明日、目を覚まさないで
ベッドの上でいびきをかく男。
私はそいつを見下ろして、ため息をつく。
夕食に呑ませたクスリ。
酒に混ぜたら気づきもしなかった。
これが効けばこの男はもう目を覚まさない。
これで終わりにして欲しい。
もうこれ以上、こんな生活を続けるのはごめんだ。
私はリビングに戻って食器を片付ける。
一つ一つ丁寧に洗って、水切りラックに。
脱衣場で服を脱いだら身体も洗わずに浴槽へ。
肩までお湯につかって、ゆっくりと背伸びをする。
こんなにゆっくりできたのは久しぶり。
それにしてもいい気分。
開放感がすごい。
もうアイツの相手をしなくて済むのだ。
最初は違和感を覚えるだけだった。
でも、その違和感が次第に確信へと変わっていって、私の中であの男に向ける感情が嫌悪一色になる。
とてつもなく大きな嫌悪感だった。拭ってもぬぐい切れないほど、大きな。
それからは毎日が憂鬱だった。
家にいたら、必ずあの男が帰って来る。
いなかったら、いなかったで、探し出して連れ戻される。
夜になったら……嫌だといっても拒否できなかった。
あの男はよく笑った。
テレビで下らないお笑い番組を見て笑った。
スマホで何か見て笑った。
知らない誰かとやり取りをしながらニヤニヤ笑っていた。
誰と話しているのと聞いても教えてくれない。
お前には関係ないことだと言って相手にされない。
そして……スマホを眺めながらまた笑う。
お腹の子が死んで、私がさめざめと泣いている時も、あの男は笑っていた。
ずっと、ずっと、笑っていた。
お風呂から上がって下着姿のままテレビをつける。
あの男がいたら、こんな風にはできない。
バラエティ番組では若い女の子たちが楽しそうにお喋りをしている。
ちょっとうらやましいなと思っていたら、司会の中年男性が下ネタを言い始めたので、思わずチャンネルを変えた。
ニュースが報道されていた。
殺人事件が起こったみたいだ。
女の人が付き合っていた男の人を刺し殺したらしい。
どこでも似たようなことが起こっているものである。
私はあの男が買ってくれたパジャマに着替え、寝室へと向かう。
男の隣で横になり、じっと顔を見つめる。
もうこれでお別れだね。
私がそう心の中でつぶやくと、男は瞼をぴくぴくと動かす。
まだ……死んでないのかな。
あの薬は本当に効くのだろうか?
もし効果がなかったら、また同じような毎日がまた始まる。
こいつのために料理を作って、洗濯をして、掃除機をかけて……何度も何度も繰り返してきた、うんざりするような日々。
もう終わりにしたい。
死にたくなるくらいに絶望しかない日常を終わらせたい。
だから……お願い。
明日、目を覚まさないで。
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『次のニュースです。
○○市△△の住宅で、会社員の××さん(42)が、
血を吐いて倒れているのが見つかりました。
同居する娘から話を聞いたところ殺害を自供したため、
駆けつけた警察官が身柄を確保し、詳しい事情を聞いています。
――次のニュースです』