7話 蛇の道は蛇
店主の話はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと要領を得ず、おまけに三言に一言は謝罪か命乞いのセリフを挟むものだから、聞き終わった僕はすっかり疲れてしまった。
多忙なる読者諸氏のために要点のみを整理して説明すると、つまりこういうことだ。
闇競売取り仕切っているのはもっぱら『主任』というあだ名で呼ばれている人物で(その正体については色々な噂があるものの、実態は誰も知らない)、『顧問』と呼ばれる4人組が補佐役だ。その5人の幹部によって競売の運営や一切の意思決定がなされているそうだ。全員とんでもない目利きで、法の及ばない闇競売で客が安心して大金を出せるのは彼らの眼力に全幅の信頼をおいているためだ。
出品者はまずこの幹部たちの審査を受けなければならない。ただし、競売は週に1度行われるが、出品する数は決まっている。それを超える出品希望者がいた場合は(というか大抵そうなのだが)残った枠を希望者同士で争うことになる。
「並大抵の珍品じゃ箸にも棒にもかかりやしませんよ」
商人は言った。
所狭しと並べられた露店の商品を踏まないように注意を払いながら、曲がりくねった路地裏を店主に教えてもらったとおりにしばらく進むと、やがて目的地らしき建物が見えてきた。
一見するとありふれた金持ちの家といった感じで、普段なら気にも止めないだろう。それは3階建てくらいのアマラサ様式の真四角な邸宅で、頑丈な土壁には外向きの窓が一切ついていなかった。正面には巨大なアーチ状の入り口があり、鉄製の重厚な扉が招かれざる来訪者を拒絶している。アーチの内側は青色に塗られており、扉には人の手を模った大きなノッカーが左右に一つずつついている。
商人から聞いた特徴と一致している。ここで間違いない。僕は扉に歩み寄ると左のノッカーでドンドンと2回扉を叩いた。
しばらく待つと、扉が数cmだけ開いて、その奥から鋭い目つきの男が僕を睨みつけた。
「なんの用ですか」
「『主任』にお目通りしたいのですが」僕は背負っていた革袋をおろし、広げて見せた。
沈黙
「誰からここのことを聞いたんですか?」
口調が多少和らいだが、男はまだ警戒を解かない。
「それはちょっと申し上げられません。こちらも信用商売なので」
最大級の笑顔を作る。
「いいでしょう」
男は扉を人がぎりぎり通れる程度まで開けると左右を素早く見回し、
「入って」
と鋭く言った。
アマラサ様式の邸宅は、外から家の中が見えないよう、正門から入るとすぐにL字に折れ曲がった廊下になっている。さっきの使用人に案内されるまま、壁と天井に群青色のタイルが敷き詰られた豪華な廊下を抜けると、広い中庭に出た。
アマラサの人々にとって、部屋はほぼ寝るためだけに存在している。それ以外の大半の時間を彼らはこの中庭で過ごすのだ。三食も雨の日 (めったにないが)以外はここで食べるのが普通で、来客を応対するのも中庭だ。中庭というのは物理的にも、精神的にも家の中心なのである。
豪華な廊下とはうって変わって、中庭は簡素な作りになっていた。
中央には高さ3mくらいはありそうな大きな木が鎮座しており、その周りを水を湛えた池が取り囲んでいる。池の前には大きな長机がおいてあり、その奥に背もたれ付きの椅子が5脚きれいに整列されている。
机の手前には二人の男がこちらに背を向けて座っていた。たぶん僕と同じ目的で来た人だ。
「こちらにおかけになってお待ち下さい」
使用人は二人の横にある無人の椅子を指して言った。
先客達に会釈する。
左端に座っている男は僕と同じか少し上くらいの若者だ。いかにも行商人といった風体で、フェルトの帽子を被りバンギ風の薄手のベストを身につけ、足元には遠路はるばる背負ってきたであろう巨大な荷物袋が置かれている。もうかなりの間待たされているのか、神経質そうに貧乏ゆすりをしていた。
対象的に中央の男は落ち着き払った感じでゆったりと腰を下ろしている。深緑色の風除けを被り、荷物は膝の上に乗せた小さな木箱を一つだけだ。あの中に商品が入っているのだろうか。歳は4、50くらいだ。
しばらくすると、5人の人物が現れた。全員が同じ色のゆったりとしたローブを着ており、顔には目の周りを隠す仮面をつけている。5人は我々を一瞥すると、慣れた足取りで5脚の椅子にそれぞれ座った。
最後の一人が座るやいなや、若い行商人が立ち上がって、
「お目にかかれて光栄です!」
と半ば叫ぶように言った。
「私、ラインコード商会のフラベル・ラインコードと申します!お目にかかりたくはるばるコークランから参りました!本日はよろしくお願いします!」
僕はもうひとりの商人は思わず顔を見合わせた。だめだこりゃ、という表情で商人は首を横に振る。
