駆け落ち
昼。
中間地点を超えて残るは下りのみ。
楽のように思えるが傾斜もあり危険が伴う山下り。
足への負担も気になる。疲れから怪我に繋がる恐れも。
細心の注意が必要。
ただ一本道なので迷うなどの心配はない。
もう地図を見る必要もないだろう。
「おい! まだか? 日が暮れちまうぞ」
村から出たのは今日が初めて。その緊張からかお腹の調子が悪い。
昼飯はいつもの塩結び。おかずは鶏肉と野菜にたくあんと山菜。
至ってシンプルだが僕にとってはご馳走。
調子に乗って食べ過ぎた?
いや汲んだ水が当たったのかな?
でもサブニーはぴんぴんしてるしな……
「おい! 置いてくぞ! 」
「待ってよサブニー! 」
「大丈夫か? もう痛くないか? 」
「うん。出したらすっきりした」
「たぶん気候のせいだろ。気温の変化に気をつけろ。村は温かいのにこの辺りは鬱蒼としていて寒く感じる。
いいか? 腹を冷やすな! 暑くても腹回りは温かくしておけ! 」
「うん」
人が歩いてきた。大きな荷物を抱え登ってくる。
この辺りの者がたまに村へ来ることもある。今日は物資を届けに来ているようだ。
挨拶をする。ついでに名前を聞く。
こうして最初の人間に出会う事ができた。
一人目。
これ以降は人の行き来は無い。
まあこの一人目が稀でありたまたまであったのだ。そう簡単には行かない。
下り坂が急になっている。
「おい気をつけろ! 転がり落ちた奴もいる」
サブニーはからかっている。分かっていながら僕も付き合ってやることにした。
「その人どうなっちゃったの? 」
「うーん大怪我だ。体中血だらけ。顔も脹れちまってそれは大変だったんだぞ」
「それは怖いね…… 」
「お前俺の言うことを信用してないだろ? 」
首を振って否定する。
「いいか。そいつ最後にはな落ちるとこまで落ちちまった」
「どういうふうに? 」
サブニーは寝転がって転がる振りをする。
「それだけじゃない。村にいた奴が町の女とこの山を駆け落ちした。
どこまで行ったかは村の者には分からなかったんだとよ」
「はい。お終い」
もっととせがむが口を噤んでしまった。
何となくからかわれている気がするがまあ面白ければそれでいい。
「よし下りだぞ 」
「うん」
昼過ぎ。
思っていたよりも時間がかかっている。
迷ったり休憩したりトイレに行ったりと時間を喰ってしまった。
このままだと日が暮れてしまう。
急いで下山せねば。
はあはあ
わあわわ!
「どうした疲れたか? 」
「止まらないよ! 」
「馬鹿! 急ぎ過ぎだ! 」
下り道を警戒することなく無謀に駆けていく。
「サブニー! 」
「俺にも止められねい! 」
サブニーも前について行ってしまいスピードを緩めることができない。
「どうしようサブニー? 」
「とにかく横だ! 俺は左。お前は右に足を動かせ! 」
「そう言われても…… 」
「気合いで何とかしろ! 」
うわわわ!
ぎゃあああ!
恐怖の直滑降。
「あれま。大変でねいか? 」
おじさんが止めに入る。
「大丈夫か? 」
「はい。僕は何とか。あれ…… 」
サブニーは木々の間を通り抜け草叢に突っ込んだ。
「あれま。運のいい兄さんだ」
「サブニー! 」
「ふう助かった」
奇跡的に擦り傷程度で済んだ。
「まったくお前に先を任せるんじゃなかった」
おじさんにお礼を言い名前を尋ねる。
二人目。
少々荒々しかったが目的地に着いたようだ。
「お腹空いた」
「よし何か食べるか! 」
村の者から貰ったお菓子を平らげる。
「何か溶けてない? 」
「暑かったからな」
「何か臭くない? 」
「うーん。いろいろなものが混じったからな」
「何か変な味がしない? 」
「いいから食ったら行くぞ! 」
町にはまだ遠いが……
「ここだ! 」
古い作りの今にも崩れ落ちそうな旅館と言うには忍びない建物。
「僕…… 」
「心配するな怖くないって。いいか覚えたな? ここが今日泊まる旅館だ」
「うんうん」
「俺は用があるから一緒には回れないけど遅くても日暮れにはここにいろよ! 」
「僕一人? 」
「ああ。俺の役目はお前をここまで導くことだ。それ以外は言われてない」
「でも…… 」
「一人で何でもやってみろ! 俺の手を借りずに目的を果たせ! 」
「ええっ? 」
「不満があるなら村に戻ってもいいぞ」
「サブニー」
「俺に頼るな! お前が決めたことだ。俺は知らん! 」
「だって…… 」
「分かったよ。明日は付き合ってやる。最後まで探し出してやる。
でも俺にも用がある。今日だけは勘弁してくれ」
「僕…… 頑張る! 」
「よしその意気だ! いいかよく聞け? 暗くなったら危ない。陽が暮れる前にここに戻って来い!
俺を待たずに中に入ってろ! いいな? 分かったな? 」
「うん」
「俺もなるべく早く戻ってくるつもりだ。遅くても七時過ぎには帰る」
「早くお願い」
「よし解散」
サブニーはそう言うと走ってどこかに行ってしまった。
<続>