第37話 消された記憶
黒い靄が猛烈な速度で迫ってくる。
「させるか!」
リーシャが剣を振るい、靄を切り裂く。しかし、切断された部分は即座に再生していく。
「無駄よ」
メイが声を上げる。
「あれは"データの集合体"。物理的な攻撃は効かない」
孝太は即座にデバッグモードを起動する。
execute("analyze", "unknown_entity")
[解析結果]
[本質:プログラム断片]
[状態:不安定な再構成]
[特徴:人格データを内包]
[警告:周辺空間への干渉を確認]
「メイ、説明して。これは一体?」
メイは《デコーダー》を構えながら答えた。
「この世界には"書き換えられた歴史"がある。その過程で消された存在たちが、データとして漂っているの」
黒い靄の中の人影——メイの兄らしき存在が、歪んだ声で語り始める。
「メイ……私たちの世界を……取り戻すんだ。あの日、全てが書き換えられる前の——」
「でも、お兄ちゃん! それじゃあまた歪みが!」
アイリスの声に焦りがみえる。
「孝太! この存在、世界を強制的に書き換えようとしています! 現在の世界を消去して、過去の可能性を復元しようとしている!」
靄が更に膨張し、周囲の空間を侵食し始める。
木々がデータ化され、地面が歪んでいく。デジタルノイズのような歪みが、波紋のように広がっていった。
「このままじゃ、この空間が全て消される!」
リーシャが叫ぶ。
その時、メイが決意に満ちた表情を見せる。
「……やっぱり、こうなるしかないのね」
彼女は両手の《デコーダー》を、靄の中心——兄の存在に向けた。
そして、リュックから取り出した結晶を背中に装着する。
「お兄ちゃん、私も辛かった。あの日、世界が書き換えられて、お兄ちゃんが消えた時……だから、ずっと探してた」
メイの体が淡く光り始める。結晶が共鳴するように輝きを増していく。
「でも、もう分かったの。過去は取り戻せない。そして——取り戻すべきじゃないんだって」
「メイ……?」
孝太が驚いた声を上げる。
「孝太くん、最後のお願い。私の《デコーダー》とあなたの力、同期させて。そうすれば、お兄ちゃんを"正しく"消せる」
「でも、それは! 君まで消えてしまう可能性が!」
「大丈夫、覚悟はできてる」
メイは振り返り、無邪気な笑顔を見せた。
「商人として、最後の取引よ♪ この世界の未来と、私の想いを交換!」
彼女は《デコーダー》の引き金に指をかけた。
その瞬間、結晶が眩い光を放ち始める。
「お兄ちゃん——さようなら」
メイは引き金を引いた。




