サブニー呆然
二人と別れ再び単独行動の緑子。
旅館へ向かう。
おーい!
おーい!
男の叫び声。次第にに大きくなっていく。
近い。
逃亡犯に襲われてからというもの音に敏感になっている。
この声は……
男の声に交じって女性の声も幽かだが聞こえる。
旅館の方からだ。
「のぞみ! どこ行った! 戻って来い! 」
これは罠?
私を陥れる巧妙な罠。
いや違う。
私たちをおびき出す意味はあまりない。逃亡中なのだからそんなリスクを負うはずがない。
ではいったい?
どこかで聞いた声。記憶を辿る。
これだけ大声で自分の居場所を知らせている。奴もそんな間抜けではない。だとすれば?
間抜けと言えば該当する人物が一人。
声の方へ。
「のぞみ! 早くしろ! 帰っちまうぞ!
どこにいる! 返事をしろ! のぞみ! のぞみ! 」
のぞみ……
やはりそうだ。今夜祭りで一緒だった三郎さん。
なぜ彼がここに?
悪い人ではない。話ぐらい聞くとしよう。
男の影を捉えた。
彼ももこちらの存在に気付いたようだ。
「のぞみ! のぞみなのか! 」
感動の再会?
勘違いされたまま抱き合う。
「のぞみ! 探したんだからな。あれ…… のぞみじゃない? どういうことだ…… 」
放心状態の男。
「三郎さん。私では嫌なんですか? 」
「あれ…… その声はもしかして緑子さん? 」
「はい。覚えていてくれましたか」
「はっはは…… 忘れる訳がない! それよりも今はのぞみを見つけないといけないんだ」
「あなたはのぞみは男の子だって…… でもそれはおかしいわ。私と抱き合ってもその違いに気付かないなんてどうかしてる! 」
「そんなことないよ…… 」
「やっぱり同じぐらいの背丈の女だったんだわ。悔しい! 」
「緑子さん。それは違う! 誤解だ。信じてくれ! 」
「言い訳は見苦しいです。きちんと認めてください」
「緑子さん…… 」
「信じていたのに! 」
「いや…… その違うんです。どうしたらいいんだ…… 」
困った顔でこちらをみる。悪ふざけもこれくらいにしておこう。
「とにかく違うんです! 信じてください緑子さん! 」
「はいはい。分かった。冗談よ」
あっさりと受け入れたことに違和感を感じている様子。
「あれ…… 緑子さんがなぜここに? 」
「そうそうそれが最初の疑問でしょうね」
「緑子さん…… 」
「ごめんなさい。私は捜査官なの。今、凶悪犯を追っているの。協力して」
「緑子さんが…… 捜査官? 何かの冗談? 」
「間違いや冗談なんかじゃない。正真正銘の捜査官。この地域を担当してるわ」
「改めてよろしくね。三郎さん」
「まさか…… 今夜の夜祭もひょっとして…… 」
「ええ。不審人物がいないか凶悪犯が混じっていないか調べていたの。
まさか堂々と姿を現すとは思わなかったけど」
「いや俺は違う! 俺じゃない信じてくれ! 」
「分かってるって。偶然会ったのよ。あなたと間違えて」
「夜祭に来ていた? 」
首を縦に振る。
「じゃあまさか…… 俺たちの関係も…… 」
、ごめんなさい。あなたを利用しただけ」
あっさり告白。
三郎は絶句。
「そんな…… 」
「無駄話はこれまで。探しているんでしょう? のぞみって子をさ」
「ああ。でもどこにも見当たらないんだ! 」
「私も一緒に探すから」
三郎に協力することに。
「ねえ。今夜のこと。夜祭のことは謝るよ。だからお願いだ。またやり直そう」
「いえ謝る必要はない! 私がすべて悪い! 三郎さんの優しさに甘えてしまった。こちらこそごめんなさい」
「ではもう一度…… 」
「それとこれとは別」
「でも相手がいないんだろ? 」
「失礼ね! 怪しまれないようにあなたを利用しただけ。本当なら地元の男の子でも良かった。
でもそれだと気づかれる恐れがあるからあなたを選んだの。まあ取り越し苦労だったみたいだけど」
実際は最近別れており相手などいないのだが。素直になれない。
三郎さんはもちろん良い人で、男らしい一面もある。
でもやっぱり臭い男は苦手。
あの男に少し似ている。
いえ誤解を恐れずに言えば同じ匂いがする。
だからさっきまでなら三郎さんも悪くないなあって思っていた。
でもあの男のせいで無理。絶対に無理になってしまった。
どうしても恐怖を感じる。だからこのまま別れた方がいい。
いくら強く言われても断るしかない。
「三郎さん。残念だけど私との関係はなかったことにして」
「でもそんな…… 緑子さん…… 」
「諦めて仕事だったのよ」
三郎は意気消沈。
やる気をなくしてしまった。
「ほら元気出して! のぞみさんを探すんでしょう? 」
「うう…… そうだけど…… 」
「しっかり! あの子を助けられるのはあなたしかいないのよ! 」
「どこに行ったか心当たりない? 」
「のぞみの奴俺を探しに行ったんだ」
「ここに来てから二人で行った場所は? 」
「いや旅館以外にはどこにも。すぐに別れたから。あの時俺が…… 」
「ほら元気出して! きっと無事よ」
「でも…… 」
「情けない声を出さないで! 」
「緑子さん…… 」
今はもう信じるしかない。
「ほら呼びかけて! 」
「のぞみ! どこだ? 俺はもう戻ってきたぞ! だからお前も帰って来てくれ! 」
「のぞみ! のぞみ! のぞみ…… 」
「のぞみ君! いたら返事をして! 」
「ダメだこの辺りには居ない」
「よく見るの! あなたはそっち。私はこっちを見るから! 」
懸命に捜索を続けるが手掛かりさえ見つからない。
「のぞみ! 」
「のぞみ! 」
いくら呼びかけても反応はない。
どこへ消えたのだろうか?
最悪の事態が頭をよぎる。
<続>




