5話 貴族の依頼
アマラサは、ロザ帝国でもっとも大きな商業都市だ。それはつまりこの大陸でもっとも大きな商業都市ということでもある。
帝国東部の大乾燥地帯にあるこの町は、古くから交易路の中継地として栄えてきた。この町が生み出す利益の匂いに吸い寄せられて人々が集まってくるにつれ、町はアメーバのように無秩序に拡大していった。
貴族たちの住む丘の上でこそ大きな屋敷が整然と、然るべき間隔をもって建っているが、その周りを囲うように形成された市街地にはいっぺんの隙もなく土壁の家が所狭しと立ち並び、家と家に僅かな隙間を見つけては無理やり繋げたかのような細い路地がくねくねとのたうち回り、まるで迷宮のようになっている。そして路地裏のありとあらゆるところで商売熱心な商人たちが競うように露店を出しているものだから、通行人は半分商品の上を跨って歩かなければならない有様だ。
そんな迷宮都市アマラサにも一本だけ広い道がある。その名のとおり町を縦に貫く「南北通り」は、4頭立ての馬車余裕をもって通れる立派な石畳の道路だ。例に違わず商人たちが店をだし、わいわいがやがやと価格交渉しながら日用品や食料、珍しい舶来のものを金や物と交換しているが、この通りに店を構えられるのは許可を得た一部の商人たちだけである。
(ただ、僕の経験上こういうところには素人をカモにする悪質な店も多く、掘り出し物を探したいのであれば忍耐力は必要ではあるが、路地裏の方が俄然おすすめだ)
その南北通りを、僕はふらふらと覗きまわっていた。といっても、今日は買い物に来たわけではない。全ては先日引き受けた少々面倒な依頼のためだ。
順序立てて話そう。
クラハム山脈の山々が色づき始める頃、一人の男が茜の館を訪ねてきた。
来客はめったにないことなので、その人影が切り通しの向こうに見えたときから僕もクアンタもずっと注視していた。
来訪者は栗毛の馬に跨り、紋章入りの白い軽鎧を身につけ、緑色の風よけを纏い、背筋をピンと伸ばし悠然とした態度で馬を進めている。
貴族だ。
僕に好意的な貴族は数えるほどしかいない。そのうちの誰かだと良いのだが。
館への道のちょうど半分に差し掛かる頃、その鎧に描かれた紋章が目に入った。青色の盾と黄色の天秤、ブロウンウィッチ卿だ。僕は胸をなでおろした。
ブロウンウィッチ卿は、僕が一週間だけ王宮にいたときに知り合ったボルドールの若い貴族である。
三男坊に生まれ、元々家を継ぐ予定がなかった彼は相当破天荒な少年期を過ごしたらしい。金使いが荒く女好き、怪しい連中とつるんでい噂もあり、当時は放蕩息子として城下町でも悪名を轟かせていたそうだ。
そのせいもあってか、爵位を継いだ今も貴族にしてはかなり話せる人物で、王宮で浮きまくっていた僕とも仲良くしてくれた。そのよしみで僕が都を追い出されたあとも、こうして交友関係があるというわけだ。
「ブロウンウィッチ卿直々にお出ましになるとは、どういった風の吹きまわしですかな?」僕は馬から降りたばかりの旧友にわざと大げさな身振りで挨拶をした。
「我が友パーヴ卿との旧交を温めようとおもってね」この男は何故かいまでも僕が王宮にいた頃の称号で呼ぶ。やめてくれと何度も言ったが効果がないので僕も諦めていた。
「旧交、ですか」
もちろんそんなはずはない。茜の館は王都から早馬で1週間、彼の領地からでも5日はかかる。旧交とやらを温めるためだけに遥々来れるほど貴族というのは暇じゃない。
僕が黙っていると、彼は少し気まずそうに「実は卿に頼みたいことがある」と言った。そして僕が口を開く前に、「もっとも卿は断ると思うけど」と先手を打った。
「そう思うなら来なければいい」
「それがそうもいかないんだ。私も貴族の端くれである以上、お国に義理立てしなきゃいけない」
お国ときたか、ますます断りたくなったぞ。
玄関先で話すのもなんなので、僕は来客を応接室に通した。応接室と言っても、暖炉以外は食堂から持ってきたテーブルと椅子が4脚あるだけの殺風景な部屋だ。
「それで」暖炉に火をつけると僕は切り出した
「依頼ってなんですか?」
「そうだな」宮廷暮らしで身に沁みた習慣からか、彼は周りをキョロキョロと見回して誰もいないことを確認すると(僕とクアンタ以外、誰もいるはずないのに!)身を乗り出して囁くようにこう言った、
「ご存知のように、我らが妃様には愛人がおられる」
「いやご存知ではないです」初耳だった。
「冗談だろ?宮中にいたのに気づかなかったのか?」
「いたって、1週間だけですけど」僕はムッとした。
「十分すぎる時間だよ。これはもはや公然の秘密だ、知らないのは卿と国王陛下くらいさ」
「それで、そのお相手は?」
