不安
逃亡犯をもう少しのところで取り逃がしてしまった。
失態ではあるものの安全を優先した形。
次の手を打つ。
「待ってください! 」
緑子は突然立ち上がり意見を翻す。
「どうした何か問題でもあるのか? 」
「旅館の客に注意を促すのは賛成です。しかしあそこの客はいくらなんでも夜遅くに出回るはずがありません!
夜祭ももう終わった今注意すべきは…… 」
「どうしろと? 」
「急いで帰りの客に注意喚起を行うんです。今この辺りがどれだけ危険か説いて回るんです。そしてなるべく複数で帰るように促すんです。もちろん無理な場合もあります。その時は私たちが付添うようにして回避すべきです」
「無茶を言うなあ。まだ帰る前なら分かるが皆もうとっくに帰ってるぞ。
それに犯人も今失敗したばかりで動くとも思えん」
「たぶん犯人はまた襲うつもりです。夜祭から帰る客を狙っています。それも今夜中に」
「今夜中? まさか…… 」
「この近くでは警戒もするでしょうが離れてしまえば抑えられないはず。
とにかく祭りから帰る客に目を光らせて襲われる前に確保するんです。」
「うむ。いいかもしれない。では旅館の件はまた今度…… 」
「いえ、念のため私が旅館に向かいます。気になることもありますので」
「一人で大丈夫か? また襲われでもしたらどうする? 」
「何を言ってるんですか? 一般人が狙われる前に何とかするんです! 」
「そうか分かった。君に頼もうかな緑子君。いいか決して無理をするな! 何かあったらすぐに連絡するんだぞ」
「そちらも十分警戒してください。奴はもう手負いの獣。
一人とは限りません。二人、三人なら躊躇せず襲ってくるかもしれません。
どちらかと言えば一人で夜道を歩く者は稀かと思います。ですからあらゆる可能性を考えて行動してください」
「うむうむ。分かったよ。これではどちらが上か分からないなあ」
「すいません。つい熱が入ってしまって」
「それくらいがちょうどいい。では任せたぞ! 」
緑子は夜道を歩き出した。
緑子の不安。それは……
まさか私のせいで……
この近くには人が泊まれるような場所はあの旅館しかない。
だから三郎もあそこで一泊するはず。
夜祭の客の大半があの旅館を利用するだろう。
一年に一度の書き入れ時。
夜遅くまで受け入れているはず。
部屋が足りなければ相部屋や雑魚寝もあり得る。
そこに三郎が泊まっている。
彼は無事に着いただろうか?
それだけではない。約束の時間に遅れた彼を心配し少年が無茶をしないとも限らない。あり得ないとは思うが最悪の展開も。
逃亡犯の狙いが無差別である以上その子も標的になり得る。
いや一番狙われやすい。
あの男にまだほんの少しでも人間の心が残っていればいいが。
楽観視はもちろんできない。
緑子はスピードを上げる。
女の子たちの笑い声がする。
急いで声のする方へ。
ふふふ……
見つけた。
薄明りに一瞬だけ照らされた女の子二人組。
どっちがいいかな?
メガネの子もいい。
隣の派手な子もいい。
そそるぜ。
年は俺と同じぐらいか? いや少し上か。
まあいい。こいつらに決まりだ。
はあはあ
はあはは
抑えきれない。
話しかけてみるか?
いやダメだ。こんな汚い格好では嫌がられる。
臭いにも敏感だろう。
大声を出されては困る。
慎重に慎重に。
後ろから近づく。
そして隙を見て前に回る。
後はこのナイフで仕留めればいい。
気付いた時が最後。
大声を出す暇も無く崩れ落ちる。
そしてもう一人。
恐怖で声も出せない中優しく口を塞ぎ最後の仕上げにかかる。
よしシュミレーションはこれで完璧だ。
さあ行くぞ!
もう誰も俺を止められない。
「おい! 」
男が大声で近づいてくる。
これはまずい。また失敗か?
仕方なく暗闇に隠れる。
彼女たちは姉妹なのかそれとも隣近所なのか? 父親らしき男が心配そうに駆け寄る。
「遅いぞ! 心配させるな! 」
くそ! 邪魔をしやがって! せっかくの獲物をみすみす逃してなるものか!
「祭りはどうだった? 楽しかったか? そうかそうか 」
どうする? もう面倒だ。この男も一緒にやっちまうか?
「早く入りなさい! 」
せっかくのチャンス。逃してなるものか!
「うおおおお! 」
もう止まらない。
男に気付かれた。
「今晩は。祭りの帰りですか? 」
男は笑顔で挨拶をする。
何の疑いも持っていないようだ。ただ祭りではしゃぎ過ぎたおかしな奴だと思われたのかもしれない。
それはそれでカモフラージュになったか。
会釈だけして横を通り過ぎる。
振り返り様子を窺う。
ダメだもう三人とも家に入ってしまった。
惜しい! 俺としたことが! もうあと一歩だと言うのに!
今日は厄日だ。御祓いでもしてもらうか?
あの女にも逃げられるし今度も失敗だ。
ああイライラする。
なぜなんだ? どうも最近おかしい。
ターゲットを見つけてもなかなか上手く行かない。
それどころか理由をつけて襲うのをためらっている。
体がこんなに欲しているのに心はそうではないらしい。
タイミングの問題でもない。
選り好みの問題でもない。
明らかに心が拒絶し始めている。
どうしちまったんだ俺?
おかしくなっちまったか?
いや違う!
元々こんなこと望んでいなかった。
あれは確か……
決定的な出来事。
あれさえなければ俺は俺は……
<続>




