2話 すべての終わりと始まり
あれから一年がたった。
あのあと、僕とクアンタはまず世界を一回りした。
おっとそうだ、「クアンタ」というのが僕が相棒に付けた名前だ。なにか小難しい言葉だったと思うが、意味はよく分からない。ただ、なんとなく響きが好きだった。
僕とクアンタは、まず世界を一回りした。
そして知ったのだが、この世界でもドラゴンは伝説上の生き物だった。
最初の頃はどこに行っても大騒動になった。慌てふためくもの、逃げ惑うもの、祈るもの、矢を射掛けてくるものもいた(もっともクアンタの岩のような鱗の前には鉄の矢じりは全くの無意味だった。)
一方子どもたちは喜んだ。空を指差し、僕らに手を振った。そういうときは僕も手を振り返した。
旅の途中で何度か人助けもした。最初は迷子になった子供を届けたり、野盗に襲われている旅人を助けたりした。自警団や領主に依頼されて大量発生した魔物の討伐などもやったりした。まぁ討伐と言っても、大抵の場合魔物たちはクアンタの姿を見た途端に散り散りに逃げ出すのだが。
僕は龍使いと呼ばれるようになり、ちょっとした有名人になった。
すると、今度はある小国の国王から直々に依頼が来た。王国の転覆を狙う魔道士の集団を討伐してくれというものだ。それが僕がこの1年間でやったもっとも大きい仕事だった。
敵のリーダーはかつて王室の顧問魔道士をしていた人物で、魔法の腕は大陸でも数えるほどのものらしかったが、それもクアンタの吐く炎の前では児戯に等しかった。
ただ反乱を企てていただけあって、敵は砦に大量の食料を蓄えて立て籠もり、最終的には軍と協力し山奥に攻城兵器まで持ち込む羽目になった(もちろんクアンタが運んだ。)この件はかなり骨が折れた。
ともあれ、僕は王様にも顔が売れたわけだ。理想的な成り上がりコース。これできっと立身栄達も思いのままだ。あとはどんどん偉くなって貴族のような暮らしをし、モテモテのウハウハに
なれなかった。
よく考えれば当然の結果だった。たかが従業員300人程度の会社でも耐えられずに逃げ出した僕だ。権謀術数渦巻く宮廷の世界でやっていけるはずもなかった。
特例中の特例だぞ、と散々念を押されて客将(僕のために500年ぶりに復活した制度らしい)として宮廷に招かれた僕は、初日にして各種の形式張った儀礼に閉口し、二日目には部屋に引きこもりたくなり、一週間後には讒言で王都を追放されてしまった。
貴族たちからすれば、急に現れたどこぞの馬の骨は反感と嫉妬の対象でしかなかったのだろう。普段は派閥に分かれて権力闘争に明け暮れる彼らも、僕という共通の敵の前では見事な一致団結を見せた。
王にしても、勢いで僕を迎え入れたはいいものの、いつでも自分を殺せて民衆にも人気がある(実際、救国の英雄として祭り上げられた僕の人気はなかなかのものだった)存在が自分んの近くにいるのは、気分のいいものではなかっただろう。
ここに彼らの利害は一致し、僕の二度目の組織勤めは呆気なく終了したというわけだ。
もちろん前回とは状況が少し違った。いまや彼らを皆殺しにして国をのっとるだけの力を僕は持っていた。だがそんなことをしてもメリットはなかったし、王様に成り代わった所で僕に政治なんてできるわけもなかった。
僕はクアンタと夜闇の中へと飛び立つと、振り向くこともなく王宮をあとにした。
そう、これが僕の立身出世物語だ。あとは何だっけ、ロマンス、そうロマンスだ。
ロマンスは何度かあった。野盗から助けた相手に慕われたこともあったし、さる地方貴族から縁談を持ちかけられたこともあった。
しかし、この世界の価値観が問題だった。ここでは交際するということは婚約するのと同義だったし、婚約すれば当然結婚し、結婚すれば家を継がなければならなかった。
僕には家業はないし、龍使いはとうてい職業とは言えなかった。結婚すれば僕は向こうの家業を継がなければならなかったのだ。
つまりこれは交際をとるかクアンタを取るかの二択だ。迷う余地はなかった。
僕はすべてを放り出すと、クアンタと朝焼けの空に飛び立った。
やがて、僕らはかつて倒した魔道士たちが砦にしていた古城に住み着いた。その城の本来の名前はすでに歴史の彼方に埋もれてしまっていたが、地元民からはもっぱら「茜の館」と呼ばれていた。
茜の館、といっても建物自体が赤いわけではない。壁はその地方で取れるマフス石と呼ばれるやたら頑丈な灰交じりの白色の石でできていた。ただ、国境防衛のために建てられたその城は、かつては交通の要衝だった巨大な切通しの奥に位置しており、夏の終わり、山と山の間の僅かな隙間から夕日が差し込むとき、神々しいほどに茜色に照らし出されるのだ。
そんな茜の館を僕たちは気に入った。
数百人は入る巨大な食堂をすっからかんにしてクアンタの寝床とし、僕はといえば、暖炉がある部屋の中で一番狭い、使用人部屋を寝室にした(読者諸君はご存知だろうか?城というのは、めちゃくちゃ寒いのだ。)
そして僕らは毎日気ままに空を飛び、行ったことない場所に行き、旅で知り合った友を訪ね、ときには荷物運びや魔物退治の仕事をしたり、そうやって日々を過ごした。
いつからか人々は僕を「茜の館の騎士」と呼ぶようになっていた。




