屋上と恋と友情と
「よし。みんないるな~」
担任も今日は特に仕事がないからか、浮かれているように見えた。
「じゃあ、適当に頑張ってくれや。あと、ケガだけはしないでよ~」
はい、解散。と言って先生は教室から姿を消してしまう。
もう教室はお化け屋敷の準備がされているので、廊下での簡易的なホームルームになっていた。ほかのクラスも同様に、廊下で行っている
「じゃあ、今日はお客さんが来ないからと言って、気を抜かないように!何かあったら私か洸祐のラインに連絡をよこしなさい!」
「「はーい」」
「じゃあシフトの人は入って。それ以外の人は自由行動で。解散!」
皆、思い思いの方向へと向かう。シフトの人たちは、中に入って、奇妙な仮面をつけたり、血糊にまみれたような衣装に着替えるはずだ。そしてラジオカセットに入った不吉な音楽を流し、間接照明的に赤色LEDW歩発行させる。俺と藍子も、門の設営が終わった昨日、少し体験させてもらったが、これは結構自信作だと思う。みんなが鼻高々になっているのにもうなずくことができる。
「じゃあ行くか。どっか行きたいところはあるか?」
「とりあえず、洸祐は方向音痴だから、私についてきなさい」
「へいへい」
俺はとことん信用されていないらしい。
というわけで、俺は藍子の後をついていくことにした。
文化祭実行委員で同じ部活動だからという理由で、俺と藍子は一緒にいても特に噂になるようなことはほとんどなかった。だが、この文化祭という場所は異様な空気に包まれていて、ただ二人で歩いているというだけで、『そういう』風にみられてしまう、という場が成立しつつあった。とてもむず痒い気持ちだ。
そして藍子に連れられているだけなんだ、俺は、という風に言い聞かせながらたどり着いたのは、カフェの教室だった。
「いらっしゃいませ~。って、いつぞやの、お兄ちゃんじゃねえか」
出迎えたのは大男。筋骨隆々の男だった。そしてその隣には、
「レイ……」
メイド服に身を包んだ、レイがそこにはいた。
「私は、適当にぶらついているから」
藍子ははじめからこれが狙いだったのだろう。
俺もレイも、思い当たる節が多くて、言葉に詰まる。でもここには脳みそまで筋肉でできている男がいるのでなおさら厄介だった。
「どうした? 腕相撲でもするのか? そんなににらみ合って」
別ににらんでいるつもりはなかったのだが……。とレイも思ったことだろう。いつものさわやかな笑顔がレイの顔に戻り、
「少し、出ますね。よろしくお願いします」
とメイド服をさらっと脱いで、場所を変えよう、ということらしかった。
***
藍子が言っていた通り、今日は屋上が解放されているらしい。屋上へと続くドアをひねってみると、鍵が開いていた。
屋上には人がいなくて、俺たちが一番乗り、ということらしかった。
レイはドアのカギを屋上側から閉めてしまう。「あまり聞かれたくないので」ということらしかった。
風がぬるくて、あまり気持ちがいいとは言えなかったがそれでもこうして空を独り占めすることができているような気持というのは悪くはない。
「まずは、僕から、謝りたいと思います」
何てレイがいうもんだから、俺はそれを制止する。
「いや、俺から謝らせてくれ。連絡無視してごめん。それで……」
藍子と俺のこと。それを言おうとしたけれど、なかなか言葉が出てきてくれそうにない。
でも、きちんと言葉にしなければならないと思って、たどたどしく続ける。
「俺は、藍子のことが好きだなんて、思っていなかった。だから、お前が藍子のことを好きだといったとき、別に何とも思わなかったんだ。これは本当だ。
「だけど、恋とか、そういうところじゃなくて、俺は藍子のことを大切に思ってる。だから……」
俺はレイに言っていたのか、それとも自分に言い聞かせていたのか。
レイは、俺の胸倉をつかむ。
屋上だ。俺の胸くらいまでの柵が張り巡らされているけれど、俺はレイにたたきつけられるようにして、宙に浮いていた。
「そうやって……いつまで逃げるつもりですか……!」
レイの目には涙。目が赤く充血しているし、呼吸も荒かった。
「一番近くにいながら……僕の一番欲しいものを、さもいらないなんて顔をして……それでいて、藍子さんが自分に好意を向けているとわかった瞬間に、今更ながらに気づいたなんて適当なことを言って。馬鹿にするのも大概にしてください!!!!!!」
苦しい。けれど、そんなことがそうでもよくなるくらいに、俺は言葉を吐きたくてたまらなかった。
「うるせえな! お前が藍子のことを好きなのはよーくわかったよ。だけどな、お前はたかが数か月の藍子だけじゃねえか。幼少期に会ってる?そんなこと知ったこっちゃねえんだよ。ただ、顔が好みとか、体が好みとか、それだけの薄っぺらなもんだろうが、お前の『恋』はよお!」
「何も知らないってのはいいですね……!藍子さんの気持ちなんて知りっこないくせに……!」
レイは俺のことを殴ろうとする。俺よりも身長が高い彼のことだから、このまま降ろされない状態では何も抵抗ができそうにない。
俺は早くも後悔をしていた。俺はきっと取り返しのつかないことをしてしまったんだと。
俺は目を瞑る。来るべき痛みを、なるべくしっかりと味わうために。この痛みを忘れないように。
けれど、いつまでたっても痛みは訪れてくれない。
代わりにガチャリと屋上のドアが開けられた。
ここのカギを持っているのは生徒会と職員だけのはずだが。
そうか。ここが開いているのは生徒会の計らいだったわけか。
恋先輩がこっちにやってくる。
レイを俺から引きはがし、先輩は俺の顔を平手打ちした。
「……馬鹿者」
恋先輩は、レイと一緒に屋上から去ってしまう。
俺は一人屋上に残された。
「俺は一体、どこまで屑なんだろうな」