10-4 アリアちゃんの服
「ねえ、見て見て! このパジャマ可愛いでしょ」
宿の一室にて、浴室から出て来たアリアちゃんの嬉しそうな声に顔を上げる。アリアちゃんの太ももまでの素足が視界に入り、すぐさま視線を逸らせた。
アリアちゃんのパジャマの下はショートパンツだ。流石に丈が短すぎじゃないか。
「おお! 似合うじゃねえか!」
ヴィーさんが上機嫌で応える。あれは昼間にヴィーさんと買ってきた服だろう。僕の隣で体を横たえていたクーが、尾を振りながらアリアちゃんに寄っていった。
「アリア、ラウルが困っているぞ」
揶揄うようにジャウマさんが言う。
「えー、なんで? 可愛いから?」
「露出が多いからでしょう」
対して、セリオンさんは少し冷めているようないつもの口調だ。
「ふーん。でも下着は見えないよ? ほら、ラウルー」
こっちを見ろと言わんばかりに僕を呼ぶ。いやいや、見れないってば。
その時、僕の肩を誰かががしっと掴んだ。
「ほらほら、ラウル。恥ずかしがらずに見てやれよ」
耳元でヴィーさんの声がする。そ、そんなこと言ったって……
こわごわと、ゆっくりと、アリアちゃんの素足を見ない様に上の方を見ながら視線を戻す。
アリアちゃんの綺麗な金髪は、二つにわけて両の肩から前に下ろされ緩い三つ編みになっている。着ているパジャマはその金の髪の映える、薄い水色だ。襟元や袖口は大きなレースで飾られていて、胸元で白いリボンが揺れている。
……ここまでは見れるけれど、そこから下には視線を移せない。
「と、とても可愛いよ。似合ってる」
下に視線を動かせないことがばれないように、アリアちゃんの顔を見ながら言った。
「でしょーー」
アリアちゃんは満足そうにくるりと回って見せる。彼女の機嫌が直ったのを見て、心の中でほっと胸を撫で下ろした。
上機嫌になったアリアちゃんは、セリオンさんとクーを伴って、別の部屋へ休みに戻った。この部屋は、今日は僕とジャウマさんとヴィーさんで使うことになっている。
「あの服はヴィーが選んだのか?」
「いいや、アリアだ。ああいう服が着たいって言ってな。本当は外出用に丈の短い服を欲しがったんだが、さすがにそれは止めた」
「動きやすいだろうけれど、危険だからな」
「ああ、両方の意味でなあ」
ジャウマさんの言葉に、薄く笑いながらヴィーさんが応える。
二人の話を横で聞いている感じでは、外出用のショートパンツを買うのを止めたかわりに、パジャマが丈の短い物になったらしい。まあ、確かにアレで外にでるのは危険だ。
「ああ、そうだラウル」
不意に、ヴぃーさんの話の矛先が僕の方へ向いた。
「俺の荷物の中で、お前に必要な物があったらやるぞ」
必要な物って? いったい、何のことだろう?
手招きに従って、戸惑いながらもヴィーさんの前へ行き、腰を下ろす。
ヴィーさんは手元に寄せた自分のマジックバッグに手を突っ込むと、ごそごそと何かを探し始めた。
「えーっと、これがモーアの羽根だろう? これはクロコッタの牙で、こいつはワイバーンの牙と皮、ユニコーンの角……」
そんな風に言いながら、次々と素材を出してくる。中には見たこともないような高ランクの魔獣のものもある。訳もわからぬ僕の目の前に、魔獣の素材が山と積まれていく。
って、一体どれだけ入っているんだろう? そして、なんでこれを僕に見せるんだろう?
「ヴィー、少しは整理しておけよ」
横から呆れたように、ジャウマさんが言う。
「だってよ。何が必要だか、俺にはわかんねえからな。なんでも取っておいたんだ。な、どうだ?」
今度は僕に向かって何かを促すような視線を向けた。
「え? あ、あの、ヴィーさん。これは一体……」
「お前が調合に使うだろうと思って取っておいたんだ。どうだ、使えるか?」
「あ……」
思い出したのは、以前の僕のことだ。亡くなった師匠の研究を引き継いだはいいが、調合の素材が足りなくて困っていた。そういえば、どうにか入手できないかと、彼らに相談をしていたっけ。
「その為に、色々集めていたんですか?」
「あったりめえだろ? 俺を大黒鴉か何だと思ってたのか?」
大黒鴉、闇のように黒い羽と体を持つ魔鳥だ。光る物や魔石を巣に溜め込む習性がある。
大黒鴉のように、巣に拾った物を溜めこんでいるヴィーさんを想像して吹き出しそうになった。いや、まさにそんな感じだろう。言えないけれど。
改めて、並べられた物に目を向ける。
「すごいですね。こんなにたくさん」
これなら…… 以前の僕が作っていた魔法薬も作れる。研究途中だった、特殊な魔法薬も、きっと作れるだろう。
* * *
宿のベッドで目を覚ました。いつもより少し早く目が覚めたようだ。
隣のベッドから、いびきが聞こえてくる。あれはヴィーさんだ。ジャウマさんはいつものように朝のトレーニングに出かけたんだろう。もう一つのベッドは裳抜けの殻になっていた。
そこでようやく、自分が昨晩の服のままでいることに気が付いた。そう言えば、湯浴みをしていないどころか、顔すら洗っていない。
ヴィーさんから大量の素材を受け取った後、僕は城から持ってきた調合の本を開いた。あれだけの素材があれば、色々な調合を試すことができる。僕なりに心躍らせていた。
が、そのしばらく後からの記憶がない。自分でベッドに入った記憶もない。
多分そのまま寝落ちしてしまって、ジャウマさんにベッドまで運んでもらったんだろう。情けない。
夢の中で、僕は以前の僕になって姫様とお茶をしていた。
姫様は町の話を聞きたがった。町では皆はどのように過ごしているのか、どんなお菓子が人気なのか、そして女の子たちが着ている服についても。
「姫様は良く、窓から町の様子を眺めているんですよ」
姫様付のメイドがこっそりと僕に教えてくれた。
あの頃の僕にはピンとこなかった。姫様が「将来の為に町の話を聞きたい」というのを、そのまま鵜呑みにしていた。
けれど、アリアちゃんを見てきた今の僕ならわかる。きっと、姫様は羨ましかったんだろう。
あのパジャマも、そんな彼女の憧れの一つだったのかもしれない。
……でもやっぱり、目のやり場には困るけれど。
昨日の光景を思い出して、一人で苦笑いをした。
お読みくださりありがとうございますー
前回に引き続き、ほんわか話になりました(*´▽`)
これだけで読んだら、閑話くらいのラフな話ですねー 書きやすかったです(笑)
年頃モードになった、アリアちゃんのショーパン姿は貴重だと思うのです。
さて、戯言はともかく(笑)
次回の更新は、1月27日(土)予定です。
ラストにむけて、ガンガン書いていかなくては。
頑張ります。よろしくお願いします!