閑話7 籠居(ろうきょ)の姫/(後編)
「……あなたは、だれ?」
私の問いかけに、黒髪の大人しそうな少年はおずおずと一歩下がる。怖がらせてしまったのだろうか。
「待って!」
慌てて声をかけると、少年は不安そうな表情のまま足を止めた。
この城の者たちなら、全て把握している。彼のことは見たことがない。私の部下ではない。
「あ、あのっ…… すみません。師匠と一緒に来たんですが、広くて迷ってしまいまして、決してお邪魔をするつもりでは……」
懸命に言い訳をする少年は、年頃は自分と同じくらいだろうか。
私は今まで同じ年頃の子供と遊ぶどころか、話したこともない。俄然興味が沸いた。
「もし良かったら、ここで少しお茶をしていかない?」
「ええっ!? 僕なんかが? そんな……
「町の話を聞かせてほしいのです。あの…… えっと、将来の為に、町のことも知っておいた方がいいので……」
嘘をついた。
でもそう言わなければ、この少年はここから離れていってしまうだろう。
「ぼ、僕は……生まれも育ちも下町で…… あの、行儀作法とか、全く知らなくて……」
「いいのよ。ここには煩く言う人はいないもの」
そう言って、控えているメイドの一人を呼びつける。
「ねえ、彼のお連れさんに、彼がここに居るって事を伝えてきてもらえない?」
礼をしてメイドが城に入っていったのを見送って、もう一度彼の方を見た。
「これなら、安心でしょう? 必要があれば、誰かが呼びにくるから、それまでだけでも。お願い」
「あ…… はい、わかりました」
無理を言い過ぎただろうか。彼の不安そうな態度にちょっと心配になった。
「嫌だったら、ごめんなさい……」
「いいえ!!! 嫌だなんて、そんなことないです!! ただ、こういうのに慣れていなくて……」
彼は首をぶんぶんと振りながらそう言った。でも自分のような身分の者に乞われて、おそらく平民の彼が断ることはできないだろう。
それでも、メイドが引いた椅子に彼が座ってくれたことで、心の中でホッと胸を撫で下ろした。
* * *
「ふわあ、すごく美味しいですねぇ!」
私と同じケーキを食べて、目をキラキラとさせてそう言う彼を見て、私も嬉しい気持ちになる。自分もひと切れ口に運ぶ。さっき食べていたケーキと同じものなのに、さっきよりも美味しい気がする。
彼は最近城に来た新しい調合師の弟子なのだそうだ。
私が質問攻めにしても、彼は嫌な顔もせずに色々なことを話してくれる。少し言葉を選びながら、たまに申し訳なさそうにしながら。
「ええええ! 姫様だったんですか!! すみません。知らずに失礼な事を……」
私のことを少し話すと、そう言って深々と頭を下げた。失礼な事なんて何もされていないのに……
「お願いだから、そんな風に頭を下げないで。私、こうして話をしているのが本当に楽しくて……」
どう言えば、彼に伝わるんだろう。助けを求めて、隣に立つメイドの顔をみる。
「畏まる気持ちはわかりますが、姫様は本当に楽しまれておられましたから、そのような態度をとられてしまうと、姫様が悲しまれてしまいます」
「ええ…… す、すみません。そんなつもりじゃあ…… えっと、僕はどうすれば……」
そう言いながらも、またぺこりと頭を下げる。
「また城に来る機会があったら、お話し相手になってくれませんか? あの…… また町の話をききたいです。べ、勉強の為に……」
「あ……わ、わかりました。僕なんかでよかったら……」
でも、きっともう来てはくれないだろう。彼を怯えさせてしまった。自分の話をしなければよかった。
ところが10日の後に、調合師の助手として城にやってきた彼は、また私のもとへやってきた。
「来て、くれたんですか?」
「はい、約束しましたし。それから……」
彼は手に持っていた紙の袋に視線を落としてから、私の隣にいるメイドの方を見た。
「これ、姫様にお土産にと思って持って来たんですけど、お渡ししても大丈夫でしょうか?」
言葉をかけられたメイドは、少しだけ目を細めて答える。
「中身を確認させていただいてよろしいでしょうか」
「はい」
彼は応えて、その紙袋をメイドに渡した。
メイドは少し離れた場所にあるテーブルにその紙袋をもっていき、口を開く。
「……あら、これは」
メイドの口から店の名前が告げられる。私は知らなかったのだけれど、彼女が言うには菓子の有名店らしい。
「はい、美味しいって町で評判だったので、どうかなと思って」
「でもこれ、並ばないと買えないのでは?」
「はい、今朝並んで買ってきました」
メイドの言葉に、恥ずかしそうに頭を搔きながら答える。
彼は私の為に、そんなことまでしてくれたのか……
「あ、ありがとう」
そう告げると、驚いたように目を丸くさせる。
「い、いえ。お口に合えばいいんですが……」
そう言って、やっぱり遠慮がちに微笑んだ。
それから10日に一度ほどだが、彼は調合師と共に城にやってきては、私のところへも来てくれるようになった。
調合師の仕事は忙しいのだそうだ。
彼は師匠である調合師の助手をしながら、合間に自分の勉強をし、さらに野山で薬草などの材料の採集もしている。
本当は私の相手などする時間も惜しいほどだろうに。私のもとを訪れてくれるだけでなく、毎回私の気に入りそうな物を探して、町で求めてきてくれる。
きっと、私が「町のことを知りたい」と願ったからだろう。
でもそれだけでなかったら良いのにと、思ってしまう自分がいた。
* * *
彼の調合師の翁が亡くなったとの報が私のもとに届けられたのは、それからふた月ほど後のことだった。
お読みくださりありがとうございます♪
今回の話は、第八章の前に出した最初の方の閑話の続きとなっております。
本編の方は、もう折り返しているはず……
ラストを見据えた流れを考え始めております。
といいつつ、まだ次章かけておりませんが……
次回も閑話がはいります。
10月7日(土)昼前更新予定です。
どうぞよろしくお願いします~




