表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/135

1-2 森狼の襲撃から逃れる

 姿を現したのはさっきのよりももう一回り大きな森狼(フォレストウルフ)だ。しかも一頭だけではなく、仲間を引き連れている。おそらく群れのボスなのだろう。


 ダメだ……僕らの足では逃げ切れない。少女を抱え込んで、結界魔法を発動させた。

 僕らがしゃがみ込んでいるすぐ外側に、光の壁が輪の形で現れる。森狼(フォレストウルフ)たちは僕らの周りを取り囲んで、代わる代わるに牙を立てようとしてくるが、この結界に阻まれて僕らにまでは届かない。


 戦うことができない僕が森にまで入っていけるのは、この結界魔法があるからだ。でもこの結界魔法を魔導具なしで使えるなんて話は聞いたことがない。きっと僕だけなんだろう。


 と言っても、そんなに大きい結界を張ることはできない。なんとか僕とこの少女は守ることができるけど、その程度だ。

 これも僕の魔力が尽きるまでで、それほどに長くはない。それまでに森狼(フォレストウルフ)たちが諦めてくれるか、それとも次の手段を考えないと……


 そう思っていた時、男の声が聞こえた。


「アリア!!」

 その声を聞いて、腕の中の少女がぱっと顔を上げる。

「パパ!!」


 少女に『パパ』と呼ばれたその男がこちらに駆け寄ってくる。僕らの状況を確認すると、短い呪文を唱えて手にした(ロッド)を振り掲げた。

 杖から放たれた無数の水の塊が、森狼(フォレストウルフ)たちを攻撃していく。水魔法の攻撃で二頭が倒れされると、ボスを含む他の森狼(フォレストウルフ)たちは尻尾を巻いて森へと逃げ帰っていった。


 急いで結界魔法を解く。彼に見られてしまっただろうか……

 でも彼は気にする様子もなく、こちらに歩み寄って来て座り込んでいる僕に手を伸ばした。

「どうやら、うちの娘が世話になったようですね。礼を言います」

 彼は『娘』と言ったけれど、子持ちの年齢には見えない。まだ二十歳(はたち)ちょいくらいじゃないか? 整った顔立ちに、透き通る青い瞳、長めの銀の髪。銀フレームの眼鏡のせいか、知的な雰囲気もある。これは女性にモテそうだと、瞬間的に思った。


「こ、こちらこそ助けていただいてありがとうございます。彼女が、無事でよかったです」

 彼の手を取り、立たせてもらう。一人でぴょんと立ち上がった少女は、嬉しそうに彼にしがみつく。

「アリアだよ! で、パパがセリオン!」

「ああ、僕はラウル」

「ありがとう、ラウルおにいちゃん」

 そう言って微笑む少女に、少しだけ妹を思い出した。



 このまま町に帰るという二人とは、草原で別れた。まだ依頼に必要な薬草を採集し終えていない。さすがにまた森に入るのは危険だったので、人通りのある街道沿いまで戻って薬草を探した。


 街道を、僕と同じ年くらいの冒険者パーティーが談笑しながら通り過ぎていく。小さなイノシシを背負っているところを見ると、獲物をしとめて町に帰るところなんだろう。

 茂みに頭を突っ込み、膝を汚しながら薬草採集をしている僕とはえらい違いだ。


 女の子を守って、可愛い笑顔でお礼を言われて、ちょっと嬉しい気持ちになっていたはずの心が、また寂しくなっていくのを感じた。


  * * *


 夕方の冒険者ギルドの受付カウンターは、今日の依頼の報告をする冒険者たちが順番待ちの列を作る。順が回ってくるまではまだしばらくかかりそうだ。


「よー、ラウル。今日も薬草集めか?」

 豪快(ごうかい)な声がして、バンッと強く背中を叩かれた。

「いたっ」

 思わず声を上げると、背を叩いたヤツの声が低くなった。

「ああ? この程度で痛がるのは、てめえが弱っちいからだろう? 俺が悪いような言い方をするんじゃねえよ」

 振り向いた僕の顔を(いか)つい顔が不満げに見下ろしている。そうだ…… 彼の言うとおりだ。


「ご、ごめん……」

「チッ、わかりゃあいいんだよ」

 そう言いながら、そいつはそのまま列の僕の前に当たり前のように割り込んだ。

 ……僕の方が先に並んでいたのに。


 でも彼はDランクの先輩冒険者で、僕はまだEランクのひよっこだ。敵うわけがない。

 このくらいのことで不満の声をあげてそいつの機嫌を損ねても、得することは何もない。むしろ目を付けられて面倒を抱え込むだけだ。

 ぐっと、込み上がってきた言葉と気持ちを飲み込んだ。


 そいつはどうやらボーボー鳥を狩ってきたらしく、大きな獲物を背に抱えている。順番が回ってくると、これみよがしにドンと乱暴にカウンターに置いてみせた。

 そんな乱暴な態度にも受付嬢は慣れているのだろう、淡々と依頼の完了処理を進めている。


「確かに依頼はボーボー鳥の狩猟ですが…… こんなに剣の傷が多いと、素材の買取値が下がりますよ」

「うっせーな。黙って受け取ればいいんだよ!」

 どうやら思ったよりも依頼の報酬(ほうしゅう)に色がつかなかったらしい。そいつは不満そうに、カウンターに置かれた金を握りしめると、どすどすと大きな足音を立てて去っていった。


「……もう少し静かに歩いた方が、獲物にも逃げられずに済むと思うんですけどねぇ」

 受付嬢はため息を()きながら、さらに声を落として僕に(ささや)く。

「さっきの件は上に報告しておきますね」

 あいつに横入りをされたところを、彼女にはしっかり見られていたらしい。


「お待たせしました、ラウルさん。薬草採集でしたよね」

 彼女に(うなが)されてバッグから薬草を取り出し、カウンターに並べる。

「ラウルさんのように丁寧(ていねい)に採集してきてくれると、品質も良くて助かります」

「ああ、僕には狩りの才能はないし、これくらいしか出来ないから……」

 申し訳ない気持ちでいう僕に、彼女はにっこりと微笑んだ。

「薬草も必要なものですから、採集してくれる方がいないと困ってしまいます」

 その言葉に心の中でほっと胸を撫でおろした。


「そう言えば、あれ、どうでしたか?」

 僕の言葉に、受付嬢は困ったような顔をして首を横に振る。

「この町に、あの依頼を受けられるような上位の冒険者はいませんから……」

「そう、ですよね…… まあ、もうちょっと粘ってます」


 受付嬢に愛想笑いをしてカウンターを離れようとした時、ギルド内の空気がざわりと揺れた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