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第104話 迫りくる崩壊

実験の日が近づくにつれ、古代アルカディアの空気が変わっていった。

七色の光が不規則にまたたき、時折強い振動が街全体を揺るがすようになった。


「これは…核の不安定化の兆候か」

ゼノスが深刻な表情で空を見上げる。

「エリオットの実験の影響が、予想より早く出始めているようだ」


孝太たちはゼノスの研究室に集まり、状況を分析していた。

「これほど急速に変化するとは」

アイリスが心配そうに言う。

「核のバランスが崩れ始めている」


「実験はまだ三日後なのに…」

リーシャが窓の外を見る。

中央広場では人々が不安そうに空を見上げていた。


「エリオットは前倒しで準備を進めているのかもしれない」

コウが推測する。


「確認しに行かなければ」

孝太が立ち上がる。


その時、扉が勢いよく開き、マイラが息を切らして入ってきた。

「大変です!」

彼女の表情には恐怖が浮かんでいる。

「エリオットが実験を今日行うと…彼からの緊急連絡がありました」


「何だって!?」

全員が驚きの声を上げる。


「昨夜、『完璧なる調和装置』に異常な反応があったそうです」

マイラが説明する。

「それを調査するため、予定を前倒しして今日、実験を行うと」


「これは想定外だ」

ゼノスが眉をひそめる。

「準備ができていない状態での実験は危険すぎる」


「どうするの?」

リーシャが尋ねる。


「計画を修正しなければならない」

孝太が決意を固める。

「今すぐ研究所へ向かいましょう」


一行は急いで研究所へと向かった。

街の状況はさらに悪化していた。

建物のいくつかは歪み始め、道路には亀裂が走っている。

空には不気味な渦が形成され始めていた。


「これは…」

アイリスが恐怖に目を見開く。

「"大収斂"の初期症状よ!」


「こんなに早く?」

コウが驚く。


「エリオットの装置が、核のバランスを既に崩し始めているのでしょう」

マイラが説明する。

「彼はこれを装置のパワーと捉え、更なる実験への自信を深めているはずです」


彼らが北区画に近づくと、状況はさらに深刻だった。

空間そのものが歪み、一部の建物は半透明になったり、不自然に伸縮したりしていた。


「現実の法則が乱れている」

ゼノスが警告する。

「核の力が制御を失い始めている」


研究所の前に到着すると、黒い制服の警備員たちが混乱していた。

彼らは躊躇なく一行を中に通した。

「エリオット様がお待ちです…状況は緊迫しています」


内部はさらに混沌としていた。

廊下は不規則に曲がり、壁は時折実体を失って透明になる。

科学者たちが慌ただしく行き来し、測定機器を持って走り回っていた。


「中央ホールへ!」

マイラが先導する。


中央ホールに到着すると、そこには信じがたい光景が広がっていた。

「黒鉄の箱」は台座から浮かび上がり、激しく脈動していた。

箱の周りには黒と七色が混ざり合った光のオーラが渦巻き、空間を歪めている。


そしてエリオットが、その光の渦の中心に立っていた。


「エリオット!」

マイラが叫ぶ。


「マイラ…そして訪問者たち」

エリオットの声が響く。

しかし、それは彼自身の声というより、何か別のものが混ざったような不気味な響きだった。


「装置を止めるんだ!」

ゼノスが命じる。

「このままでは古代アルカディア全体が崩壊する!」


「崩壊?」

エリオットが不気味に笑う。

「これは崩壊ではない。再構築だ。完璧な世界への第一歩だ」


「あなた…何かに取り憑かれている」

アイリスが恐れを抱きながら言う。

「その声は…」


「《エレイザー》だ」

孝太が恐怖を覚える。

「装置を通じて彼に影響を与えている」


「エリオット、目を覚まして!」

マイラが前に出る。

「これはあなたの研究の本質ではない!」


「黙れ!」

エリオットが手を振ると、マイラは目に見えない力で押し戻された。

「君は常に私の邪魔をした。完璧さへの道を理解しようとしなかった」


「私は理解していたわ」

マイラが立ち上がりながら言う。

「あなたの痛みも、願いも。でも、この方法では愛する人たちは戻らない」


「戻る…」

一瞬、エリオットの表情が和らぐ。

「エレナ…ソフィア…」


「彼の意識がまだ残っている」

コウが小声で言う。

「愛する人々の記憶が、《エレイザー》の影響に抵抗しているんだ」


「その隙に」

孝太がデバッグモードを起動する。


```

Core_Stabilization_Protocol(

target: "Black_Iron_Box",

mode: "Harmony_Override",

intensity: "Maximum"

);

