第102話 メイの先祖
古代アルカディアの中央広場は、朝の光を浴びて輝いていた。
孝太、アイリス、リーシャ、コウ、そしてフィンは、ゼノスとレイヴンに案内され、新たな場所を訪れようとしていた。
「今日は特別な場所へ案内したい」
ゼノスが穏やかな声で言う。
「核の研究における重要な施設だ」
「どんな場所ですか?」
孝太が興味を示す。
「"創造の庭"と呼ばれる研究施設だ」
ゼノスが答える。
「核の実用化に関する最先端の研究が行われている」
一行は広場を抜け、東区画へと向かった。
東区画は学術地区として知られ、多くの研究施設が集まっていた。
「この世界の科学は素晴らしいね」
フィンが周囲の建物を見上げながら感嘆する。
「浮かんでる建物とか、七色の光とか」
「古代文明の最盛期だからね」
リーシャが微笑む。
「私たちの時代では伝説になっている技術がここにはある」
彼らが大きな円形の建物の前に到着すると、入口で若い女性研究者が出迎えた。
「お待ちしておりました、ゼノス様」
彼女が敬意を込めて頭を下げる。
「皆を案内してほしい、マイラ」
ゼノスが言う。
「特に"虹の部屋"をね」
「承知しました」
マイラと呼ばれた女性が一行に向き直る。
「こちらへどうぞ」
彼女に続いて中に入ると、そこは想像を超える光景だった。
建物の内部は外観よりもはるかに広く、天井が高い。
中央には巨大な七色の球体が浮かんでおり、研究者たちがその周りで作業していた。
「これが"創造の源"です」
マイラが説明する。
「七つの核から集められたエネルギーの研究施設です」
「すごい…」
フィンが目を輝かせる。
「どうやって浮いてるの?」
「"変化"と"均衡"の核の力のバランスによるものです」
マイラが微笑みながら答える。
「エネルギーの流れを制御することで、重力に逆らうことができるんです」
マイラは一行を案内しながら、様々な研究について説明していった。
医療技術への応用、環境制御システム、エネルギー生成など、核の力を活用した多様な分野の研究が行われていた。
「こちらが"虹の部屋"です」
マイラが特別な扉の前で立ち止まる。
扉が開くと、そこは完全に七色の光に包まれた空間だった。
部屋の中央には操作パネルがあり、その周りに七つの小さな台座が円を描くように配置されていた。
「ここは何をする場所なの?」
アイリスが興味深そうに尋ねる。
「核の共鳴実験を行う場所です」
マイラが答える。
「七つの核の力をどのように組み合わせれば最も効率的かを研究しています」
孝太はマイラの顔をじっと見つめていた。
どこか見覚えのある顔立ち、話し方…
「何か?」
マイラが気づいて尋ねる。
「いえ、すみません」
孝太が慌てて視線をそらす。
「どこかで会ったことがあるような気がして…」
「それは不可能です」
マイラが笑う().
「私はこの時代の人間ですから」
しかし、孝太の直感は強まるばかりだった。
彼女の笑顔、動作の一つ一つが、どこか既視感を覚えさせる。
「マイラ、彼らに君の研究を説明してあげなさい」
ゼノスが促す。
「はい」
マイラが操作パネルに向かう。
「私は"核の調和"を研究しています。七つの力をバランスよく組み合わせることで、より安定した効果を生み出す研究です」
パネルを操作すると、部屋の天井に映像が現れた。
七色の光の流れが複雑なパターンを描き、やがて美しい調和を形作る。
「これが理想的な核の調和状態です」
マイラが誇らしげに説明する。
「どれかの力が強すぎても弱すぎても、全体のバランスが崩れます」
「"調和"の研究…」
アイリスがつぶやく。
「そう、調和こそが私の研究の核心なんです」
マイラの目が輝く。
「完璧に制御するのではなく、自然な調和を見出すこと」
その言葉を聞いた瞬間、孝太の中で何かが繋がった。
「《カオスマーケット》!」
思わず声に出してしまう。
全員が驚いて孝太を見る。
「何のことだ?」
レイヴンが不思議そうに尋ねる。
「すみません」
孝太が言い訳を考える。
「マイラさんの理論が、私の知っている…ある商人の哲学と似ていると思って」
「商人?」
マイラが興味を示す。
「はい、メイという名前の…」
孝太が言いかけて、時代的に説明が難しいことに気づく。
「興味深いですね」
マイラが微笑む。
「実は、私のフルネームはマイラ・カオティカといいます」
「カオティカ!?」
今度はアイリスも驚きの声を上げる。
「どうしました?」
マイラが不思議そうに尋ねる。
「いえ…」
アイリスも言葉を選びながら話す。
「私たちの知っている人と、名字が似ていて」
マイラは首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
