶の中に残っていたのは、彼らの意志と知識。他の核にも、同様の記憶が保存されているかもしれない」
「カイトは言っていました」
リーシャが思い出したように言う。
「"彼ら"の意志は3000年もの間、形を変えて存続し続けてきたって」
その言葉に、孝太は考え込む。
古代文明の崩壊から現代まで、「完全なる支配」を目指す者たちの意志が脈々と受け継がれてきたとしたら?
そして、その意志がこの世界の歪みと関係しているとしたら?
「僕は思うんだ」
孝太が慎重に言葉を選ぶ。
「あの日、東京の電車の中で拾った紙に書かれていたプログラム。あれも、"彼ら"と関係があるのかもしれない」
アイリスの目が輝く。
「確かに! あのプログラムと古代の技術には共通点があった。そして、あれがあなたをこの世界に導いた」
「まるで、誰かが意図的に…」
リーシャの言葉が、風に消えていく。
三人の頭上では、二つの太陽が独特の光を放っている。
金色と青白の光が交差する中、彼らは黙々と歩を進めた。
正午過ぎ、ようやく山道を抜け、バルドールの城壁が視界に入ってきた。
白い石で築かれた壮大な城壁は、太陽の光を受けて眩しく輝いている。
門の前では、いつものようにガルフが警備についていた。
「おお、戻ったか!」
大柄な門兵が、親しげに手を振る。
「ギルドマスターが待っておられるぞ。何でも"緊急事態"だとか」
「緊急事態?」
三人は顔を見合わせる。
「詳しくは聞いていないが、昨晩から騒がしくなっている」
ガルフが城門を開きながら言う。
「冒険者たちが次々と呼び出されているようだ」
町の様子は、一見すると普段と変わらない。
市場では商人たちが威勢よく声を上げ、パン屋からは焼きたてのパンの香りが漂う。
人々は日常を営み、子供たちは元気に走り回っている。
しかし、よく見ると、冒険者ギルド《銀狼の爪》の周囲だけは異様な緊張感に包まれていた。
普段は開け放たれている扉が固く閉ざされ、入り口には複数の警備兵が立っている。
「何が起きているんだ?」
孝太が声をひそめて尋ねる。
三人がギルドに近づくと、入り口の警備兵が彼らを認めて扉を開けた。
「お三方、お帰りなさい。ギルドマスターがお待ちです」
内部に入ると、普段の賑わいはなく、幹部クラスの冒険者たちが真剣な表情で議論を交わしていた。
Sランク冒険者のレクスも、珍しく静かな様子で壁際に立っている。
「何があったんですか?」
リーシャがレクスに尋ねる。
「自分の目で確かめたほうがいい」
レクスの表情は硬い。
「ギルドの地下で、異変が起きている」
三人は急いで階段を上り、ギルドマスターの執務室へと向かった。
扉を開けると、そこには疲労の色が濃いギルドマスターの姿があった。
「よく戻ってきた」
彼は椅子から立ち上がる。
「南方遺跡での任務は?」
「成功しました」
アイリスが報告する。
「"記憶の核"は安定化しています。それより、こちらの緊急事態とは?」
ギルドマスターは無言で、壁の一部に手をかざした。
すると、隠し扉が開き、下へ続く新たな階段が現れる。
「昨夜、地下からの振動と共に、これが現れた」
彼の声は重かった。
「さあ、自分の目で確かめるがいい」




