第16話 消えた街とエラーの痕跡
ギルドマスターの部屋で、孝太は重要な話を聞いていた。デバッグウィンドウも開かれ、アイリスも会話に参加していた。
「"七つの核"——それがこの世界の基盤だ」
ギルドマスターは古い地図を広げ、七つの場所を指し示した。
「"均衡"、"変化"、"創造"、"成長"、"衰退"、"再生"、そして"記憶"。これらの核が世界のバランスを保っている」
アイリスのメッセージがデバッグウィンドウに表示される。
「私の記憶に……あります。核の管理者たちが、この世界を守っていた」
ギルドマスターは頷く。
「そうだ。しかし、3000年前の大異変で、多くの管理者が消え、核が不安定になった。そして最近、核を狙う組織が現れた——"創造院"だ」
「創造院……」
孝太はその名を反芻する。
「間違いない。ゼインもその一員だろう」
「でも、なぜ核を狙うのですか?」
孝太が尋ねる。
ギルドマスターは重々しく答えた。
「核を制御できれば、世界そのものを書き換えられる。彼らは"完璧な世界"を作ろうとしているらしい」
孝太は思い出した。
「ゼインは言っていました。"この世界は作り物だ"と」
ギルドマスターは深くため息をついた。
「半分は正しい。この世界は何度か"書き換えられた"。しかし、それは単なる作り物というわけではない」
「では、私たちは何をすべきなのですか?」アイリスのメッセージが点滅する。
「残された核を守ること。そして、創造院の目的を阻止すること——」
そのとき、突然建物全体が揺れた。
「なっ……!?」
ギルドマスターが窓の外を見て、顔を歪める。
「来たか……!」
孝太も外を見た。
遠くの街区が、まるで霧に包まれるように消えかかっていた。
「《デバッグモード》!」
孝太が急いでスキルを発動すると、デバッグウィンドウが大きく開き、アイリスも詳細な分析を始める。
[エラーコード:Σ-003]
[影響:オブジェクトの不整合、NPCの異常行動]
「これは……"消失"のエラーよ!」
アイリスのメッセージが警告する。
孝太は急いで外に飛び出した。
街の東区が、まるで砂が流れるように崩れ始めていた。
周りの冒険者たちが混乱の中で市民を避難させようとしている。
孝太は消失の中心部へと向かった。デバッグウィンドウは彼の前に浮かび、アイリスからの指示が次々と表示される。
「アイリス、これを直せるか?」
「試してみる!」
デバッグウィンドウに新たなコードが自動的に入力される。
patch("environment", "stability", 1.5)
[エラー]
[パッチ適用失敗:権限不足]
「くっ……! 私たちのアクセス権では足りないわ!」
消失は徐々に広がっていく。
人々の悲鳴が聞こえ、混乱が街全体に広がり始めていた。
「何か他の方法を!」
孝太が必死で考えていると、デバッグウィンドウが急に明るく光った。
「"核"に直接アクセスすれば……!」
アイリスのメッセージに導かれ、孝太は「均衡の核」があるギルドの地下へと急いだ。
地下深くに降りると、そこには巨大な水晶のような物体があった。
青白い光を放つそれは、世界の基盤——「均衡の核」だった。
「これが……」
孝太が見とれている間に、デバッグウィンドウが核に近づき、コードが自動的に入力される。
「"権限の移譲"をお願いします。この危機を救うために」
核が強く輝き、デバッグウィンドウが青白い光に包まれる。
[システム権限、一時的に付与]
[アクセスレベル:4]
アイリスのメッセージが明確になり、デバッグウィンドウの機能が拡張された。
「あなたのコマンドで!」
孝太はデバッグウィンドウに向かって、大きく明確な声で命令を下した。
execute("stabilize", "city_east", "force")
[実行中……]
東区の崩壊が止まった。しかし、すでに消失した部分は戻らない。
「これ以上の崩壊は防げたけど……」
デバッグウィンドウの輝きが弱まり、アイリスのメッセージも少し暗くなる。
「無理するな、アイリス」
そのとき、核が再び光り、新たなメッセージが現れた。