彼女は説明を続け、研究の詳細を見せていった。
ゼノスが孝太とアイリスに近づき、小声で言った。
「後で話があります。彼女のことについて」
一行は"虹の部屋"を出て、施設の他の部分を見学した。
しかし、孝太とアイリスの心は、マイラ・カオティカという名前に釘付けになっていた。
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見学を終えた後、ゼノスは一行を自分の研究室に招いた。
「あなたたちの反応に気づきましたよ」
扉を閉めた後、彼が切り出した。
「マイラ・カオティカという名前に」
「彼女は...」
孝太が躊躇いながら言う。
「私たちの時代のメイという人物と、あまりにも似ているんです」
「メイ?」
ゼノスが興味を示す。
「《カオスマーケット》の店主で、青紫色の髪を持つ風変わりな商人です」
アイリスが説明する。
「彼女は"コードの香り"が分かるという特殊な能力を持っていました」
「そして、彼女は私たちを助けてくれた」
コウが補足する。
「最終的には自己犠牲的な行動で、核の安定化に貢献したんです」
「なるほど」
ゼノスが考え込む。
「運命の糸が絡み合っているようですね」
「マイラさんとメイさんは関係があるのでしょうか?」
フィンが素朴な疑問を投げかける。
「時間を超えた繋がりは、時に私たちの理解を超えます」
ゼノスが哲学的に答える。
「しかし、マイラには話しておきたいことがあります」
「何をですか?」
リーシャが尋ねる。
「彼女の未来について」
ゼノスの表情が深刻になる。
「マイラの研究は素晴らしいものですが、危険も伴います。"調和"と"完璧"の間で、研究者たちの対立が深まっています」
「エリオット・シンとの対立ですね」
孝太が理解を示す。
「そうです」
ゼノスが頷く。
「彼女の未来が、あなたたちの知るメイに繋がるのであれば、彼女は何らかの形で時間を超えることになる」
「それはどういうことですか?」
フィンが混乱した様子で尋ねる。
「"大収斂"の際に、一部の人々は時間の流れから外れることがあります」
レイヴンが説明する。
「別の時代に飛ばされたり、時間の狭間に囚われたりすることが」
「メイさんが実はマイラさんだった…?」
フィンが目を見開く。
「可能性はありますね」
アイリスが静かに言う。
「あの風変わりな商人の知識の深さ、核についての理解…すべてが繋がります」
「だとすれば、彼女に会っておくべきですね」
孝太が決意する。
「未来のことを直接伝えるわけにはいかないけれど、少なくともヒントを与えることはできるかもしれない」
「賛成だ」
コウが頷く。
「今夜、彼女を私の家に招きます」
ゼノスが言う。
「そこであなたたちと会わせましょう」
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その夜、一行はゼノスの邸宅に集まった。
邸宅は丘の上にあり、アルカディアの夜景が一望できる場所だった。
「彼女がもうすぐ到着します」
ゼノスがワインを注ぎながら言う。
「どうかご自身の時代について、詳細を話さないでください。未来を知ることは危険です」
全員が頷いたその時、扉をノックする音がした。
マイラが入ってくる。彼女は研究着から普段着に着替えており、青紫色の髪が肩に流れていた。
「お招きありがとうございます、ゼノス様」
彼女が丁寧に挨拶する。
「こちらこそ来てくれて感謝する、マイラ」
ゼノスが応える。
「今日は特別な客人たちと、もう少しゆっくり話してほしくてね」
マイラは一行に目を向け、特に孝太とアイリスをじっと見つめた。
「あなたたちは本当に…普通の訪問者ではないですよね?」
「鋭いですね」
アイリスが微笑む。
「私たちは遠くから来たんです。とても遠くから」
「そう感じました」
マイラが静かに言う。
「あなたたちのオーラには、どこか…時間を超えた感覚があります」
彼女の直感に、全員が驚いた表情を見せる。
「私の勘は鋭いんです」
マイラが少し照れたように笑う。
「それに、核の研究をしていると、時間のゆらぎに敏感になるんですよ」
「マイラ」
ゼノスが真剣な表情で言う。
「彼らには特別な使命があって、君の力が必要なんだ」
「私の力?」
マイラが不思議そうに尋ねる。
「あなたの"調和"の研究です」
孝太が前に出る。
「私たちがこれから直面する問題に、その知恵が必要なんです」
「私の研究がそんなに重要だとは…」
マイラは驚きつつも、誇らしげな表情を見せた。
「"完璧"への執着と"調和"の間の選択が、世界の未来を決めることになる」
