9-6 村を目指して森の道を進む
ヘンリーさんの依頼を正式に受けることになり、あの後でさらに詳しい話を聞いた。
件の行商人については、ヘンリーさんから新しい話がでることはなかった。村の中しか知らなかった彼は、キメラのような獣人が珍しいとも思っていなかったのだと。
神殿に連れて行かれた奴隷についても、それ以上は知らないと言った。神官長である父親と直属の神官以外は、神殿の奥に入ることを禁じられているのだそうだ。
その話の流れで、そういえばと前置きをしてヘンリーさんが語ったのは、神官長と行商人のやり取りについてだった。
「あの行商人は、父さんより上の立場の人との橋渡しをしていた。その人からの手紙やら伝言やらを受け取る時には、父さんがその行商人に頭を下げていたから、なんだか不思議に思えたのを覚えている。その人の言う通りにしていれば皆幸せになれると、村ではそう言われていた」
「キナ臭えな」
包み隠しもせずにヴィーさんが言った。
* * *
森の中の道を徒歩で進む。道と言っても、踏み固められた土でできた草木の生えない部分が先に向かって繋がっているだけだ。岩や石もごろごろと転がっているし、道の端には木の根が顔を出している。
頭上にも木の枝が張り出し、時には枝に絡んだ蔓がジャウマさんの頭のすぐ上にまで垂れ下がってきている。
『大森林』の呼び名の通りに、往く道は森そのものに包み込まれているようだ。この道では確かに馬車は走れないだろう。
「ラウル、何か気が付いたらすぐに知らせろよ」
最後尾にいるヴィーさんが、控えめな声量で言った。
いつもなら一番後ろを歩くセリオンさんが、ここでは先頭に立つ。3人の中で一番耳と鼻が良いからだそうだ。深すぎるほどに木々が茂り、見通しも良くないこの森の中では、ヴィーさんの鳥の目よりも役に立つらしい。
そしてヴィーさんたちによると、僕も役に立てるそうで、ヴィーさんと一緒に歩くように言われた。
僕のこの耳と尻尾は、やっぱり『犬』なのかなあ。そうだとしても、僕よりも僕の隣に居る『月吠狼』のクーの方が皆の役に立てそうだ。
「クゥ?」
僕の視線を感じたのか、クーが僕の顔を見上げて鳴いた。
昼の休憩を挟んでまただいぶ歩いた頃、先頭を行くセリオンさんが突然立ち止まった。
「おかしい。ここはさっき通った道だ。ほんの少しだが私たちの魔力の匂いが残っている」
それを聞いて、僕もすんすんと鼻で空気を吸ってみる。でも匂ってくるのは、森の湿った土の匂いばかりだ。イマイチわからない。
『魔力の匂い』なんてあるんだ? そんなものは、聞いたこともなければ、当然気にしたこともない。
でもジャウマさんたちやアリアちゃんの様子を見ていると、『神魔族』にはわかることなんだろう。
もう一度、辺りの空気を匂ってみた。僕も『神魔族』なのだから、このくらいは出来てもいいはずだろう? いや、出来て欲しい。
ふと何かを感じて、道の先を見た。
「うん?」
何もない。何も見えない。でもそこに何かあるような、そんな気だけがしている。
「どうした? ラウル」
「あ…… いいえ」
きっと僕の思い違いだ。僕は3人の様にすごい力はもっていない。3人が気付かなかったことに僕だけが気付くわけがない。
「なんでもないです」
そう返事すると、ヴィーさんの顔が思いっきり不機嫌そうに歪んだ。
「なあ、ラウル。俺たちは仲間だよな?」
「へっ? は、はい…… そうだと思っています……が……」
「言いたいことがあったら、ちゃんと言うんだ」
そう言って迫ってくるヴィーさんの顔が怖い。
「ヴィジェス。もう少し言葉を選べ」
セリオンさんの静かな声がヴィーさんを制し、その後の言葉は僕に向けられた。
「私たちは君のことを信頼している。私たちにも苦手なことや間違いがあるように、もちろん君にもある。それを含めての信頼だ。勘違いでもいいから、気になることがあるなら言ってほしい」
「で、どうかしたのか? ラウル」
ジャウマさんが優しい目でこちらを見て言った。
「あの…… なんとなくですけど。この先に何かあるような気がしたんです。あ、でもきっと、僕の思い込み――」
「調べて損はないだろう」
僕が言い終わる前に、セリオンさんが僕の指差す先を見て言った。
すっと前に手を翳して、用心深く一歩ずつ前に進みながら、セリオンさんが何もないはずの空間を何やら確認している。
「なるほど」
そう言ってから、僕たちの方を振り返った。
「確かに何かあるようだ。そして、これはラウルくんの魔力に近い」
「なるほど、俺たちが気付かなかったのはその所為か」
「へ? どういうことですか?」
「俺たちはお前の魔力に慣れてるからな。この魔力を感じても、お前から漏れているものと思ってしまう」
「これは結界だな。とても大きい。おそらく村全体を覆っているんだろう」
村全てを覆うほどの……? そんな大きな結界を張ることなんてできるんだ?
「ラウル、これを解除できるか?」
ジャウマさんがそう言うと、皆の視線が僕に集まる。
できる、だろうか? でも僕ができるかもしれないと思ってジャウマさんは言ってくれている。
さっきのセリオンさんの言葉を思い出す。皆は僕ができないこともあるのを含めて、信頼してくれているんだ。
「ダメかもしれないですけど、やってみます」
一歩ずつ、セリオンさんの居る場所に歩を進める。
セリオンさんが手を翳す空間を凝視しても、僕には何も見えない。でも、ここに何かがあるような気がしている。
セリオンさんの真似をして、両の手を翳してみる。そのままでは何も触れない。
結界を張る時の要領で、そっと魔力を放出してみる。その魔力が『何か』に当たった、そんな気がした。これが村を覆っている結界だろう。
多分、解除はできる…… でも、解除してしまっていいんだろうか?
もしこの結界が、何かから村を守っていたら?
解除はせずに、そのまま自分の魔力で村の結界を押し広げ、こじ開ける。こんなことは、したことがない。でも何故かできるような、そんな気がした。
ふぅと、息を吐いて皆の方を振り向く。
「結界の解除はせずに、僕の結界でこじ開けて通り道を作りました。この部分を通れば、僕らだけは結界の中に入れます」
そう言った僕に向けて、皆が満足そうに微笑んだ。
お読みくださりありがとうございます。
予告より更新が遅れたのは、今まで書いていた所為です! さらに、書きすぎて文字数削っておりました(笑)
この話で100話目となりました~~
ここまでお付き合いいただき、ありがとうざいます!!
ここからもよろしくお願いいたします!!
文字数では22万文字ですね。30万文字でおさめたい~~(願望)
次回の更新は11月8日(水)昼前予定です。
勿論書くのはこれからですが、頑張ります。
どうぞよろしくお願いいたします♪