[警告:異常データを検出]
[影響範囲:都市エリアβ]
「都市エリアβ? どこだ?」
アイリスは弱々しく説明する。
「北東の都市……核の一つ、"記憶の核"があるはず……」
デバッグウィンドウには詳細が表示されていた。
[エラーコード:Σ-003]
[影響:オブジェクトの不整合、NPCの異常行動]
孝太は歯を食いしばる。
「また同じエラーコードだ……誰かが意図的にこれをやっているんだな」
アイリスは同意する。
「創造院が……核へのアクセス権を求めて、世界を不安定にしているのかもしれない」
孝太が地上に戻ると、ギルドマスターが待っていた。
「東区の状況は?」
「これ以上の崩壊は止めましたが、すでに消失した部分は……」
ギルドマスターは重々しくうなずいた。
「市民の避難は進んでいる。しかし、問題はここだけではないようだな」
孝太は状況を説明した。
「北東に、次の異常が発生するらしい。"都市エリアβ"という場所です」
ギルドマスターは顔色を変えた。
「都市エリアβ……あそこには重要な遺跡がある。古代のデータが眠る場所だ」
「行くべきでしょうか?」
「ああ。おそらく創造院が"記憶の核"を狙っている。行け、コードマスター」
孝太はデバッグウィンドウを見た。アイリスのメッセージはまだ弱々しい。
「行けるか?」
「ええ。休憩しながらだけど……大丈夫」
準備を整え、孝太は都市エリアβへと向かった。
道中、アイリスは《デバッグモード》の機能を孝太に詳しく教えていた。デバッグウィンドウには様々な機能の説明が表示される。
「あなたが使っていたのは基本機能だけ。実は、もっと深いレベルのコードにアクセスできるの」
彼女の指示で、孝太は新たなコマンドを試す。
view("system_structure")
[システム構造表示]
[七つの核を中心とした階層構造を表示]
孝太は驚いた。
「まるで……コンピュータのOSのような構造だ」
「ええ。この世界は……プログラムとリアルの境界にあるのかもしれないわ」
途中、孝太は異常な光景に遭遇した。
道の途中で突然切れ、その先には虚無が広がっている場所があった。
「これが……エラーの影響?」
「ええ。世界の一部が"アンロード"されているのよ」
デバッグウィンドウを操作し、孝太はアイリスの指示通りにコードを入力した。
patch("path", "visibility", true)
すると、虚無の中に細い光の橋が現れた。
「見えないけど、データとしては存在しているのよ」
孝太は慎重に橋を渡り、進んでいった。
やがて、都市エリアβに到着した。
しかし——そこには街の姿はなかった。
「……何だ、これ……?」
孝太は絶句した。
通常ならビルが立ち並び、人々が行き交うはずの都市が、まるで"切り取られた"ように消えていた。
辺り一面には虚無が広がり、地面さえも途切れている。
まるで、ゲームのマップの一部がロードされていないようだった。
[エリアデータが見つかりません]
[エラーコード:Σ-003、深刻度 上昇]
デバッグウィンドウにアイリスの反応が表示される。
「……思った以上にひどいわね。都市そのものが"欠損"してる」
孝太は慎重に《デバッグモード》を起動し、周囲をスキャンする。
すると、ある異常なコードが浮かび上がった。
execute("delete", "city_beta", "object_all")
孝太の心臓が跳ね上がる。
「アイリス、これを見てくれ!」
「……これは、単なるバグじゃない。誰かがこの世界を操作している」
「まさか、ゼイン……?」
孝太がゼインの名前を口にしたそのとき——
突然、虚無の空間から"何か"が現れた。
黒い靄に包まれた存在が、孝太の前に姿を現した。
それはまるで"影の集合体"のようだった。
人型をしているが、輪郭は曖昧で、時折ノイズのように形が崩れる。
そして、その存在は無言のまま、孝太に向かって手を伸ばした。
[未知の存在を検出]
[名称不明。仮称:《エレイザー》]
アイリスが警告する。
「孝太、気をつけて! これは……"この世界を消す存在"よ!」