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1話 ドラゴン

 寒い。

 寒い。


 寒い!


 僕は身を裂くような寒さで目を覚ました。

周りを見渡すと、またもや一面真っ白だった。しかし前回とは違う、この白さを僕は知っている。


 吹雪だ!


 あのおっさん、なにが城下町だ、これではまるで雪山じゃないか!



 実際、そこ雪山だった。立ち上がると自分がかなりの急斜面に立っていることがわかった。


 とにかく、とにかく雪を避けなければ。これではものの数分で低体温症になってしまう。転生して即死亡じゃ笑い話にもならない。


 顔にかかった雪を振り落とし周りを見渡すと、5mほど上方にかろうじて岩肌露出している部分が見えた。


 あそこを目指そう。

 僕は四つん這いになり、凍えた手足をむりやり動かし、必死に進みだした。


 近づいて見ると、岩肌だと思っていた部分は思ったよりも広く、横穴になっているようだった。


 畜生、神様はまだ僕を見放してないってわけか。


 気力を絞り洞窟の中に転がり込み、仰向けに寝転がった。事実、僕は神に見放されていなかった。なぜなら洞窟の中は外の銀世界からはまるで想像できないほど暖かったからだ。


 体温が急速に戻っていくのを感じた。


 どういう理屈なのか分からないが、どうやら洞窟の奥から暖かい風が吹き出しているらしい。入り口の岩肌が露出しているのも、この温風が雪を溶かしているせいだろう。


 しばらくそのまま横たわって息を整えたあと、次にどうすべきか考えた。


 山の天気は変わりやすいというが、あの吹雪はしばらくの間は止むことはないだろう。水は雪を溶かせば良いが、食料がない。洞窟はまだ奥に続いている、これだけ暖かい環境だ、ひょっとすると小動物などが雪を避けて逃げ込んでいるかもしれない。


 奥へ行ってみよう。何も無ければ戻ればいいだけだ。ゆっくりと立ち上がると、僕は壁伝いに洞窟を奥へと歩き始めた。


 外から差し込んでいた僅かな光はすぐに届かなくなった。それと同時に、僕は洞窟の天井や壁がほんのり光っていることに気づいた。そしてその光は、洞窟を奥へと進むにつれてどんどん強くなっているようだった。


 光と暖かさに導かれるように僕は奥へと進んだ。当初の目的はすっかり忘れ、誘蛾灯を前にした虫にようにふらふらと歩いていった。

どれくらい歩いただろうか、突然眼の前が開けた。


 そこはとても大きな空間だった。そして今までの比ではないほど明るい。なにかの鉱物か、それとも光るタイプの菌類なのか?天井全体が青緑色に柔らかい光を放っていた。


 その光の下に、家ほどもある大きな岩があった。岩の表面は久遠の時を経た大樹のように大きくひび割れており、孔雀色の光の下にあっても鈍い黒色の輝きを放っている。


 岩に近づくにつれて、僕は一つの確信を得た。この洞窟全体を包む暖かさは、この岩から発せられているのだ。



 恐る恐る岩に触れる。

 なんてちょうどいい暖かさだ、まるで人肌じゃないか!僕は思わず岩肌に体全体をあずけると、目を瞑った。

 しばらくこうしていよう。しばらく。。

 そのまま僕はウトウトし始めた。


 そのとき、岩が動いた気がした。


 最初は夢だと思った。寝るときによく見る、足を踏み外すやつだ。


 しかし、目を覚ましたあとも岩は動き続けた。

段々とその動きは大きくなり、ゴゴゴという音を立て始めた。どうやら岩全体が回転しているようだった。


 僕は数歩下がり、状況を把握しようとした。

その時、巨大な頭が(岩に頭があるとすればだが)どこからともなく現れ、僕の眼の前に突き出された。


 思わす腰を抜かし、その場にへたり込んだ。『岩』の頭は、僕を真正面から見据えていた。


 その赤黒く光る双眸は、まるで地獄の業火を閉じ込めた宝石のように、禍々しく、美しい光を湛えていた。魂を吸い込まれそうになりながら、一対の深淵からやっとの思いで目を離し、『岩』の顔全体を視野に入れる。

 大きく突き出た2つの鼻の穴からは熱風が絶えず吹き出ていた。その口は、人間数人なら軽く一呑みにできそうな大きさで、歯の一本一本はピカピカに磨き上げられた金属のように虹色の光を反射していた。


 僕が岩だと思っていたものは、巨大な生物だったのだ。それもただの生物ではない。この世界ではなんと呼ばれているかは分からなかったが、僕のいた世界の人間ならこう呼ぶだろう。


 ドラゴンだ。


 もちろんドラゴンを見たことはない。というか物語の中の存在だ。だがその巨獣は、僕に全く疑う余地を挟ませない圧倒的な存在感と説得力を持ってそこに実在していたのだ。


 今度こそ本当に助からないぞ。僕は死を覚悟して目を閉じた。せめて一思いに飲み込んでくれ。



 しかしそれは起きなかった。

 というか、何も起きなかった。


 恐る恐る目をあけてみる。

 奴はまだ目の前にいた。だが、今は目を閉じ、地面に顎を載せて、まるでかしずくように頭を垂れていた。

 その仕草をみて、僕は気を失う前に聞いた「天の声」を思い出した。


 (いや、まさかな..)