```


青い光が箱に向かって伸びるが、黒いオーラに阻まれて届かない。


「直接的なアプローチは効かないようだ」

孝太が歯噛みする。


「エリオット、聞いて」

マイラがもう一度試みる。

「あなたが本当に求めているのは完璧ではなく、失ったものを取り戻したいという思い。それは理解できるわ」


「私も同じ思いを抱いた」

コウが前に出る。

「大切なものを失い、世界を憎んだ。でも、それは解決にならない」


エリオットの目に一瞬、迷いが生じる。

「どうすれば…彼女たちを…」


「マイラ、『調和の種』を!」

アイリスが叫ぶ。


マイラは震える手で小さな七色の球体を取り出した。

「これがあなたに必要なもの。完璧な制御ではなく、調和だわ」


彼女は球体をエリオットに向かって投げた。

球体は黒いオーラを通り抜け、エリオットの胸元に吸収されていく。


「何だ…これは…」

エリオットが苦しそうに体をよじる。


「今だ!」

孝太が再びデバッグモードを使う。


```

Connect_Emotional_Memory(

target: "Elliot_Shin",

focus: "Family_Love",

channel: "Harmony_Seed"

);

```


青い光がエリオットに届き、彼の周りのオーラが変化し始める。

黒から七色へと少しずつ変わっていく。


「装置を制御室から止めなければ」

ゼノスが言う。

「エリオットへの影響を断ち切れば、箱の力も弱まるはず」


「私が行きます」

リーシャが申し出る。


「私も」

コウが続く。


「気をつけて」

孝太が二人を見送る。

「私たちはここでエリオットを引き留める」


リーシャとコウは制御室へと走り去った。

残りの者たちはエリオットに集中し続ける。


「エリオット」

マイラが優しく呼びかける。

「あなたの家族を思い出して。彼女たちはあなたに何を望んでいるでしょう?」


「彼女たち…」

エリオットの目から涙が溢れ始める。

「彼女たちは…幸せを望んでいた。ただそれだけを…」


「完璧な世界ではなく」

アイリスが続ける。

「調和のとれた世界を。それこそが本当の幸せへの道」


エリオットの周りのオーラがさらに変化し、黒い部分が減少していく。

しかし、「黒鉄の箱」はまだ強く脈動し、空間の歪みは増していた。


「制御室での作業が間に合うか…」

ゼノスが不安そうに言う。


その時、建物全体が激しく揺れ、天井の一部が崩れ落ちた。


「崩壊が始まっている!」

マイラが叫ぶ。


「古代アルカディア全体が危険だ」

ゼノスの表情が暗くなる。

「このままでは街全体が時空の歪みに飲み込まれる」


孝太はエリオットに近づこうとしたが、まだ強い力場に阻まれる。

「エリオット、あなたの研究は人々を救うためだったはず。このままでは皆が犠牲になる!」


「救う…」

エリオットがつぶやく。

「私は…救いたかった…」


突然、箱から強い光が放たれ、部屋中を照らした。

光が収まると、箱の中から二つの幻影が浮かび上がっていた。

若い女性と小さな女の子—エリオットの妻と娘の姿だった。


「エレナ…ソフィア…」

エリオットの声が震える。


「これは…装置が彼の記憶から作り出した幻影?」

アイリスが驚く。


幻影の女性が口を開いた。

「エリオット、もう十分です」

その声は優しく、しかし悲しみを含んでいた。

「私たちのためにこれ以上苦しまないで」


「パパ、みんなを助けて」

小さな女の子の幻影が懇願する。


「どうして…」

エリオットの顔を涙が伝う。

「どうして君たちを救えなかったんだ…」


「誰にも全てを制御することはできないのよ」

女性の幻影が答える。

「それが生命の本質。私たちの時間は短かったけれど、幸せだった」


「完璧を求めるあまり、あなたは本当に大切なものを見失っています」

女の子の幻影が付け加える。

「愛と思いやりを忘れないで」


エリオットは膝をつき、顔を両手で覆った。

「私は…何をしていたんだ…」


その瞬間、制御室から警報が鳴り響いた。

「エネルギー暴走!」

レイヴンの声が館内放送で響く。

「全員避難してください!装置を止められません!」


「間に合わない…」

ゼノスが絶望的な表情を見せる。


「まだだ!」

孝太が前に出る。

「エリオット、あなただけが装置を止められる!」


エリオットはゆっくりと立ち上がり、箱に向かって歩み始めた。

「私の過ちだ…私が修正しなければ」


「危険です!」

マイラが叫ぶ。


「もう誰も犠牲にはしない」

エリオットの目に決意の色が宿る。

「これが…私の贖罪だ」


彼が箱に手を触れると、強い光が放たれた。

エリオットの体が七色に輝き始め、箱のエネルギーが彼に流れ込んでいく。


