閑話3 アリアのおねだり(前編)
「ねー、ヴィーパパー。アリア、ケーキがたべたあい」
アリアちゃんのおねだりに、ヴィーさんの顔がみっともなく崩れた。
「そういえば、町におしゃれなカフェがあるって話を聞いたなぁ。さっそく今日行ってみるか?」
ニコニコとご機嫌な様子でアリアちゃんの頭を撫でる。
その情報をどこで誰に聞いたかを、誰も追及しない。多分昨日の晩に頬に口紅をつけて帰ってきたことに関係があるんだろうなぁ。
「じゃあ、今日は冒険者ギルドには行かないんですか?」
「ああ、アリアのケーキの方が大事だからな」
ヴィーさんは確認するように、ジャウマさんたちの方を見る。
「それなら今日は、俺とセリオンでギルドに行こう」
ジャウマさんは嫌な顔をする様子もなく、当たり前のように言う。
「なら僕も一人で何か依頼を受けてきますね」
二人だけ働かせるわけにはいかない。当然自分もと思い、声を上げた。
「えー、ラウルおにいちゃんも一緒にいこー?」
「えっ?」
「そうだな、ラウルも一緒だな!」
アリアちゃんに合わせてヴィーさんが言った。
この間の一件があって以降、もともとアリアちゃんに甘かったヴィーさんが、以前に増してアリアちゃんに甘くなった。正直、ちょっと気持ち悪いくらいに。
まあ、それもアリアちゃんの所為なのかもしれない。まだ幼くて甘えん坊気味ではあったけれど、あれ以来甘えん坊に輪がかかっている。
でも…… あの時の彼女の泣く姿を思い出したら、それも仕方ないだろう。きっとアリアちゃんは、僕らの間に安心できる居場所を求めている。
ジャウマさんたちパパ3人のアリアちゃんへの接し方はそれぞれ違う。3人のうち、ヴィーさんが一番の甘やかしタイプだ。
だから以前よりも甘えん坊になったアリアちゃんが、今まで以上にヴィーさんに寄っていくのは自然なことだろう。
そしてヴィーさんはそのことが余計に嬉しいのか、やたらとデレデレしているのだ。
そして、今もデレデレしていたヴィーさんが、ハッと思い出したように言った。
「いや、まてよ。俺、昨日酒場で結構金を使っちまって、手持ちが無えや。アリアすまない。今日、頑張って稼いでくるから、ケーキは明日でもいいか?」
申し訳なさそうにアリアちゃんに謝る。でもそこから、ちらりとセリオンさんの方を見た。
それを認めて、セリオンさんは、はーっとため息を吐く。
「まったく。アリアを期待させておいて、悲しませるんじゃない」
仕方ないなというような素振りでそう言って、懐から布袋を出す。そこから金貨を1枚取り出すと、ヴィーさんに投げやった。
「お前にやるんじゃない。アリアのケーキ代だからな」
「おっ。サンキュー!」
ヴィーさんは悪びれる様子もなく、そのお金をキャッチする。
「これで、ラウルも行けるな!」
それって、セリオンさんが出したお金でご馳走してくれるということだろうか? でも今の光景を見ておいて、図太く奢られるようなことは悪くてできない。
「僕は自分で出しますから、大丈夫ですっ!」
「いいからいいからって、遠慮すんなよ!」
気前よく言いながら、バンバンと僕の背中を叩く。
いや、そのセリフをヴィーさんが言うのは間違ってると思う。
戸惑う僕を置いて、ヴィーさんとアリアちゃんは、仲良く手を繋いで部屋を出て行ってしまった。
「ラウルくん、その辺りはヴィーに任せて、気にせず行ってくるといい。その方がアリアも喜ぶ」
迷っている僕にかけられたセリオンさんの言葉を、再確認するようにジャウマさんの顔を見る。
「気にするなって。ほら、置いて行かれてしまうぞ」
ジャウマさんが扉の方に視線を向けて言うのを見て、セリオンさんに深く頭を下げて、部屋を飛び出した。
* * *
町の中央通りをまっすぐに、中心部に向かってしばらく進む。両脇に並んでいた店が途切れると、その先が開けて大きな池のある公園になっていた。
さらに進むと、その池の畔に白い壁に赤い屋根を載せた愛らしいカフェが建っていた。そこが目指す店だそうだ。
さっそく店に入ると、上品なエプロンドレスを着た給仕の女性が出迎えてくれた。
「こちらへどうぞ」
彼女はそう言って店を通り抜け、大きなガラスの戸の先へ僕らを誘った。
ガラス戸の向こう側、店の裏手は公園の池に張り出す形のテラスになっている。そこでケーキが食べられるらしい。
テラスには池を渡って来た涼やかな風が訪れている。池の対岸には緑豊かな公園の木立が続いている。しかも今日は天気がいい。ロケーションは最高だ。
「うわぁーー!」
その光景に、アリアちゃんの目がキラキラと輝いた。