これ以上馬鹿にされる前に僕は話を進めた。
「シフォード公だ」
あのシフォード公ねえ。
いや待てよ。
「敵国じゃないですか!」
「今はね。つい5,6年前まではそうでもなかった」
僕がこっちに来る前か。知らないわけだ。
「実際」ブロウンウィッチ卿は話を続けた。
「両国の関係こじれるにつれて、お二人の関係も自ずと冷めていったんだが」
「だったらいいじゃないですか」
「ところがだ。王妃様がまだお相手にお熱だった頃の話だ、うら若き乙女の情熱を抑えきれず」
あっ
「若気の至りで」
やめろ
「何回か」
これじゃまるで三流の
「恋文を手紙にしたためて送っていたのさ」
「探偵小説じゃないか!」つい口に出してしまった。
「たん?なんだって?」
「すみません、忘れてください。それで、帝国の大貴族殿がその手紙を使って脅迫をかけてきたというわけですね?」
「そのとおり」意外と賢いじゃないか、という顔でこっちを見る。こちとらいっぱい読んでるんだそういうの。
「両国間で数年ぶりの交渉が控えているんだけど、国王に働きかけて帝国に有利な条件を呑ませろと王妃を暗に脅してきてるという話だ」
「なかなかの政治家ですね」
「敵を褒めるのは感心しないな」
「最大限の貶し文句ですよ、僕なりの」
これは心からの言葉だった。
「この際、国王にバラしちゃえばいいじゃないですか」
政治ってのはどうもやり方がまわりくどくて好きじゃない。
「我らが国王はどうすると思う?」
「王妃を罷免するでしょうね、いや監禁して殺すかも」国王の顔を思い浮かべながら僕は答えた。
「どうあがいても王室の権威は地に落ちる。国民からは見放され、同盟国からも距離を取られるだろう。そうなればそれこそロザの言いなりになるしかない」
「向こうさんからすればどっちに転んでも得ってわけね」
そりゃブロウンウィッチ卿も山奥まですっとんでくるしかない。
「ところで、なんでこんな事を知ってるんですか?王妃がこんなプライベートなことをあなたに相談するとは思えませんが」
僕は思った疑問を素直に口にした。
「卿は知らないだろうが、私のような若い貴族は大体宮中に恋人がいるのさ」
なるほどなるほど。
「王妃の侍女、ですか」
よくわかったな、といいたげに眉を上げる。うん、これもどっかで読んだやつだ。
「頼まれてもいないのに王妃のために動くなんて、あなたも義理堅いですね」僕ならきっと見て見ぬふりをするな。
「私は貴族だ」ブロウンウィッチ卿は僕をまっすぐに見据えて言った。
「貴族は何も生み出さない。生み出すのは民だ。我々はその上前をはねて良い暮らしをしている」
自分で言うか、と思ったが、言っている内容については概ね同意だった。
「農民は土地さえあれば農民でいられる、お上が誰であっても大して関係ない。羊飼いは国境がどこかすら知らずに放牧してるだろう。でも貴族は国があってこその貴族だ、国がなくなればゴミだ。」若き貴族殿の声に熱がこもってきた。「だから私は国を守るためなら何でもするつもりだ」
「なるほど」
「でも卿は違う。どこにも属さず、国の禄を食むこともなく、自分だけを主として自由に生きている。幸せなことだ」
「まあ、ね」僕もそう思う。
「だから卿は断るだろうと言ったんだ。結局のところ卿がボルドールを助ける義理なんてどこにもないからね」
「そうでもないですよ」僕は言った。
「例えばこの土地はボルドールの領土です」
「ああ、それも王室の直轄領だ。もっともこんな山奥なんて誰も興味無いだろうけど」
「どころが最近役人が来るんです。やれ権利書を見せろだの、やれ税金を払えだの」
「命知らずな役人もいたもんだ」ブロウンウィッチ卿は笑った。
「追い返せばいいだろ」
「追い返しましたよ、そうしたら今度は二人で来たんです。その次は五人、そのまた次は十人という調子です」
「そのうち騎兵連隊でも連れてきそうだな」
「別に怖くはないですけどね。ただ僕は1人と1匹で気ままに暮らしたいくてここに住んだんです。こう毎日のように知らない人にやって来られたら心労が貯まる」
「たぶん嫌がらせだな、どこかの貴族が裏で糸を引いてるんだろ。来てるのは何も知らない哀れな下っ端さ」卿は肩をすくめた。
「恨みをかってる貴族はいるのか?」
「山ほどね」自由の代償ってやつだ。
「こうしよう」ブロウンウィッチ卿は手を叩いた。
「この件が無事解決したら私は王妃に大きな恩を売れる。そうしたらここ一帯を我が家の領地とするように取り計らってもらおう」
「その後は?」
「卿の目が黒いうちは我が一族は茜の館に一切手を出さないと、盾と天秤にかけて誓うよ」
なるほど悪くない話だった。




