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0話 僕はトラックの運転手の方です

 N市とM市を結ぶバイパスは、通称「地獄の一本道」と呼ばれていて、毎日ラッシュ時には恐ろしい渋滞を見せることで全国的に有名になっている。

 しかし、この時間帯に限っていえば、走っているのは僕のようなトラック野郎くらいで、片側3車線を完全に持て余していた。


 ラジオではこの頃流行のアメリカンポップスを紹介するコーナーをやっていて、何だかねっとりした気怠そうな声で歌う女性シンガーの新曲が流れていた。

 歌手の名前も顔も知らないし、歌詞の意味も1ミリも分からなかったが、僕はこのコーナーが好きだった。深夜に洋楽を聞きながら、トラックを転がし、いろんなことについてとりとめもなく考えるこの時間に、僕は心から自由を感じていた。


 平凡な家庭に生まれ、平凡な子供に育ち、平凡な大学に入り、平凡な会社に就職する、それが僕の人生だった。この先もきっと平凡に働き、平凡に結婚し、平凡に子育てする、そう思っていた。


 しかし、すぐに会社という組織に僕が絶望的に順応できないことがわかった。入社前から始まる同期とのコミュニケーション、上司の理不尽な要求、社内の風向きを伺って行動するしたたかさ、どれ一つとして僕には耐えられるものではなかったのだ。


 会社員は半年でやめた。



 その後友人のすすめでトラックの運転手になって今に至るというわけだ。

 必要なのは最低限のコミュニケーションだけ、面倒な会議はなし、政治もなし、音楽聴きながら一人の時間を過ごせる。それに旅行というわけでもないが、昔からあちこち移動するのは、何故か好きだった。この仕事のついてまだ3年目だが、天職のように思えた。



 そうだ、久しぶりに大学の同期に連絡をとってみようか。今の仕事の話をしたら驚くだろうな。見下されるだろうか?それとも何人かは羨ましがるだうか?


 洋楽を聞き流しつつそんなことをボーッと考えていた次の瞬間、今までヘッドライトの明かりを呑み込んできた暗闇に突然、人の顔が浮かんだ。


「!!」

 頭の中が真っ白になった。反射的にハンドルを切り、ブレーキを踏む。

「間に合え!!」

 しかし頭の中の何処か冷静な部分で、絶対に間に合わないことはわかっていた。なにしろあのとき、僕は相手の驚く表情までくっきりと見えてたのだから。


 大きな振動、天地がひっくり返るような感覚、そしてその後のことは覚えていない。




 気がつくと、僕は真っ白な部屋の中にいた。

部屋のような場所、というべきだろう。なぜならそこは嘘みたいに真っ白で、眼の前のそれが壁なのか、何もない空間なのかすら判断できなかったからだ。


 あたりを見回した、どの方向を見ても、均一に、一点の例外もなく、ただただ白い世界が広がっていた。

 何気なく足元を見たのが失敗だった。足元もやはり嘘見たいに白一色だったので、僕は突然空間感覚を失いパニックになった。慌ててしゃがもうとおもい、膝を曲げた瞬間バランスを崩して倒れ込み、腕をしたたかうってしまった。


 遅れてやってくる鈍痛とともに、僕は安堵を感じた、少なくとも床があることがわかったからだ。


「おっとすまん」年配の男の声がした

「電気を付けるのを忘れてた」


 カッチン、という音がしたと思うと、白い部屋は忽然と消えた。次の瞬間、70年代のアメリカの刑事ドラマに出てきそうな大きなガラス窓のついたオフィスのような部屋の中に自分がいることに気づいた。


 部屋は5,6人用の小さな会議室といったサイズで、眼の前に木でできた重厚なデスクが置かれていた。デスクの上には整然と積み上げられた書類と、緑のシェードと真鍮のフレームの古めかしいデスクライト、わざとらしいほどレトロな黒電話、そしてその向こうに、およそこの部屋には似つかわしくない真っ白のスーツを着た痩せ型で神経質そうな初老の男が座っていた。


「それで」と男は言った「テンセイの件だが」


 何を言ってるんだこの人は。

 僕が状況を飲み込めていないでいると、男は少し苛立たしげに老眼鏡を下げ、窪んだ目の奥からじっと私を見つめた。

「転生だよ。君はライトノベルは読まんのかね?」


 は?


