第17話 世界の再構築が始まる
「消す……!?」
孝太は急いで戦闘態勢に入る。
デバッグウィンドウはコード分析を開始した。
《エレイザー》は静かに手を振り上げると、次の瞬間——
孝太の《デバッグモード》のウィンドウが強制的に開かれ、文字が表示された。
execute("erase", "target", "Kota")
「なっ……!?」
孝太の体が急激に軽くなる。
腕の感覚が薄れ、視界がぼやける。
(これは……俺自身が"消される"!?)
デバッグウィンドウが青白く輝き、アイリスのカウンターコードが自動入力される。
execute("protect", "Kota", "system")
孝太の体に光が宿り、消失のプロセスが一時停止した。
「くっ……助かった……!」
アイリスの分析結果がデバッグウィンドウに表示される。
「……孝太、あれはこの世界の"バグ"を超えた存在。"再構築"の過程で生まれた"システムのゴミ"よ」
「システムのゴミ……?」
「ええ。世界を書き換えた影響で生まれた"不要なデータ"……でも、それが意思を持ち、"この世界そのものを削除しようとしている"」
孝太は歯を食いしばる。
「だったら——"書き換え"ればいい!」
孝太は素早くコードを入力する。
execute("modify", "Eraser", "status", "inactive")
[エラー]
[対象の書き換え、拒否]
「なにっ!?」
孝太のコードが弾かれた。
《エレイザー》は何事もなかったように、再び手を振り上げる。
「……なら、直接やるしかない!」
孝太は短剣を構え、《エレイザー》に向かって突進した。
短剣が《エレイザー》に触れた瞬間——
異変が起こった。
孝太の視界が急激に暗くなり、彼の意識がどこかに引きずり込まれる。
(……これは!?)
目の前に、無数のコードが流れる空間が広がった。
そこには——ゼインがいた。
「ゼイン……!」
ゼインはゆっくりと孝太に振り返る。
「ようやくここに来たか」
孝太は拳を握りしめ、叫んだ。
「お前、都市エリアβを消したのか!? 何が目的だ!?」
ゼインは少しだけ笑い、静かに答えた。
「……すべての"コード"を元に戻すためだよ」
孝太の脳裏に、嫌な予感が走る。
「"元に戻す"って……まさか、"この世界を作り直す"つもりか!?」
ゼインは静かに頷いた。
「そうだ。……そして、そのためには"コードマスター"の力が必要だ」
「俺を利用するつもりか!?」
ゼインは何も言わず、再びコードを入力する。
孝太の体に、新たな命令が刻まれた。
execute("rebuild", "world", "from_zero")
——世界の"再構築"が、始まろうとしていた。
孝太の視界に無数のコードが流れ込んだ。
ゼインの入力した命令——execute("rebuild", "world", "from_zero") が、現実そのものを書き換えようとしていた。
(……まずい! このままじゃ、本当に世界が"ゼロ"になってしまう!)
孝太は必死に《デバッグモード》を開こうとした。
しかし——
[アクセス権限が変更されました]
[システム管理者:Zane]
「なっ……!?」
孝太は衝撃を受けた。
ゼインがシステム管理者権限を奪ったせいで、孝太のコード入力が無効化されていた。
ゼインは静かに孝太を見つめる。
「お前には感謝しているよ、孝太。お前が来てくれたおかげで、この世界の"最後の欠片"が揃った」
「"最後の欠片"……?」
ゼインはゆっくりと手を広げた。
「この世界を書き換えるには、"オリジナルのコード"を持つ者が必要だった。つまり——"異世界から来たコードマスター"」
孝太は息を呑んだ。
(俺が……"オリジナルのコード"!?)
