世界は百人でできている
いつでも患者に寄りそう。話を聞き適切な処置を施す。
当たり前にこなしているように見えるが相当神経を使う。
急に興奮する患者もいるのだ。抑えたり宥めたりと一苦労。
患者だけでなく医師も大変なストレスだ。
患者を刺激せず肯定するのも仕事の一つ。
患者と医者の信頼関係を築くのがいかに大変か。
デリケートな問題も含んでいる。
簡単には行かないし時間も要する。
コントロールを失えば自分に返ってくる。
それが現実だ。
休憩を挟み話を再開させる。
「仕方がない。では考え方を変えてみよう」
「本当のところ人は誰も君を見ていない。君も誰も見えていない。あくまで見えているように勝手に脳が認識しているだけなんだ」
「はい?どう言うことでしょう? 」
「難しいね。よし思い切ってこう考えてみたらどうだい。世界は百人しかいない」
「百人? この世界には人が百人ぽっちしかいない? 俺はそこまで馬鹿じゃない! 」
「おいおい。信じないのかい? まあ仮定の話だからそれは自由だ。でも君は百人もどうやって確認する? 」
「いや、だって…… 数えればいい…… 」
「普通わね。でも君はどうだい? 」
「俺には無理だ。認識できない! 」
「いやそうじゃない! 残念だけど誰にもできないんだ」
「ええっ? 誰にも? 」
「驚いたかな? でもそれが真実なんだ」
ドクターはなおも続ける。
「君の学校には人が百人以上存在するね? 」
「ああ。そうだ。それだけでも否定できるじゃないか! 」
「それは無理だ! 」
「医師が嘘を言うのか? 信じられない! 」
「聞いてくれ。君が認識するのは数だけだ」
「数だけ…… ? 」
「君に友達は百人いるかい? 」 。
「いや…… いない」
「そうだろ。人がいるように思えるのは錯覚だ」
「君がよく会う人物。クラスメイトに先生。家族に近所の人。
大体そんなものだろ。彼らは確かに存在する。だがそれ以外の人物は存在しない」
「嘘だ! 」
「残念だがそれが真実だ。全ては思い込みだ。
前回話しただろ。
君の関わっている者以外が存在したとしてそれがなぜたくさんいると思う?
一人かもしれないし。二人かもしれない。多くても十人かもしれない」
「先生…… 」
「結局誰も確かめることはできない。君はもちろん。私だって。いや他の誰であろうと」
「でも…… 」
「教科書に書いてあったかい? 」
「ええ。常識です」
「あれは何年も前の統計だ。今が確実にそうだと言えるかな? 」
「俺には…… 分からない…… 」
「もうこの世界の人口は百人を切ってしまった。
もちろん人に変わる何者かは存在するだろうがね」
「何者? 」
「おっと…… これ以上は秘密だ」
「先生…… 俺…… 」
「君が発症したのも何か意味があるかもしれないね」
「でも俺も世界を知りたい! 世界は本当に百人以上いるのかいないのか」
「うん。その意気だ」
「君の症状が良くなればそのうち自分の目で確かめられるさ。その時までにこの世界が残っていればだがね」
「おっともうそろそろ時間のようだ。
今日は刺激が強すぎたかな。いいかい。今日のことはきれいさっぱり忘れるんだよ? いいね? 」
「先生…… 」
「あくまで仮定の話。分かったね? 」
何が分かったのか頭がぼっとして理解できなかった。
まあいいか。どうだって。
もう少しのところで奴を取り逃がしてしまった。
襲われた緑子の精神状態が気になる。
「大丈夫かい? 」
「ええ。これくらいどってことないです」
肉とパンを頬張る緑子。
とてもうら若き乙女の見せる姿ではない。
「実は怪しまれないように甘い物好きって言ってたらあの男ロクな食い物を持ってこないんだから。
やっぱり夜祭デートにがつがつしていたら嫌われるわよね」
「それはご苦労さま」
「もういいかい? 」
「はい。おかげさまで体力も回復しました」
「あの…… 我々はお食事係ではない。それは分かっているね? 」
「そうだ! 暗くてよく見えませんでしたが声に特徴が。
何か気持ち悪かったな。ボソボソとつぶやく感じで。
あれでは女性は寄ってこないでしょう」
「そうか。うん。面白い。他には? 」
「無我夢中でそれ以外は…… ああ…… 」
「何だ言ってみろ? 」
「物凄く臭かったんです。近寄ると臭ってくるって言うか。何とも言えない独特な臭い。あれはもう何日もお風呂に入っていないと思います。服も着替えていない」
「臭いに特徴ありと」
部下がメモを取る。
「ええっと…… 他には? どこに向かうとか? 」
「そこまでは聞いていません」
話はここまで。次の作戦に移る。
やはり一番犯人を見ている緑子君を使うべきだろう。
「いいかい。緑子捜査官? 君がこの辺りことに詳しい。犯人とも接触した。
ぜひ君に導いてもらいたいのだができるか? 」
「もちろん。喜んで! 」
「疲れもあるだろうが頑張ってくれ! 」
「はいお任せください」
夜遅くの訪問は取りやめ逃亡犯の行方を追うことに。
「緑子君。君が逃亡犯ならどう動く」
「そうですね。やっぱり山に隠れるんじゃないですか」
「山の方にもう向かっていると見ていいと思います」
「うむ。それは私も同意見だ」
「近くに旅館がありました。今夜はそこに忍び込むつもりかもしれません」
「おおそれならもうすでに行って来たぞ」
「早いですね」
「ああ。抜かりはない」
若女将にもう一度話を聞くとするか。
<続>




