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4話 戦闘

 イエベルの大森林と比べるとあまりにも小さいので今まで気にも止めていなかったが、ハイタスカとテュルクの国境には、確かに豊かな広葉樹林が広がっていた。


 ホルク老人から聞いた特徴を頼りに探すと、目当てのコパル村はすぐに見つかった。

 村外れに降りると、物珍しさからたちまち人だかりができた。その中から、30代くらいの男性が出てきて、「お待ちしておりました、騎士様」と大袈裟に頭を下げた。

「あなたが村長ですか?」思ったより若い人が出てきたので、僕はちょっと戸惑った。

「村長は私の父です」男性は笑った「5日前に魔道士殿に会いに村を出たので、まだ帰路の途中でしょうね」


 やべ、早すぎた。

 依頼人を追い越す、よくやってしまうやつである。


「事情は父から聞いています。騎士様、どうかこの村を助けてください」

「状況を詳しく教えてください」

「ええ、道すがら説明します」


 村長の息子の話によると、コパルの森には昔から魔物が住んでいるらしい。それは主に誤って森の奥に迷い込んでしまった木こりや子供の目撃談によって知られていた。村長の先代のまたその先代の頃には魔物が村の近くまで現れて、村人総出で撃退したこともあったという。

 しかしいずれの場合もコパルの森の魔物は単体で行動していて、また積極的に人を襲うこともなかったという。


 しかし20日ほど前、森の入り口付近で作業をしていた村民に向かって突然数え切れないほどの魔物が襲ってきたという。

 幸い死者は出なかったが、鋭い爪や牙で屈強な木こりが何人も大怪我をしてしまった。それからは森を完全に立ち入り禁止にしているので、村の経済活動は止まってしまったのだ。



「確認しますが」僕は言った。「魔物は森の入り口に現れるんですよね」

「ええ、少しでも森に入る素振りを見せようものなら襲ってくるんです」

 それならなんとかなるかもな。うまいこと誘導できれば。


 僕たちは「魔物注意 立ち入り禁止」と書かれた立て看板の前まで来ていた。

「ここからは僕一人で行きますよ。皆様は万一に備えて家に戻り、扉や窓を閉めていてください」

「腕の立つ若者を何人かお供させましょうか?」

「いや、一人で大丈夫です」

「流石騎士様、すごい自信ですね」

 自信?単に集団行動が苦手なだけだよ。

 口をついて出そうになったその言葉は呑み込むことにした。相手を不安にさせても仕方ない。

 村人たちが帰ったのを見届けて僕は森に向かって歩き出した。


 読者はクアンタがいないと僕は何もできないとおもっているかもしれないが、それは必ずしも真ではない。この一年、身を守るために剣術も多少は嗜んだ。熟練、とはまでは行かないが正規軍の一般兵くらいの腕はあるはずだ。

 それに僕には彼らが持ってないものがある。


 左腰の剣を鞘から抜き放った。やや傾きかけた太陽の光を反射し、刀身が七色に光を放つ。


 悠久を生きるドラゴンの鱗や牙は、常に一定の間隔で生え変わる。僕の剣はその抜け落ちた牙を薄く削り出して作った世界に一本しかない特別なものだ。

 このアイデアは前々からあったが、手にできたのはごく最近だ。なぜなら龍の牙はこの世界のどんな金属を持ってしても全く刃が立たず、世界一の鍛冶屋でも加工できなかったからだ。結局、知り合いの魔道士に依頼して水魔法で削ってもらったのだが、それは例えるならば大きな石の塊を紙ヤスリで削って薄い板にするような気の遠くなる作業で、出来上がるまでに何ヶ月もかかってしまった。だがおかげで斬れ味は折り紙付きで、おまけに羽根のように軽い。


 抜き身の剣を体の前に構えながら慎重にすすむ。森の入口に差し掛かろうかというとき、ウゥーという低い唸り声が聞こえた。


 出たな。


 次の瞬間、目の前を黒い影が左から右へ横切った。影はそのまま右側から回り込むと、僕に向かって猛然と飛びかかってくる。

 反射的に剣を振う。


 豆腐を切るかのように剣が魔物の骨肉を切り裂いていく。グチャッという音とともに魔物は地面に倒れ、ピクピクと痙攣したかと思うとそのまま動かなくなった。


 今度は2つの影がほぼ同時に動いた。右、左。挟み撃ちだ。

 振りきった剣を裏返し、右から来た魔物を斬りつけた。もう片方は?


 上だ!

 間に合わない!


 左腕を出し、頭を庇う。

 ガブリ、と魔物は僕の腕に噛み付いた。

 痛ったぁ!