「いや、まあ多少はー」

「トラックに轢かれたら異世界に転生する、この概念を作ったのは君ら日本人だろ?」

 なぜ僕が責められるのか、いや、というかそもそも前提が間違っている。


「あの」少しバツが悪かった「僕は轢かれたというか、その、轢いた側というか、」

「は?」

「つまり、僕がトラックを運転しててですね」

 

 僕の説明を聞きながら、男のやや後退しかかった額がジワジワと紅潮するのが目に見えてわかった。

「ちょっとまってろ」そういうと男は黒電話の受話器を乱暴に取り上げて、その先の誰かに怒鳴った「私だ!」

「そうだ、今来た転生者の件だ、もう一度確認しろ!」

 しばらくの沈黙、貧乏ゆすり、二本の指で交互に机を叩くコンコンという音。

「またミスか!何度言えばー責任?お前に責任がとれるのか?大体お前のそれはダブルチェックとは言わない。相互確認は?依頼してない?何度言えばー」ガミガミガミガミ。


 自分が怒られているわけではないのに、会社員時代を思い出して胃のあたりがキリキリしてきた。


「もう良い、後でみっちり聞いてやるから覚悟しろ!」吐き捨てて受話器を置くと男はこちらに向き直り、

「すまない、こちらの手違いだった」と、全くすまなそうじゃない声で言った。


 つまりなんだ、僕はどこぞの下っ端の間違いでこんなところに連れてかれ、しかも転生させられようとしていると。


「それじゃ、もとの場所に戻してもらえるんですか?」

「戻りたいかね?」男はややいたずらっぽく口角を上げながらこちらを見た「君は人を轢き殺したんだろ?」

「う...」痛いところをつかれた。

「恋人なし」男はデスクの上の書類を一枚めくり、読み上げた「家族とも友人とも疎遠、仕事が終われば6畳ワンルームの部屋に戻り一人で酒を、」

「もうやめて‥」

「まあ、実際君が戻りたくても私にはどうすることもできないんだがな」


 できないんかい。


「え、あなた神様じゃないんですか?」

「まあ、君らの概念で言えばそれに近いのかもしれないな、さしずめ『トラックで轢き殺された人を転生させる神様』といったところか」


 なんだそのニッチすぎる神様は。だいたいそんなやつ一年に何人もいないだろ。


「君が思ってるほど暇ではないぞ、君の住んでいた世界以外にも世界は沢山あるからな!」

男は若干ムキになっているようだ。

「コホン、失礼。つまり私には君を転生させる以外のことできないのだよ。だからそれについては決定事項だ」

 無茶苦茶だ。クレーム窓口はないのか?

僕の心の声をよそに男は話を先に進める。


「それで、決めてほしいのは『能力』だ」

「能力?」いよいよそれっぽくなってきたぞ。

「君の生前の傾向に応じて、一つだけ能力を授けるのが決まりだ。そうだな、君の実績からすると候補はー」男はパラパラと書類をめくると、「なんて凡庸な人間だ」と言った。


 失礼な!


「なにも特技がないじゃないか。勉強が得意でもない、人一倍努力できるわけでもない、運動神経もせいぜい中の上、対人能力はむしろ人並み以下、芸術センスときたら」

 なんでさっきから僕はこの人に貶されてるんだろう。


「そうだな、君は最後には運転を生業にしていたわけだし、『騎乗』の能力でどうかね」

「騎乗?」

「まぁ平たく言えば馬とか、戦象とか、クリーゲヴォルフとかそういった類のを上手く乗りこなせるということだ」

「最後のはよく分かりませんでしたが、乗り物は好きですね」

「では決定だな」

 男は受話器をとりあげ、

「騎乗、中級だ。今度は絶対間違えるなよ?」

 そして受話器の口を手で塞いで私に向き直り、静かな、しかし有無を言わさぬ口調で言った。

「転生者よ、そなたはこれからとある大国の城下町に転送されるだろう、そこから成り上がるもよし、静かに暮らすもよし..」

 

 実際、後半のほうはもうほとんど聞こえていなかった。僕はまた気を失ったのだ。

遠のく意識の中、一つの声だけが僕の頭の中で響いた。


『転送スタンバイ。X223。スキル付与。騎乗、神話級』



 

 やがて全てが暗闇に落ちていった。

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