11-2 獣人の聖地
門から伸びる大きな通りを真っすぐに進むと、その先は噴水のある広場になっている。広場の向こう側に石造りの大きな門の様な建物があり、屋上にあたる部分が礼拝所になっていた。
そこからは、彼の山を真正面から臨むことができる。周囲の礼拝客の様子を真似て、それらしく礼をした。
「あれが、問題の遺跡だろう。そして獣人たちの聖地でもあるんだろうな」
セリオンさんが僕にそっと聞かせた声で、静かに顔を上げた。
遠目で山のように見えた物は、山ではなかった。あれは人工物だ。セリオンさんが言うように、あれが目的の遺跡なんだろう。
遺跡の周囲には、今までとは比べものにならないくらいの強い魔力が漂う。魔力の靄がまるで黒い雲の様に厚く遺跡を覆っていた。
僕らが居る礼拝所の建物と、聖地と呼ばれたあの遺跡の間には深い谷がまるで掘のように刻まれている。そこを渡る為の橋のようなものは見当たらない。訪れようとする者を拒んでいるかのようだ。
「これは…… あそこに行く人は、どうやって渡っているんでしょうか?」
「人間には無理だよなあ。でもここは『獣人の国』だからな」
そう言って、ヴィーさんはわざと背中の羽根をばさりと少し開いて見せた。
ああ、なるほど。人間は飛ぶことができないが、獣人ならば飛べる種がいる。
「あれがそうだな」
ジャウマさんは視線を向けて教えてくれた方を見る。今まさに鳥人たちが何かの入った檻を数人がかりで持ち上げて飛び、あの遺跡に向かって運んでいるところだった。
「中身は人間か」
「ああ、奴隷だろう。集められているそうだからな」
冷たい口調で、セリオンさんが言った。
* * *
宿に記録が残ることを避けるために、町はずれの空き地で夜を過ごすことになった。
といっても、珍しいことではない。宿から溢れた旅人や懐の寂しい冒険者が、町はずれで寝袋に潜り込むのは普通にあることだ。
「やっぱり、正攻法ではあちらには渡れないようだ」
遅い時間に帰ってきたヴィーさんが、僕らに告げた。
「一般の参列者が近づけるのは、昼間行った礼拝所まで。もう少し良く見たいと言ったら、大神殿への寄進を勧められた」
そう言ってヴィーさんは、わざと嫌そうな顔をしてみせる。
「大神殿はあちら側にあるのか?」
「いいや、こちら側だそうだ。金を出す意味はないな」
「じゃあ、強行突破か」
「そうだなあ」
3人が話しているのを、僕はただ横で聞いているしかできない。それが不安そうな顔にみえたんだろう。ジャウマさんは僕の方を見ると、ぽんと肩を叩いた。
「『黒い魔獣』が居るのなら、行かなくてはいけない。そして、あそこに居るのが最後の『黒い魔獣』だろう。ラウルはアリアを守ってくれ。頼んだぞ」
その言葉に、僕は黙って頷いた。
* * *
夜が明ける前の薄暗い時間を狙って、大鳥になったヴィーさんの背にのり、聖地へ向けて飛び立った。
黒い靄で囲まれた遺跡に近づくと、遠くからでは見えなかった姿が次第に見えてくる。山のような形をした遺跡の頂は、まるで城の尖塔の様だ。そして遺跡の周囲には、石造りの壁がぐるりと巡らされている。
「まるで、城壁のようですね」
誰に向かってでもなく、思ったことが口から零れた。
「ああ、あれは城壁だ」
セリオンさんが、静かに応えた。
てっきり、見つからぬよう静かに外周に降りるのかと思ったのに、ヴィーさんはそのまま石造りの壁の内側に降り立った。
「だ、大丈夫なんですか?」
「町の連中が騒ぐのは面倒だがな。ここまで来て多少大人しくしていても仕方ないだろう」
ヴィーさんの言葉に、アリアちゃんもくすくすと笑う。
「ヴィーパパらしいわね」
うん、確かにそうだけどさ。
僕らが降り立った石造りの広場に面して、遺跡の内部に入る為の扉が設えてある。あそこが裏口だろうか。
分厚い木の板で作られたいかにも重そうな扉に、ジャウマさんが手を掛ける。
「鍵がかかっているかもしれないがな」
「そうしたら、ぶち壊しちまえばいいさ」
そんな風にヴィーさんと言い合いながらジャウマさんが力を籠めると、門はあっけなく開いた。
「意外にあっさりと開いたな。鍵もかけていないのか?」
「ここは獣人たちにとっては聖地だからな。良からぬことをしようとするヤツもいないんだろう」
ジャウマさんたちに続いて、遺跡に足を踏み入れた。
外からは古い遺跡に見えたが、中はしっかり手入れされているようだ。そういえば、ここは聖地として今も使われているのだろうから、当然だろう。
「ははっ。なあジャウマ、お前も覚えているだろう?」
「ああ、忘れるもんか」
前に立つヴィーさんとジャウマさんが話していることが、僕には何のことだかわからない。
代わりに、隣を歩くアリアちゃんの方を見ると、彼女はなあに?と尋ね返すように首を傾げた。
僕らとジャウマさんたちの足元をすり抜けて、クーが通路の先に進み出た。クーは僕らより10歩ほど前で立ち止まり、辺りの様子を窺うように、風の匂いを嗅ぐ。
「クゥ」
クーがこちらを振り向くと、僕らの小声を真似る様に小さな声で鳴いた。そしてその先にある分かれ道の一つを目掛けて数歩進んでみせると、また振り返って僕らの方を見た。あの道に、僕らを誘っている。
「クー、どうした?」
クーの代わりに応えたのは、僕らの後ろを歩くセリオンさんだった。
「この先から、あいつの匂いがする」
「あいつ?」
「ああ、フータの匂いだ」
僕も、すんすんと風の匂いを嗅いでみた。半獣化しているこの体では、今までより強く匂いを感じ取ることができる。
うん、僕にも覚えがある。確かにこの匂いはフータさんだけど……
「でもフータさんは――」
「ああ、もう居ない。だから、これはあのキメラの神魔族の匂いだろう。この先にあいつが居る」
セリオンさんはそう言って、通路の先を銀眼鏡越しに睨みつけた。
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