「彼は…装置のエネルギーを自分に引き受けている」

アイリスが理解する。


「自己犠牲…」

ゼノスがつぶやく。


エリオットは痛みに顔を歪めながらも、箱を強く掴み続けた。

「マイラ…皆…この装置を破壊してくれ」

彼が苦しそうに言う。

「私の研究を…完全に…」


その時、制御室からリーシャとコウが走ってきた。

「エリオットが…?」

リーシャが息を切らして言う。


「彼は装置のエネルギーを自分の体に取り込んでいる」

コウが状況を理解する。

「そうすれば爆発は起きないが、彼自身が…」


「別の方法があるはずです!」

マイラが泣きながら叫ぶ。


「ない…」

エリオットが微笑む。

「これが…調和だ。私が学んだ…最後の教訓だ」


彼の体がさらに明るく輝き、やがて光そのものになっていく。

「さようなら…そして…ありがとう…」


強い閃光が走り、全員が目を覆った。

光が収まると、エリオットの姿も、箱も消えていた。

代わりに、床には七つの小さな結晶体が円を描くように並んでいた。


「七つの核…」

アイリスが驚きの声を上げる。

「彼は"黒鉄の箱"を元の七つの核に戻したの」


マイラが震える手で一つの結晶を拾い上げた。

「エリオット…」


建物の揺れは止み、空間の歪みも徐々に正常化していった。

窓の外を見ると、空の渦も消え始めていた。


「彼は街を救った」

ゼノスが厳粛な声で言う。

「そして、おそらく未来も」


「これが…歴史の修正なのか」

コウが静かに言う。


「いや」

孝太が首を振る。

「これが本来の歴史だったのかもしれない。私たちはただ、それが実現するのを手伝っただけだ」


マイラは七つの結晶を丁寧に集め、小さな箱に納めた。

「彼の遺志を継ぎます」

彼女が決意を込めて言う。

「しかし、"完璧"ではなく"調和"の道を」


研究所から出ると、街の人々が空を見上げて安堵の表情を見せていた。

危機は去り、古代アルカディアは救われたのだ。


「これからどうなるんだろう」

リーシャが心配そうに言う。

「歴史が変わったことで、私たちの時代も変わるのでは?」


「変わるだろうね」

アイリスが静かに答える。

「でも、根本的に違う世界になるとは思わない。エリオットの思想は、形を変えて続いていくだろうから」


「創造院は生まれるのか?」

コウが疑問を投げかける。


「おそらくね」

孝太が考え込みながら答える。

「でも、今日のエリオットの最後の選択が、創造院の中にも何らかの形で受け継がれるかもしれない」


「そして、その選択が未来での対立の結末を変えるかもしれない」

アイリスが希望を込めて言う。


彼らがゼノスの邸宅に戻ると、レイヴンが重要なニュースを伝えてきた。

「研究所の崩壊で、時空に亀裂が生じました」

彼が息を切らして言う。

「一時的な"時間の窓"が開いています」


「私たちが戻れる?」

リーシャが希望を込めて尋ねる。


「ええ、でもすぐに行動しなければ」

レイヴンが急かす。

「窓は長くは持ちません」


彼らは急いで準備を始めた。

マイラは七つの結晶をゼノスに託した。

「これを研究し、正しく使ってください」


「約束しよう」

ゼノスが頷く。

「そして、君の"調和"の研究も支援する」


出発の準備が整い、一行は研究所の跡地へと向かった。

そこには確かに、空中に浮かぶ光の窓が見えた。

窓の向こうには、かすかにバルドールの姿が見える。


「私たちの時代だ!」

孝太が安堵する。


「フィンもいるかもしれない」

リーシャが期待を込めて言う。


マイラが見送りに来ていた。

「さようなら、不思議な訪問者たち」

彼女が微笑む。

「あなたたちのおかげで、エリオットの本当の願いが理解できました」


「あなたのおかげです」

アイリスがマイラの手を取る。

「"調和の種"が、全てを変えたのですから」


「この経験を忘れません」

孝太が深々と頭を下げる。


「さあ、行くぞ」

コウが光の窓に向かって手を伸ばす。

「私たちの時代へ」


四人は最後にゼノス、レイヴン、マイラに別れを告げ、そして光の窓に飛び込んだ。

再び強い光に包まれ、時間の流れの中を旅する感覚。


しかし今回は、四人はしっかりと手を繋ぎ、離れ離れにならないよう注意していた。

バルドールへ、そして、行方不明のフィンのもとへ。


古代アルカディアでの出来事が、彼らの未来にどのような影響を与えるのか。

それはまだ分からない。

ただ、一つだけ確かなことがあった。

"完璧"と"調和"の戦いは終わったのではなく、新たな局面を迎えたということ。


そして、その戦いの結末を決めるのは、彼ら自身の選択だということ。

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