新たな標的
耳を塞ぐ。
誰だこんな夜中に喚いてる馬鹿は?
うるさくて敵わない。
まだ何か言ってやがる。
のぞみ? 誰だそりゃあ?
人の迷惑も考えろってんだ!
まったくこんな時間に誰がいると言うんだ?
まさか! 俺を罠にかけるつもりじゃないだろうな?
分かってんだぞ。奴らの考えそうなことだ。
ふん。囮だとしても罠だとしてもどっちだっていい。
俺はその隙を突くまでだ。
絶対近づくものか!
うん?
薄明りに女性の姿が浮かび上がる。無防備にも一人で歩いている。
錯覚か? 幻か? それとも症状が悪化したか?
こんな夜中に一人で歩くなど襲ってくれと言っているようなものだ。襲われても文句は言えない。
絶好の獲物。
今度は失敗してなるものか!
様子を見る。
こんな夜中に若い女性が一人歩きをするなどやはり考えられない。
どういう神経をしているんだ?
警戒を全くしていない。
不自然過ぎる。
果たしてこんなことはあり得るのか?
答えはノーだ。
だとすれば囮の可能性が高い。
とりあえず少し離れたところから様子を窺うことに。
歩きが安定していない。
フラフラと右左に動く。
この動きは酔っぱらい特有の動き。
千鳥足でおぼつかない足取り。
演技には思えない。ある意味自然だ。
夜祭の帰りだろうか?
考えられるのは友人と別れ一人で帰る途中。
よし大丈夫だろう。
これは正真正銘の獲物。
こちらに気付いた様子は見られない。
よし行動開始!
いや待て…… もう少し待とう。
相手の動きを見切ってから行動に移しても遅くはないはず。
千鳥足の女性を尾行する。
えへへへ……
年はいくつぐらいだろうか?
俺よりは少なくても上だろう。
悪くない。
さあ最後の花火を打ち上げるとするか。
連絡が入る。
「どうしたんだね緑子君」
「実は子供がいなくなりました。今その兄と行方を追っています。協力願います」
「子供がいないだって? こんなくそ忙しい時にまさかその子の捜索に回れって言うつもりか? 」
「はい。今回のターゲットにもなりえます。できましたら急いでこちらに向かってください」
「分かったよ。頼みぐらい聞いてやる」
「助かります。着きましたら合流お願いします」
「それで…… おい! 」
言うだけ言って切ってしまった。
「何ですかね? ははは…… 」
「おい! いつまで食べている! さっさと行くぞ! 」
「しかし動き回ってクタクタでして…… やはり我々は中でこそ力を発揮するんです。こう言うことは若いのに任せればいい」
「何を言っている? 」
ダメだ。部下はちっとも役に立ちそうにない。
緑子君には悪いがもう少しかかりそうだ。
「不思議ですね。子供がいなくなったとはどういうことでしょう? 」
「知るか! 」
「今は子供は寝てる時間ですよ。家なんかもう…… 」
「そんなことは分かっている。非常事態に常識も理屈も通じるものか! 」
ああ。もうダメだ。我慢できない。
自然にタバコに手がいく。
一本取り出す。
咥えるだけ。咥えるだけ。
部下の視線が気になる。
「早くしろ! 置いていくぞ! 」
「へいへい。おっかないなあもう。ふう疲れた。年ですかなあ? 」
「ただやる気が無いだけだろ! 」
もう限界。
タバコに火をつける。
「あーあ。禁煙はどうしたんですか? 」
「うるさい! また今度だ! 」
「ではそのタバコを吸い終ってから向かいましょう」
「うう…… 」
痛いところを突いてくる。さすがはベテラン。
急いで揉み消し部下を無理矢理引っ張っていく。
「待ってください。まだ食べ終わってません…… 」
「うるさい! 緑子君が待っているんだ! 」
部下のコントロールを誤ったか?
まったくどいつもこいつも。
俺をイライラさせるぜ。
ふう。
「時間を無駄にした。急ぐぞ! 」
「へい! 」
旅館方向へ。
旅館。
「若女将! 」
「どうだった? あの子は? 」
「見当たりません。と言うよりも誰も居ませんでした」
「そう…… 」
「どうしましょう? 」
「ご苦労さま。あなたたちは休んでちょうだい」
「若女将は? 」
「もう少し見て回る。そうだ連れの者が戻ってくるかもしれないのでよろしくね」
はあはあ
はあはあ
息を切らし慌てて戻ってきた者が一名。
「若女将! 一人戻ってきません」
「どど…… どういうこと? 」
「さあ…… 」
「絶対に離れるなって言ったはずよ。一人になるなって言ったじゃない! 」
「すいません…… でもいつの間にかはぐれちゃって。どうしよう。どうしよう! 」
「いいわ。私が探してくる。他の者は中に入ってるように」
仲居の一人が居なくなった。皆で探し回るわけにもいかない。
若女将である私の責任だ。
必ず見つけ出す。彼女もあの子も。
とにかく山の入口の方に向かう。
ライトはどうしよう?
光も音も出してはいけない極限状態。
ふう
冷や汗が垂れる。
ああ!
もう右も左も分からなくなってしまった。
目印もない。普段よく歩いていると言っても夜中では勝手が違う。
凶悪犯に出会わないよう祈りながら一歩ずつゆっくり音を立てないように注意を払い歩き始めた。
「きゃあ! 」
その時叫び声が響き渡る。
どこから?
とりあえず耳を澄ます。
もう音以外頼るものはない。
「た…… 助けて! お願い! 」
襲われている?
どうする?
もう。どうしたらいいの?
「ぎゃあ! 」
叫び声が大きくなる。
これはまずい。覚悟を決める。
もう行くしかない。
叫び声のした方に走りだす。
待っててね。今助けてあげるから!
<続>




