4-9 事件の解決。そして……
翌朝、ジャウマさんたちは町の自警団と一緒に、あの悪漢たちの仲間でもある盗賊団のアジトに向かった。一応は依頼と同じ扱いらしい。報酬金もだいぶ出るそうで、そのうちの半分は事件の被害者であるあの子供たち――つまり、あの孤児院に寄付することになっているそうだ。
僕とアリアちゃんは、クーを連れていつものように薬草採集に出かけた。
森の近くの草原で薬草をたっぷりと採集する。日当たりのいい丘の上でお昼のお弁当を食べてから軽く昼寝をし、もうひと働きしてから帰路についた。
町の門が見えてきたところで、どこからか子供たちの声が聞こえてきた。
ここは公園じゃない。まだ門の外だ。
子供が門の外に出ることを禁じられてはいない。何人かで連れ立って、近場の草原に野草を採集に行くようなことは普通にある。でも今聞こえてくる声は、そういうのとは違う気がした。
なんとなく気になって子供たちの声のする方へ向かう。町を囲む塀伝いに進むと、草の丈が低くなっている広場のような場所で、あの子供たちが棒切れを振り回して遊んでいた。
いや、遊んでいるんじゃない。あの棒で剣を振るう練習をしているらしい。
「あ、おにいちゃん! アリアちゃん!!」
子供たちが僕らを見つけて手を振った。こちらも手を振って応える。
「こんな所で練習かな? でも子供たちだけで町の外に出るのは危ないよ」
人の町の近くに魔獣が現れることは、少ないとはいえ全く無いわけではない。
「大丈夫だよ! 塀のすぐ近くだし、それに俺たち冒険者になるんだから、魔獣くらい――」
ウウウウーーッ
その子の言葉が終わる前に、何かに気付いたクーが威嚇の唸り声を上げた。
「アリアちゃん! 何かがいる!」
叫び終わると同時に、ブブブブと異様な音が耳に飛び込んできた。これは魔獣じゃない。虫の羽音だ!!
赤い大きな蜂の群れがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。あれはサラマンダービーだ。
「皆、地面に伏せて! アリアちゃんも!! そこから動いちゃだめだよ!!」
僕の声に、アリアちゃんがバッと伏せると、子供たちも慌ててそれに倣った。
サラマンダービーは毒をもつ大型の蜂で、刺されたあとは火傷のような水ぶくれになる。動くものを追いかける習性があるから、子供たちはああしてじっと伏せていれば大丈夫なはずだ。あとは僕が囮になれば……
「こっちだ!! こっちに来い!!」
子供たちが伏せている場所から離れ、サラマンダービーに向かって大きく手を振る。子供たちの方に向かっていた蜂の群れがこちらにコースを変えた。
よし、このまま子供たちから引き離して……
そう思って駆けだそうとした時、
「わああああんん!!」
子供たちの方から大きな泣き声がした。
耐えられなかったんだろう。子供が二人、泣きながら町の門に向かって駆けていくのが見えた。その泣き声に誘われるようにサラマンダービーは向きを変え、走る子供たちの方に向かっていく。
「ダメだ!! こっちに来い!!」
大声を上げても、大きく手を振っても、蜂のコースは変わらない。だめだ……間に合わない……!!
子供たちの方に向かって走る僕の目の前で、伏せていたはずのアリアちゃんの体がむくむくと大きく膨れ上がっていく。彼女の金の髪が伸び、それが全身を覆い大きな金色の獣と化す。
黒い垂れ耳を持ったその獣は、サラマンダービーに向かって大きな口を開け、一口で群れごと飲み込んだ。
「アリアちゃん!?」
ようやく子供たちの居る場所に走り着く。獣の姿になったアリアちゃんのお陰で、子供たちを危険な目に合わせずに済んだ。
「みんな、もう大丈夫だよ!」
伏せていた子供たちに声をかけて見回した。でも誰も動こうとしない。アリアちゃんの方を見て、皆一様に青ざめた顔をしている。走っていた子供も、茫然と立ち尽くしている。
「あ、あれは……化け物?」
誰かが言った。それが最初の引き金だった。
「怖いよーー!」
「私も食べられちゃう!!」
子供たちは口々にそう言うと、わんわんと泣きだした。
な、なんで……? アリアちゃんは、身を挺して皆を守ったのに…… 皆を怖がらせたりはしないのに。ましてや子供たちを食べるだなんて……
「大丈夫だよ。君たちを守ってくれたんだよ。怖くないよ!」
「ラウルおにいちゃん」
ぼそりと、金色の獣が僕を呼んだ。
「アリアちゃん?」
「いいの。もういいから。行こう、おにいちゃん」
金色の獣は、僕の服の襟首を優しく咥えて持ち上げると、草原の先の森に向かって駆けだした。
* * *
森の中の大きな木の根元に、僕は下ろされた。
金色の獣はするすると縮んで、元のアリアちゃんの姿に戻っていく。
「アリアちゃん、大丈夫? 怪我はしていない?」
僕の声にアリアちゃんはぼんやりと顔を上げる。それから、ほんの少し、笑った。
「だいじょおぶだよー 私、ほんとうはつよいんだからー」
えへへと、僕にいつものような笑顔を見せようとする。
でもその笑顔で心の内を隠そうとしていることは、僕にだってわかる。
「このくらいじゃ、けがなんてしないよぉー ばけもの…… なんだか……ら……」
言葉の重さに負けるように、アリアちゃんは項垂れる。ポトリと落ちたものが、アリアちゃんの握りしめた両の拳を濡らしていく。
「アリアちゃんは化け物なんかじゃない……」
何も言えなくて、彼女をぎゅうと抱きしめた。
「ラウルおにいちゃん~~…… 私のこと、すきー?」
「うん…… 大好きだよ!」
「うれしいなぁ…… ずっと、このままでいられたらいいのに……」
アリアちゃんが、僕のことをそっと抱きしめ返す。でもその力は弱々しい。
「アリア!」
セリオンさんの声と一緒に、仔狼が白狐を連れて僕らのもとに飛び込んできた。でもアリアちゃんは、まだ僕にしがみついて離れようとはしない。
「ラウルくん、何があった?」
人の姿に戻ったセリオンさんの口調が、いつもより少しだけ強い。
「こ……子供たちを助けようとして、アリアちゃんが獣の姿になって――」
この先の言葉が紡げない。聞かせたら、またアリアちゃんを悲しませてしまう。
ぎゅっと口を結んで、抱きしめたアリアちゃんの髪に顔を寄せた。
「ずっと…… このままでいたいよぉ…… 大きくなりたくない」
「アリア…… でもお前は……」
「いやだ…… ずっとずっと、パパたちやラウルおにいちゃんと、こうして一緒にいたいの……」
セリオンさんの言葉に、僕の腕の中でふるふると首を横に振る。
「ようやくこうして自由になれたのに……」
ジャウマさんとヴィーさんがやって来ても、アリアちゃんの涙はしばらく止まらなかった。
お読みくださりありがとうございますm(_ _)m
この章の最後の話、ちょっと長くなってしまいました。
そして次はこの話の続きの閑話になりますが、これはもっと長くなってしまったので、前後編でお送りします。
次回更新は5月22日(月)昼前予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