 天真爛漫な考えを振り払い、立ち上がる。

巨獣は動かない。

さて、どうする。


 このまま背を向けて一目散に逃げ出そうかと考えた。だが、外は猛吹雪だ、逃げ場などどこにもない。それに、捕食動物は本能的に逃げるものを追うという。背中を見せるのは自殺行為だ。


 ドラゴンは地に伏したままだ。呼吸に合わせて穏やかに体を上下させている。実家で飼っていた犬を思い出した。

 一歩進めば触れそうな距離だ。

 奴の顔を見据えたまま、僕は一歩前へ踏み出す。もうなるようになれ。


 僕は手を伸ばし、ドラゴンの鼻にそっと触れた。そのとき、ほんの一瞬、一瞬だけだが頭の中に鮮明なイメージが確かに浮かんだのだ。


 それはドラゴンの背中に乗り、青空を翔ぶ僕の姿だった。


 今のはこいつが僕に伝えたことなのか?

 もう一歩進む、ドラゴンの顔の横に立った、巨体はまだ動かない。

そのまま側面へ回り込む。


 僕が老木の表面だと思ったのは、ドラゴンの鱗だった。鱗と言っても厚さは1cmはゆうにある、劈開した岩の破片のような重厚な塊だった。

 首から胴体にむかうにつれて鱗はどんどん大きくなっていき、前足のあたりまで来ると30cm四方くらいの大きさになっていた。

胴体の鱗は下から上に向かって生えていて、先端が外に向かって跳ね返っている。


 自分でも信じられないことだが、僕はその鱗に手をかけると、ゆっくりとドラゴンの体を登り始めた。岩のような硬い鱗は、しかし驚くほど手によく馴染み、力を入れて体を支えることができた。その間ドラゴンはというと、僕が登り終えるのを待っているかのようにじっと佇んでいた。

 ドラゴンの背中は体の他の部分とは異なっていて、背骨に対して垂直に立ち上がるように巨大な鱗が生えていた。とりわけ前足の付け根のあたりの鱗は最も大きく、尻尾の方に向かってだんだん小さくなっているようだ。


 僕は最も大きい鱗2枚を選び、その間に挟まるようにして身を滑り込ませた。それはまるで特等席のようにお誂え向きで、背後の鱗は僕の体をしっかりと支え、前の鱗のお陰で落ちる心配もなさそうだった。


 これはまるで人が乗るために作られた生物のようだな、と僕は思った。どうもこの世界は何かと都合が良すぎる、あたかもー


 その時、ドラゴンが立ち上がった。

 唐突な無重力感に襲われ、初めてフリーフォールのアトラクションに乗ったときのようにパニックになりかけたが、僕はすぐに落ち着きを取り戻した。


 僕はこいつを乗りこなせる。それは僕の中ですでに確信に変わっていた。

つまり、馬やらクリーなんとかやらを乗りこなせる能力、それをあの神様のドジな部下がとんでもないレベルで僕に付与してくれたお陰で、いまや僕は伝説の生物ですら乗りこなせるのだ。


 「行こう」

 僕は眼の前の縦鱗を軽く手で叩いた。ドラゴンは何も言わなかった。ただ、ゆっくりと、しかし大股で歩き始めた。

入ってきたときはかなり歩いた気がしたが、ドラゴンの歩幅だとものの数秒で入り口まで戻ってきた。

外はまだ吹雪だ。だがもうそんなものはものともしなかった。


 ドラゴンはその翼を大きく広げ、準備運動をするかのように軽く上下させると、後ろ足で思いっきり地面を蹴り、白銀の世界の中に矢のように飛び出していった。


 雪が顔に当たる。周りの様子は見えないが、解き放たれられたドラゴンは、しかし、どんどん加速していくのが体にかかるGでわかった。


 次の瞬間、目の前がぱっと明るくなった。

雲の上に出たのだ。あの猛吹雪からはまるで想像できない、突き抜けような青空そこには広がっていた。日差しは目に眩しく、風が頬を撫でる。上空の上にいても、ドラゴンの体温のお陰か全く寒くは感じなかった。



 そうだ、こいつに名前をつけなければ。


 だが今はもう少し、この最高に気持ちの良いフライトをただ楽しんでいたかった。


 照りつける太陽と雲海の間、誰もいないこの自由な大空を、僕たちはいつまでも飛び続けた。










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