中央に座っている仮面の男が、使用人にジェスチャーを送る。使用人は若者の前に進み出ると、
「お引取りください」
と静かに言った。
「え、いや。これから商品を見ていただくのですが」
「お引取りください」
同じセリフだが、今度はより冷たい声で言う。若者は使用人の顔をしばらく見たあと、助けを求めるように僕ともう一人の商人を見る。今にも泣きそうな顔だ。
僕は慌てて目をそらした。
「お引取りください」
使用人はもう一度言った。
哀れな若者が屋敷から出たあと、気まずい沈黙を破るように、中央の男が口を開いた、
「言うまでもないことだが、我々はお二人が何者なのか知らないし、興味もない。同じようにお二人も我々が何者かを知る必要はない。もちろん、我々の顧客のついてもそれは同じだ」
「ええ、もちろんわかっておりますとも、『主任』どの」中年商人がにっこりと答えた。
「よろしい」
『主任』が言った。
「さて、あいにくだが今週の出品枠はもう一つしか残っていない。つまりお二人のうち」
我々を指差す
「競売に出られるのは一人だけだ」
まあ、そんな気はしていた。そうじゃなかったら逆に拍子抜けだ。
「それでは、早速品物を見せていただこう。どちらからでも結構」
「では私からでいいですかな?」
突如ライバルとなった中年商人が僕に尋ねる。
「ええ、どうぞ」
僕もそっちのほうが良かった。
商人は長机の前まで進み出ると、木箱を開け、中から小さな青い石を取り出して、掲げて見せた。おぉ、という声が『顧問』たちの間から漏れる。
「トゥルデ石です」
中年商人は得意げに言った。
「ご存知のように、ハイタのトゥルデ地方の特定の山でしか取れない極めて希少な宝石です。魔物がうようよいる山道を三日三晩歩き、さらに断崖絶壁をよじ登った先にある一年中雪の積もる峰の上でしか採れません。近頃ハイタの王家が採取を禁止したことも影響し、市場価値はうなぎのぼりです」
と卵型の大きな頭を振り振り流暢に説明する。
「実は現地住民の中にはいまでも王家の目を盗んで細々とトゥルデ石を採っている者たちがいるのですが、私は彼ら全員と独占契約を結びました。つまり、この大陸で私以外に新しくトゥルデ石を仕入れられる人間はいません」
どうだ、という顔でこっちを見る。僕は気づかないふりをした。
「確かにトゥルデ石だ」
「こんな大粒は久々に見たぞ」
男から渡された石を交互に見ながら『顧問』口々に言う。一人ひとりチェックしたあと、石は『主任』の手に渡った。
「素晴らしい」
『主任』はトゥルデ石を箱に戻すと、僕に向かって
「そちらの方も品物を見せるかね?もちろんこのまま帰ってもらっても構わないが」と言った。
「『主任』」
その質問に答えるかわりに僕は言った、
「その男の言っていることは真っ赤な嘘です」
「な、なんだと!?なにを根拠にそんなことを言ってる!」
男は一瞬面食らったあと、ものすごい剣幕で突っかかってきた。
「根拠はあります」
僕は革袋に手を入れると、その中から青い宝石を取り出した。
もちろんトゥルデ石だ。
『顧問』たちがざわめき、商人は真っ青な顔をしている。『主任』の感情は読み取れない。
「独占契約なんてものはありません。現にここにもう一つあります。」
と言って僕は机の上に宝石を置く。色味や輝きは男の商品と同等かそれ以上、しかし大きさはゆうに倍以上はある。『顧問』たちは我先に手に取って眺めては驚嘆の声を上げている。
「確かにそのようだな」
『主任』が言った。
「そんな筈はない!」
と商人が食い下がる。
「そいつはどこかの貴族の屋敷から盗んできたものだろ!」
「それは違うな」
僕が反論する前に『主任』が口を開いた。
「トゥルデ石は極寒の冬山で採れる石だ。取れたときは深い青色だが、気候の異なる地上では時間が経つごとに徐々に青緑色になってくる。あなたもよく知ってる筈だ」
石を机に置く。
「色合いから見るに、この石はあなたのよりもあとに採取されたものだ」
「ぐぬぬ‥」
打ちひしがれ去っていく男の背中を見守りながら僕は少し罪悪感を覚えた。彼の言っていた独占契約はおそらく嘘ではなかったのだろう。金を積んだか、権力者に取り入ったか、またはその両方か、何年もかけて国家の目をかいくぐりながら必死に築き上げただろう。
だけど、秘境の断崖絶壁から宝石を取ってくることなんて、僕とクアンタにとってはコンビニでコーヒーを買うくらい簡単なことだ。
(もともと非合法な競売だし、そこはお互い恨みっこなしってことで)
「おめでとう」
『主任』が僕に手を差し出した。
「そのトゥルデ石には記録的値段が付くだろう。当日が楽しみだ」
「いいえ。出品したいのはこれじゃないんです」




