10-7 少年の為に薬を作る
バッグから、調合の素材を取り出す。ポンポン草、ツルモモの実、ショガの根、リュウグルミ、ダンゴノキの皮、ハカの葉、ウリモドキの実、マイコニドの胞子、ユニコーンの角、シーサーペントの鱗、他にも色々と。この薬にはたくさんの素材を使う。殆どは僕が旅の途中で採集したものだけど、いくつかはこの間ヴィーさんから貰ったものだ。
「まず、このポンポン草を乾燥させないといけないんですが……」
「俺の役目だな」
ヴィーさんが背中の翼を羽ばたかせると、どういう仕組みかはわからないが、目の前で風が渦を巻きはじめた。
「この中に入れときゃ乾くだろう」
言われるままにポンポン草を放り込む。風の渦の中で、丸い綿毛のような草は踊るようにくるくると回りだした。
あとはヴィーさんに任せることにして、次の素材の下処理にかかる。片手鍋に水を溜め、そこにツルモモの赤い実を浸す。
「これを煮出さないといけないんですが…… この洞の中で焚火は危ないですよね。火魔法なら大丈夫でしょうか?」
言いながら洞の中を見回す。
「わざわざ火をださなくても、沸かすくらいならできるぞ。貸してみろ」
ジャウマさんが、両手で直接鍋を包み込むように持つ。見ていると、ジャウマさんの両の手の甲にうっすらと赤い竜の鱗が浮かび上がってくる。そうしているうちに鍋から湯気が立ち、ぶくぶくと湯が沸いてきた。
「すみません。そのまま、えっと……弱火にできますか?」
ジャウマさんの手に火加減があるのかわからないけれど、うまく伝えられなくてそんな言い方になった。
「ああ、沸かさない方がいいのか」
ジャウマさんの言葉にうんうんと頷く。沸いていた鍋はすぐに静かになり、緩い湯気があがっているだけの状態になった。
「どのくらい煮ればいいんだ?」
「そのうち鍋の湯が赤くなって、代わりに実が白っぽくなってきます。そうしたら、今度は鍋を冷ましたいんです。冷ますのに時間がかかってしまうんですが……」
「それは自然に冷めるまで待たないといけないのか?」
そう声をかけてきたのはセリオンさんだ。
「いいえ。川でもあれば、冷たい水に鍋ごと浸けて冷ませば早いんですけど…… ああ、外に置けばこの雨ですぐに冷めるかな?」
僕の答えを聞いて、セリオンさんはくすりと笑った。セリオンさんがこんな風に笑うのを見るのは珍しい。
「いくら蓋をしていても、大切な薬に雨水でも入り込んだら大変だろう? それは私がやろう」
魔法で冷ましてくれるということだろう。確かにセリオンさんなら、水魔法や氷魔法が使える。
「ありがとうございます。では、そちらをお願いします」
その間に僕にしかできない作業を進めないと。ガラスの容器の中に魔法水とユニコーンの角を入れ、両の手で包み込むように持つ。そこからゆっくりと魔力を流しこんでいく。流し込む魔力は強くても弱くてもいけない。ユニコーンの角の状態を見ながらの調節が必要で、これがちょっと難しい。
3人だけでなく、アリアちゃんも猫獣人のご夫婦も手伝ってくれると言う。
ヴィーさんが乾かしてくれたポンポン草は、すり鉢で粉にしてもらう。この薬草は、乾燥させて粉末にしないと効果が出ない。
ショガの根は下ろし金ですりおろす。リュウグルミは殻を割って中の実を使う。ダンゴノキの皮は少し水を加えて良く揉むと粘りのある液が出るので、それを器に溜めてもらう。
そんな風に皆で手分けをして、他にもあったたくさんの素材は、ようやく下処理を終えることができた。
それらを手順に沿って魔力と共に混ぜ合わせる。煮詰めてからろ過機で濾すと、琥珀色の薬液が出来上がった。
* * *
「体調はどう? これを飲めるかな?」
寝袋から起きだしていた少年に声を掛ける。熱が下がって少し眠れたようだが、まだまだ顔が赤い。体内に魔力が籠っているんだろう。
彼が薬に口をつけるのを見て、周りに集まっている皆に話をする。
「この薬を飲むと、体内の魔力が自然に外に放出されるはずです。でもその魔力を誰かが引き受けてあげなければいけないんです。そうしないと、また彼の中に戻ってしまう」
「そ、それならば私たちが――」
父親が身を乗り出す様にして言うのを、セリオンさんが手で制した。
「いや、失礼ですが、貴方たちは上位魔法を扱えないですよね? 強い魔力に不慣れな者がそれをしたら、今度は貴方たちが倒れてしまう。私たちが適任でしょう」
「俺らもちっとずつ引き受けるようにするからさ。安心しろや」
ヴィーさんの少し無遠慮な言い方も、この場では少し頼もしく聞こえる。
「困っている時はお互い様だ」
ジャウマさんの言葉に、夫婦は申し訳なさそうに猫の耳を垂らしたまま、頭を下げた。
薬が効いてきたんだろう。少年の体から、ぽわぽわと優しい光が漏れでてくる。ジャウマさんたち3人が、少年に向けて手をかざすと、光はゆっくりとその手の平に吸い込まれていった。
その様子を横から見ていると、不意にセリオンさんが僕の方に顔を向けた。
「ラウルくん、君も少し引き受けたまえ」
「ええっ。僕に……できるんでしょうか?」
僕は3人ほどには魔法が扱えない。結界魔法だけは使えるけれど、他は日常魔法が使える程度だ。魔力量は昔に比べたらかなり上がってはいる。でも、それと体内の魔力をコントロールできるかは、別の問題だろう。
「大丈夫だ。俺が見ていてやる」
そう言って、ジャウマさんが僕の肩にそっと手を置く。
「私がやっていたようにやればいいんだよ」
アリアちゃんも、僕の顔を覗き込みながら言った。そうだ、アリアちゃんもこんな風に手をかざして『黒い魔力』を引き受けていたよな。
少年に両の手の平を向ける。意識を集中すると、そこに温かい何かがあるのを感じた。それをゆっくりと受け止めるところをイメージする。
少年の魔力がきらきらと輝きながら、次から次へと僕の手の平へ吸い込まれてくる。体内に魔力が満ちていくのがわかる。
「ラウル、上手ね」
アリアちゃんが、にっこりと笑って言った。
お読みくださりありがとうございます。
今回は殆ど調合シーンでしたが、これはこれでファンタジーとしてのバランスが難しいですね。
無駄に調合素材の名前で悩んだりしていました(笑)
次回更新は2月7日(水)予定です。
どうぞよろしくお願いしますー(*´▽`)