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過去

難を逃れた緑子。

絶体絶命のピンチをどうにか切り抜けた。

それに引き換えあと一歩のところで邪魔が入り仕留めそこなった男。


あああ!

うおおお!

くそ!

もう少しだったのによ! 

くそ! くそ! くそ!

ああ。それにしてももったいない! 完璧だったのに。

まさか警察の罠だとは思わなかった。

あの女覚えてろよ! 後でたっぷり礼をさせてもらうぞ。

ふっふふふ…… はっははは……


いや待て…… そうじゃない。

冷静に冷静に。

何も彼女をターゲットにする必要はない。自分の首を絞めるようなものだ。

彼女は諦めよう。

もっといくらでもいるじゃないか。

ほら聞こえる。こちらに向かってくる足音。

どうやら夜祭も終わったようだ。

ちょうどいい。狩り時だ。

さあ早く来い!

わっははは!

闇に身を潜める。


慎重に慎重に。また考えもなしに動こうとした。やはりここは自重すべきだ。

今ここで下手に動けば奴らに気付かれてしまう。

待つのも悪くない。

しかし…… どうすべきだ?

失敗が続いている。

俺はどうしちまったのだろう?

迷いがある?

いやただ単純に疲れたのかもしれない。

もう十分じゃないのか?

ダメだ! ダメだ!

いつからこうなっちまったんだ?

俺はこんなにも殺戮を好む人間だったか?

いやもう止められない。もう遅いのだ。

確かあの時……


「どうしても人がくっ付くんです。どうしたらいいでしょう先生? 」

ドクターとの会話を思い出した。

「君は人間がくっ付いてしまうって言ったね。ならば物ではどうだろう? 」

「物ですか? さあ…… 」

「ここにペンがある。これを一本ずつ増やしていく。何かおかしいなと思ったら言ってくれ」

「それでは開始」

ドクターは缶からペンを一本ずつ取り出していく。

「どうだい? 何か反応は? 」

「正常です」

二本三本と並べる。

「特には…… 」

五本六本。

「全然」

十本。

「いえ」

「最後だ」

全てを並べる。

「ええっとまったく問題ありません」

「やはりそうか。物では起きえないか」

「ええ? 」

「これはね。動かないからなんだよ」

「まったく分かりません」

「とにかく実験は成功のようだ。君は動く物体には反応するが動かないペンなどには影響されない」

「いえ。ですから初めから人のみですよ」

「私もそう思う。でもすべての可能性を見るべきだし悪化していることもあり得るからね」

「先生! 」

「人間はダメで物ならいい。うんうん。あまり無理するな」

「分かるようにお願いします」

「とにかく人以外で反応するのかしないのかは重要なんだ」

「人以外…… うーん。そう言われてもなあ…… 」

「いやいや。余裕を持つことも大切だよ。物ならいいのだからね。気楽に。気楽に」

「物ならいいか…… 」

「それは人間が常に動き続けているからだ。その不安から来ているのかもしれない。

逆に人間は動き続けなければ不安なのだ」

「はああ……? 」

「気休め程度だがどうだろう? 」

「まったく理解できません」


「よしではこう考えるといい」

「ここに人がいるとしよう。すぐに姿を消す。

では次に新しい人がやってくる。

これは二人目かもしれないしそうではないかもしれない。

また新しい人がやってくる。

それは最初の人物かもしれないし二番目の人物かもしれない」

「いくらなんでもそれは無理があります」

「四人目が現れたとしよう。それは今までの者の誰かかもしれない」

「滅茶苦茶ですよ」

「そうかなあ。違うのかな? 違うなんてどうして言い切れる? 」

「格好が違うでしょう」

「変装してるかもしれない」

「身長が違う! 」

「ブーツや屈むことで調整は可能だよ」

「年齢が違う! 」

「おいおい。それも服装を変えれば分かるはずがない。分かってるのかい? 初対面なんだよ」

「性別が違う! 」

「今の時代は性別は問えなくなっている」

「いいかい。君の病気を治すためにはいろいろ試す必要がある」

「でも…… 」

「すぐには良くならない。それは分かるね? 」

「はい。俺はどうすれば…… 」

「ゆっくりでいい。二人で考えて行こう」


ある日の診察。

「今日は面白いことをしよう」

「面白いこと? 」

「世界を考えるんだ」

「世界ですか? 」

「そうだ」

「この地図を見てくれ」

大きな地図を広げる。

「これが何か? 」

「ここがどこか分かるかな? 」

「あのですね。俺はガキじゃないんですが」

「いいからいいから」


うう……

地理は大の苦手。

これと言って得意な科目はないが頭が痛くなる理科と数学はついていけないし社会も面白くない。

「大丈夫か君? 」

「試験に出るんですか? 」

「いや出ないと思うよ」

「なら良かった」

「まさか君の症状の原因は勉強に関係あるのかい? 」

「それは無いと思います。小学生の頃は上位の方でしたから」

「勉強は関係ないと。よろしいでは答えは? 」

「分かりません」

「うん。正解だ」

「ええっ? 」

「この地図は私が適当に作った物なんだ。だから分かるはずもない。

君は分かろうとし過ぎなんだ。どうしても意識してしまう。

だから無駄な力を抜きなさい。

この地図が実際には存在しないように君のその症状も幻覚でしかないんだ」

「でもやっぱり…… 俺には無理だ」

いくら幻覚だとしても常にまとわりつくのだ。

嫌で嫌で仕方がない。

なぜ俺の気持ちを理解してくれないんだ!


                   <続>

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