 大丈夫、肉には届いていない。

 左腕にぶら下がった黒い塊を剣で貫くと、獣の顎から力が抜け、バタリと地面に落ちた。


 クアンタからもらったのは牙だけじゃない。

 僕が上着の下に着込んでいる薄い鎧は相棒の鱗からできている。ドラゴンの首元を覆っている鱗は胴体のそれと異なり、可動性を保つため非常に小さく薄くできている。見た目はちょっと大きめの魚の鱗のようなものだが、そこはドラゴン、とてつもないほど強靭でそんじょそこらの武器では擦り傷ひとつ付かない。

 それを鋼糸で繋ぎ合わせて服状の鎧にしているのだ。こいつを僕は剣よりも前から使っているが、未だに貫通されたことはない。(牙の剣で鱗の鎧を刺したらどうなるだって?そんな勿体ないことできるわけ無いだろ。)


 とはいっても衝撃はしっかりと伝わる。鎧の下に衝撃吸収用に綿の服を着込んでいるが、それでも痛いものは痛いのだ。


 体の興奮を抑え、周りを見回す。

 いつの間にか数え切れない数の黒い影が目の前にいた。仲間を3体もやられていきり立っているのだろう。だが僕を警戒してか、飛びかかっては来ない。一定の距離を保って威嚇の唸り声を上げている。


 このとき初めて魔物の姿がはっきりと見えた。サイズは大型犬といったところで、全身が真っ黒な毛で覆われていた。ネコ科を思わせるような靭やかな体付きと小さな頭、それに不釣り合いなほど巨大で真っ赤な目。額には魔物に特有の、何かの文字を思わせるような模様があり、半開きの口から大きな犬歯が、前足からは鋭い爪が覗かせていた。

 はじめて見るやつだ。体は小さいので一対一なら問題ないだろう、だがこの数は厄介だ。


 剣を左右に振って威嚇しながら、僕はじりじりと後ろに下がる。獣たちは5、6歩の距離を保ちながらついてくる。


 やがて看板があったところまで戻ってきた。魔物たちはさらに興奮しており、今にも飛びかかって来そうな勢いだ。


 頃合いかな。


 ズキズキ痛む左手を持ち上げて口元に持っていくと、指笛を鳴らした。ピーッという大きな音で魔物たちが一瞬怯んだ隙に、僕は振り返り全速力で走り出す。

 一呼吸おくれて、魔物たちが追いかけてきた。同時に空の上から一つの黒点が現れ、瞬く間に視野を覆っていく。


 タイミングばっちりだよ、クアンタ。


 僕はヘッドスライディングをするようにその場に倒れ込む。急降下してきたクアンタは地面を掠めるように鋭くターンし、再び上昇した。クアンタの起こした風に魔物たちは巻き上げられ、吹っ飛ぶ。


 クアンタは空中で体をひねると再び降下し、ドスン!という轟音とともに着陸した。突然現れた巨獣に魔物たちは驚き、立ちすくむ。

 クアンタが大きく大気を吸いこんだかと思うと、鼻から勢いよく炎の息を吐き出した。


 青混じりの炎は大きな渦となって魔物たちを包み込み、焼き焦がす。少し離れたところまで避難していた僕の肌もヒリヒリと熱かった。


 火の手が収まる頃、魔物たちのほとんどは原型もわからない真っ黒な塊になっていた。辛うじて生き残った数匹はバラバラに逃げ出したが、クアンタはそいつらには目もくれず自慢げに鼻を鳴らしていた。

 まあ、奴らも二度とここに戻ってくる気は起こさないだろう。と僕は思いながら、剣についた血を拭き取り鞘に戻した。



 村人たちは僕のために盛大な宴を催すといってきかなかったが、何度も何度も丁重にお断りした。ご厚意は大変ありがたいが、大人数の飲み会なんて僕にとってはただの罰ゲームでしかない。

「村を救って頂いて、なにかお礼をしたいのですが、」村長の息子は申し訳なさそうに言った。

「見ての通り何もない村で」

「ああ、それならもう考えてありますよ」僕はニッコリと笑った。


 夕焼けに染まる空を、僕とクアンタは家路についた。久々に大暴れできて相棒はなんだか嬉しそうだった。僕はといえば、太ももの後ろあたりの鱗にくくりつけられた酒瓶をさすっていた。


 茜の館についた頃にはすっかり深夜になっていた。食堂ですっかり丸くなったクアンタにお休み、と言って僕は寝室に向かった。

 小さな丸テーブルの上にハナナシ酒の瓶を置く。最上級が2本、上級が3本、なかなかの収穫だ。これだけあれば10日は持つだろう。

 一本あけてしまおうか。この時間から酒を飲むのは気が引けたがまあいい。どうせ明日も予定はないし。

 ふと、クアンタが一緒に飲んでくれたらなと思った。ドラゴンは酒どころか食料も水も一切口にしない。一体どういうエネルギーあれだけの巨体を動かしているのか不思議だが、まあそこが伝説の伝説たる所以なのだろう。


 一人しんみり飲む酒も好きだ。僕は暖炉に火をつけ、椅子に深々と腰を下ろした。


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