アイリスが静かに言う。
「あなたの研究は、その中心にあります」
マイラの表情が厳粛になる。
「エリオットの研究のことですね」
「彼の"完璧"への執着をご存じなんですか?」
リーシャが尋ねる。
「はい」
マイラが窓の外を見つめる。
「彼は私の元パートナーです。一緒に研究を始めたんですが、彼の思想が極端になっていき…」
「対立するようになったんですね」
コウが静かに言う。
「そうです」
マイラが悲しげに頷く。
「彼は悲劇を経験して以来、"完璧な世界"への執着が強くなった。制御と支配を通じて、すべての問題を解決しようとしています」
「でも、あなたは違う道を選んだ」
孝太が言う。
「はい」
マイラの目に決意の色が浮かぶ。
「私は"調和"を信じています。不完全さの中にこそ、生命と成長の本質があると」
「その思想は、とても重要なんです」
アイリスが真剣に言う。
「未来においても」
マイラは彼らをじっと見つめた。
「あなたたちは本当に未来から来たのですね」
一瞬の沈黙が流れた。
「直接は答えられないけど」
孝太が慎重に言葉を選ぶ。
「あなたの哲学は、時を超えて人々に影響を与えると信じています」
マイラは静かに考え込み、やがて決意したように立ち上がった。
「あなたたちに見せたいものがあります」
彼女はポケットから小さな七色の球体を取り出した。
「これは"調和の種"と呼んでいます」
彼女が説明する。
「七つの核の力を小さな範囲で調和させたものです」
「美しい…」
フィンが感嘆の声を上げる。
「これは…」
アイリスがマイラを見つめる。
「メイが持っていたものと同じだわ」
「メイ?」
マイラが不思議そうに尋ねる。
「あなたを思い出させる人よ」
アイリスが微笑む。
マイラはその言葉の意味を探るように一行を見つめた後、球体を孝太に手渡した。
「これを持っていってください。いつか、必要になるときが来るでしょう」
「本当にいいんですか?」
孝太が驚いて尋ねる。
「はい」
マイラが頷く。
「私にはこれが正しい選択だという直感があります。それに…」
彼女は少し照れたように笑った。
「これは試作品ですから。もっと良いものを作りますよ」
「ありがとうございます」
孝太が深々と頭を下げる。
「あなたたちの旅の助けになれば嬉しいです」
マイラが言う。
「そして、いつか…私の研究が実を結ぶことを願っています」
「必ず結実しますよ」
アイリスが確信を持って言う。
「あなたの思想は、時を超えて受け継がれます」
夜が更けていき、彼らは古代アルカディアの技術や文化について語り合った。
マイラは核の研究の詳細を説明し、一行はできる限りの質問をした。
話し終えた後、マイラは帰り支度を始めた。
「不思議な縁を感じます」
彼女が最後に言う。
「あなたたちと会えたことに、何か大きな意味があるような気がします」
「私たちにとっても大切な出会いです」
孝太が心から言う。
マイラが去った後、部屋に静けさが訪れた。
「彼女がメイなんだね…」
フィンが感慨深く言う。
「時間の不思議な巡り合わせだ」
レイヴンがつぶやく。
「彼女の"調和の種"が、未来での核の安定化に繋がっているんですね」
リーシャが理解を示す。
「そして、彼女の思想が"守り人"たちに受け継がれ、創造院の思想に対抗する力となる」
コウが付け加える。
「運命の糸は複雑に絡み合っている」
ゼノスが哲学的に言う。
「過去と未来、原因と結果…すべてが循環している」
孝太は手の中の"調和の種"を見つめていた。
この小さな球体が、未来でメイが持っていたものと同じなら、それはどういう意味なのか。
時間を超えた同じ物体なのか、それとも彼女が何度も作り続けたものなのか。
「明日は何を予定していますか?」
アイリスがゼノスに尋ねる。
「エリオット・シンの研究所を訪れる予定です」
ゼノスが答える。
「彼の"完璧"への執着がどこから来たのか、その源流を見ることも重要でしょう」
「"完璧"と"調和"の対立の始まりを見る」
孝太が頷く。
「それが創造院の起源をさらに深く理解することに繋がる」
一行はそれぞれの部屋に戻り、休息を取ることにした。
明日は新たな発見の日になるだろう。
孝太は窓辺に立ち、古代アルカディアの夜景を眺めながら、"調和の種"を光に透かして見た。
七色の光が美しく輝き、まるでメイの笑顔を思い出させるようだった。
「メイさん…いや、マイラさん」
孝太が静かにつぶやく。
「あなたの思想を、きっと未来に繋げます」
彼は"調和の種"をポケットにしまい、明日の訪問に思いを馳せた。
エリオット・シンとの対面—創造院の思想の源流を見る機会。
それが彼らの使命の重要な一部となるだろう。