6話 アマラサの商人
「手紙は全部で3通ある」
ブロウンウィッチ卿は説明した。
「屋敷に忍び込んで盗み出すんですか?」
あまり僕向きの仕事とは思えなかった。確かにどんな厳重な場所でも空から侵入することはできる。だが、クアンタの図体では大騒ぎになるだろう。
「いや、手紙はシフォード公の切り札だ。いつも肌身放さずもっている。隙を見て直接奪うしかないよ」
「それは無理ですよ」僕は笑った。相手は天下の大貴族だ、外出時は警護の私兵が幾重にも取り囲っている。
「護衛ごと全員蹴散らせというのならできますが、それはもう暗殺ですよ?」
サラエボ事件、というワードが何故か脳裏でちらつく。歴史の授業で習った記憶があるが、どんな内容だったかは忘れた。
「隙はある」ブロウンウィッチ卿はニヤリとした。
「殿下には人に言えない趣味がいくつかある。そのうちの一つが競売だ」
「競売って人に言えない趣味でしたっけ?」
「アマラサの闇競売だよ」
アマラサに話を戻す。
ロザ帝国は二重政治体制を取っている。軍事や外交は貴族が仕切り、経済や内政は平民出身の官僚が担うという建国時から継続している独自の政治システムだ。もちろん帝国と言う以上国の絶対権力者は皇帝だが、貴族のトップである大公と官僚のトップである大宰が同列の立場でNo.2に位置づけられている。
まるで国自体の縮図であるかのように、ある程度以上の大きさの町もまた二人のリーダーによって統治されている。貴族である領主と、官僚の長である長官だ。
建前上は同列な彼らの力関係はしかし、町ごとの特性によって大きく異なる。国境に近い城郭都市であれば領主の権力が強いが、一方アマラサのような巨大商業都市では官僚たちが実権をほぼすべて握っている(アマラサの領主は王室の傍系に当たる一族が代々継承しているが、実態はただのお飾りだ。)
こういった理由で官僚色の強いアマラサでは、商いをするものは例外なく役所に届けを出し、重箱を突くようないやみったらしい審査を受けた上で正式な許可を得なければならない。
だがルールがあれば破る者が出てくるのが世の常だ。闇競売もその一例である。
取引が禁じられている物、国が独占的に供給している物、公には存在すら知られていない貴重な品、金持ちの屋敷から盗み出された美術品、そうしたものがアマラサの闇競売では夜な夜な目玉の飛び出る金額で取引されているという。
そこに天下のシフォード公が足繁く通っていると知られたらスキャンダルだ。殿下は身分を隠し、護衛もつけずに参加しているに違いない、というのがブロウンウィッチ卿の推測だ。
確かにその可能性は高い、と僕も考えた。問題はどうやってその闇競売に潜り込むかだ。こういった後ろめたい催しにはよくあることだが、参加できるのは常連客かその紹介がある者だけに限られる。一方で、取り扱っている商品の性質上、出品者には素性もわからない怪しい連中もいっぱいいるはずだ。
出品者として入り込むのが手っ取り早いだろう。
ただ、肝心の方法がわからない。そもそもどこでやっているか、主催者は誰かすら僕は知らなかった。なにかヒントを見つけられないか、そう思いながら僕は先程からこの市場をキョロキョロと歩き回っている、という訳だ。
「お大尽様!」また一人の商人が声を掛けてきた。この日僕は足元を見られないよう普段とは身なりを変えていた。龍鱗の鎧は着ているが、その上はいつもの薄汚れた上着ではなく、ハイタ産の上質な羊毛で作られた、太ももまである赤色の上着を着ていた。金色の刺繍で縁取りされた上着の下には近頃帝都で流行りのタイトな長ズボンと乗馬靴いう、いかにも上流階級の若者という出で立ちだ。
「お客様!」商人は僕の右腕を掴む。
「伝説のドラゴンの牙、ありますぜ」
その一言を聞いて、僕は商人を振り払おうと挙げていた腕をおろした。
「ドラゴンは伝説上の生き物ですよ?そんなものどうやって手に入れたんですか?」
白々しく聞く。
「お客様ぁ」
よくぞ聞いてくれた、という顔をする。
「茜の館の騎士はご存知ですよね?」
少なくとも君よりはよく知ってるよ、心のなかで返事した。
「実はあたしの親戚がその騎士様と知り合いでしてね、これはその縁で手に入れたものなんですわ」
と言って商人は手にしていた細長い箱を開けた。乳白色のツルツルとした何かの獣の牙が入っている。なかなか立派だ。
「本物のドラゴンの牙を見分ける方法を知ってますか?本物なら日光を浴びると虹色に光るんです、ほら」
商人は手に持った箱を頑張って色んな方向に回す。
「見えますでしょ?」
言われてみれば、光の角度によっては白色に辛うじて赤や青が混じって見えなくもない。嘘をつくときは少しの真実を混ぜると良いというが、なるほど。
「ちょっと奥で話せますか?」
僕は興味をそそられたふりをした。
「もちろんですとも!さ、さ、こちらへ」商人は小躍りで僕を店の奥へと案内する。念のため左腰にちゃんと剣があることを確かめてから、僕はついていく。店の中、と言っても建物の中ではない、道路に大きくせり出したテントの下に、食器、絵画、民芸品といった類の在庫が所狭しと並んでいる。
「流石お目が高い。これは本当に世界に二つとないものですよ」
歩きながらも商人は畳み掛けてくる。
「そんなに貴重なものなら、こんな所で売るより闇競売に出せばいいじゃないですか?」
「あーあれはダメダメ。以前試したことはありますがね、いけすかない鑑定人どもがいやがる。そいつらのメガネに叶わないと門前払いですわ」
それじゃ自分が売ってるのニセモノだ、と告白してようなものじゃないか。僕は呆れた。
「で、どうするんですかい?お客様になら特別にまけて100ロザンでいいんですがね」
一般的な職人の2週間分の給料か。クアンタもナメられたものだ。
「そうですね。店主、ちょっとこれを見てもらえますか?」
僕は剣を鞘ごと腰から外し、商人の前に突き出した。
「剣ですか」
商人はとたんに興味をなくしたようだ。
「そいつはうちじゃあ扱えないんです。武器は専用の許可が必要でさ」
「いいから見ててください」
言うなり僕は剣を鞘から半分だけ抜いた。
テントのすき間からわずかに漏れる日の光の下で、抜き出された刀身は目が眩むほどに七色の輝きを放つ。
「ここ、こ、こここれは!」
商人が思わず後ずさる。積み上げられた荷物にぶつかり、ガシャンという音とともに床に品物が散乱した。
「あなたが僕に売ろうとしてたものですよ」
「ああ、あなたは、ま、ま、」
「ご想像の通りです。でも、もし誰かに言ったら」
今度は完全に剣を抜き放つ。一段と強くなった虹色の光が所狭しと並べられた品物の数々を照らし出していく。
「言いません、言いませんからどうか命だけは!」
商人は床にへたり込んでしまった。
脅すのはこれくらいにしておこう。
「その真っ赤な偽物、50ロザンで買ってあげますよ」
僕は剣を鞘に戻しながら言った。
「ただ、闇競売の件についてもっと詳しく教えてくれたら、ですけどね」