ゼインは続ける。
「お前がこの世界に来たとき、お前のコードは"外部"のものとして認識された。だから、俺はお前を待っていたんだよ」
「まさか……俺を異世界に転送したのも、お前なのか!?」
ゼインはゆっくりと首を振った。
「それは違う。……だが、結果的にお前がここに来たことで、俺の計画は完成した」
孝太は拳を握りしめた。
「お前は何をしようとしてる!? この世界を消して、何を得るつもりだ!?」
ゼインの表情が一瞬、悲しげなものに変わる。
「……この世界は、"作り物"だ。プログラムの干渉によって何度も書き換えられ、本来の姿を失っている。だから、"リセット"するしかない」
「でも、それじゃあ……この世界の人たちは!?」
ゼインは静かに目を伏せた。
「——それでも、このまま"偽りの世界"を続けるよりはいい」
孝太は歯を食いしばった。
(……ゼインは、本気で"世界を救おう"としている。でも、それは"破壊"と引き換えに……!)
そのとき——
[外部からのアクセス要求]
「……え?」
孝太の目の前に、見慣れた名前が表示された。
[アクセス許可:アイリス]
execute("override", "admin_access", "grant_Kota")
次の瞬間、孝太の手元に光が戻った。
(アイリス……!)
ゼインが驚いた顔をする。
「……何!?」
孝太はすぐさまコードを入力した。
execute("cancel", "rebuild", "world")
[エラー]
[書き換えプロセス、進行中]
(くそっ、間に合わないのか……!?)
すると、アイリスの声が聞こえた。
「孝太、まだよ! "世界を書き換える"なら、"新しいコード"を上書きすればいい!」
孝太はアイリスの言葉にハッとした。
(……そうだ! "リセット"を阻止できないなら——"上書き"する!)
孝太はすぐにコードを書き換えた。
execute("modify", "world", "preserve_existing_structure")
ゼインのコードの上に、新しい命令が追加された。
[上書き成功]
[世界の再構築、既存データを維持したまま実行]
ゼインの表情が驚きに変わる。
「……お前……!」
孝太はゼインを真っ直ぐに見つめた。
「ゼイン、お前の言うことも分かる。でも、この世界を完全に壊す必要なんてない。"修正"すればいいんだ!」
ゼインは苦しそうに拳を握った。
「……お前には、"この世界がどれだけ歪んでいるか"分からないんだ……!」
「だったら、それを直せばいい! 俺たちは"コードマスター"だろ!? "壊す"ことだけが、正しいとは限らない!」
ゼインはしばらく沈黙した。
そして——
「……本当に、お前は"外の世界の人間"なんだな」
ゼインはそう言うと、ふっと力を抜いた。
[システム管理者権限、解除]
孝太の《デバッグモード》に、新たな通知が表示された。
[再構築完了]
[世界は維持されました]
——この世界は、消滅せずに済んだ。
「ゼイン、一緒にこの世界を正していこう」
孝太が手を差し伸べるが、ゼインは首を横に振る。
「……まだ早い。お前も、この世界の真実を全て知ったわけじゃない」
ゼインの体が徐々に透明になっていく。
「また会おう、"コードマスター"」
そう言い残し、ゼインの姿は完全に消えた。
そして、孝太の意識も元の世界へと戻っていった。
数日後。
孝太はバルドールの街を見下ろしていた。
消えかけていた街は、修復されつつあった。
「……あなたのおかげね、孝太」
アイリスの声がデバッグウィンドウから聞こえた。
孝太は苦笑した。
「いや、アイリスがいなかったら、俺は何もできなかったよ」
デバッグウィンドウには、少し弱々しいアイリスのメッセージが表示される。
「ゼインは……どうするの?」
孝太は遠くを見つめた。
「……あいつは、まだこの世界にいる。……でも、きっとまた会うことになると思う」
ゼインの目的は達成されなかった。
しかし、彼の"世界を正そうとする意志"は、消えていないはずだ。
孝太は拳を握る。
(……この世界を、本当に"正しい形"にするために——)
「コードマスターとして、やれることをやるさ」
アイリスの文字が明るく点滅した。
そして、空には新たな朝日が昇っていた。
——孝太の旅は、まだ始まったばかりだった。