9話 競売の夜
翌日の夕方、僕は競売会場にいた。
大木の正面には大きなステージが置かれ、その前に大量の椅子が並べられていた。さらにその周りを大量の燭台が取り囲んでいる。幹部たちが座る例の長机は正面からステージの横に移されている。
時間になり客たちが入ってくる。予想通り全員マスクを着けていたが、探し人はすぐに見つかった。本人としては髪型を変えて変装しているつもりかもしれないが、背格好は隠せない。そしてなにより身についた尊大さが歩き方に表れている。
しばらくして『主任』たちが入ってくる。客からは待ってました、というように拍手が上がる。『主任』は客席に向かって一礼すると、長机の中央に座った。残りの4人もぞれぞれ自分の席に着く。
競売が始まった。外の市場ではみかけないような珍品が次々と紹介されていく。
捻れマフレの鉢植、旧オルムスタイン王室秘蔵の宝飾品、アーゲロイの手稿など半分ほどは初めて聞いたものだが、どれも飛ぶような価格で取引されていく。
僕の番が来た。
テュルクの涙です、と言って角をかざすと、会場の反応は真っ二つに分かれた。色めき立ったのは貴族たちなのだろう、もう半分は興味なさそうだった。
「5千ロザンから」
『主任』が言った。
テュルクの涙争奪戦は最終的にシフォード公と別の女性客の一騎打ちになり、5千ロザンから始まった価格は、4万2千ロザンでシフォード公落札した。
最初は僕も心のなかでシフォード公を応援していたが流石は大貴族、声色一つ変えずに値段を釣り上げていくものだから途中からはどこまで上がるかを楽しんでいた。
闇競売では、出品者落札者が直接手渡しで商品と金銭のやり取りをする仕組みだ。引き渡し部屋の扉を開けると、シフォード公は既に中にいた。そわそわとした様子で歩き回りながら、部屋に飾られた調度品などを興味なさそうに眺めている。
「この度はおめでとうございます」
と言って部屋にはいると、公はもう待ちきれないといった感じで、
「ささ、早く見せてくれ」
とせがんできた。
渡したテュルクの涙をろうそくの光にかざしてみたり、においをかいだりする。
「素晴らしい、素晴らしいものだ。知人にテュルクの涙を自慢されたことがあるが、これと比べればまるで子供の玩具だ」
などひとしきり称賛したあと、思い出したように
「おっと、すまんすまん」
と言って懐から金貨の入った袋を取り出す。僕はうやうやしく受け取ると、中身を軽く一瞥して懐に入れた。
「ところで、アムルザに角は何本生えているかご存知ですか?」
とわざと小声でシフォード公に言った。
「2本だろ、そんなことは知っている」
馬鹿にされたと思ったのか、シフォード公はむっとして言ったが、すぐに察して、
「もう一本も持っているのか?」と仮面の下の目を見開いた。
「持っています」
「なぜ出品しない?」
「ここでは10%運営の取り分になるんです」
と僕は更に小声で言った。
「流石は商人だ、金にがめつい」
とシフォード公は笑う。
「私と直接取引したいということだな、いいだろう」
シフォード公も小声で言うので少し滑稽だった。
「ここでは誰に見られているかわかりません、僕の控室にお越しいただけませんか?」
「わかった」公は何も疑わずに僕についてきた。
回廊を通り控室に戻る。床においた僕の荷物と剣は部屋を出る前と変わってない。僕は荷物の中からもう一本の『テュルクの涙』を取り出すと、テーブルの上に置いた。
シフォード公驚嘆の声あげて手に取ろうとするが、僕はそれを止める。
「ちょっと待ってください」
「なんだ?金ならあるぞ」
「実はこっちのほうは、お金以外のもので購入していただきたいんです」
「金以外?どういうことだ?土地か?」
「いいえ」と僕は言った、
「ほしいのは3通の手紙です」
シフォード公の顔色がみるみる悪くなるのがマスク越しでも分かった。踵を返して部屋を出ようとする前に、僕は剣を抜け相手の喉元に突きつける。
「静かに」
生まれて初めてこんな目にあったのだろう、公は「あ、あ・・」と言葉にならない声を出しながら震えている。公の背後に回り、剣を喉にあてたまま、懐を探る。すぐに、油紙に包まれた小包が一つ見つかった。開けてみると、期待通り三通の手紙が入っている。封は王妃の紋章だ。
「確かに頂きました」と言って剣をどける。シフォード公は何かを言いかけたが、思い直したのか一目散に部屋を飛び出た。
事情が事情だけに公もここでは問題は起こせない。おそらく屋敷に戻り私兵を動かし僕を捉えようとするだろう。
その前にこの町をでなければ。僕は手紙を懐にしまい、テュルクの涙をかばんに戻すと、そそくさと部屋を出た。
中庭を通り抜け入口に戻ると、『主任』が立っていた。
「あなたの客が先程走っていったようだが」と主任は言った。
「そのようですね。でも契約は無事成立しました」
僕は金貨の袋を取り出し『主任』に差し出す。
「10%です」
「取っておけ」
『主任』は意外なことを言った。
「それはありがたいですが、理由を聞いてもいいですか?」
「私からのささやかなお祝いだと思ってほしい。こちらとしても有名人とは良い関係を結んでおきたいのでね」
まさ正体がバレたのか?
僕はたしかに有名人だ、伝説と言ってもいい。だがあくまで茜の館の騎士はドラゴンに乗って上空を飛ぶ姿として認識されていて、実際に僕の顔を知っている人は少ない。
過去に会ったことがある人だろうか?
「最初にお会いしたとき、お互いのことは知らないと」
「そうだ、私はあなたを知らない。もちろん誰に聞かれても知らないと答えるだろう」
「ならいいです」
僕は袋を懐にしまうと、足早に邸宅を後にした。
聞くところによるとあの後、シフォード公は兵を総動員して街の内外で検問を張り怪しい商人を片っ端から調べさせたそうだ。ただ、公をもってしても空の上までは調べられなかっただろう。
一週間後、僕はブロウンウィッチ館にいた。
「王妃に見せたよ、本物で間違いない。」
「それで手紙の方は?」
「殿下のお部屋の暖になった」とブロウンウィッチ卿は言った。
「今回は本当に卿のお陰だ、礼を言う」
「役人の件、お願いしますね」
「もちろんだ。ところで王妃が直々に卿にお礼を申し上げたいそうなんだが」
「遠慮しておきます」と僕は答えた。
「こんな働いたのが久々なので、しばらく休暇に行ってきます」




