しかめつら
れいくんへ
わたしれいくんみたいなおもしろいひとすきいつもぬいぐるみかってくれるところすきおよめさんになってあげてもいいよこれからもよろしくね
らんこより
ぜんぶ平仮名で書かれているし、改行もされていないから読みにくいことこの上ない文章になっていたが……なんとも短絡的で愛が重い文章なことか。
幼稚園のころからこれほどに一応意味の通る文章を書ければ大したものだとは思うが。
「そうなんですよ。これ、藍子さんからのラブレターなんです。僕はこれを10年間肌身離さず……」
あれ、泣いてねこいつ。
というか変態という言葉を危うく撤回しかけた俺だが、やはりこいつにはこの2文字が必要だったか。肌身離さずはとうに常人の理解の範疇を超えているだろう。
「で、高校で出会ったから、追いかける形であの部活に入ったってことか」
あの、なんて言ってしまった。
まあ、俺はいまだに話半分だと思っているからな仕方のないことかもしれないが。
「それは少し違います。あくまでこの手紙は手紙として大切に思っていました。ですが、僕は彼女とこの「らんこ」ちゃんが同じだとは思っていなかったんですよ」
初恋の人は「らんこ」というほとんど見ず知らずの女の子で。そして2度目の恋は高校の入学式での一目ぼれ。ということなのだそうだ。だから、初恋の人だと気づいて好きになったのではなく、初恋の人と一目ぼれした人がたまたま一致したというだけなのだと。
あまりこんな歯が浮くような言葉を使いたくないのだけれど。
「運命みたいだな」
と感想を述べずにいられなかった。
「でも初めてあった時、『初めて彼女を見たとき』って言っていたけど、あれはどういうことなんだ?」
あの時も運命なんて気障な言葉を使っていた様な気がするが。
「僕がこの奇跡に気づいたのはつい昨日の事なんですよ。まさか10年前の思い出が今に顔を出してくるなんて普通は考えませんからね。「らんこ」さんと「藍子」さんは違うと思っていたんです。同姓同名でそう思うのも変な話ですけどね。」
なんて彼は自嘲気味に気づけなかった自分を悔いているように話していたが、俺はなんとなくわかるという気がしていた。
いつもテレビで見ている女優さんが実はそこら辺のショッピングモールに来ていると聞いたとしても、いまいち実感がわかずに、初めて姿を目にして、声をきいたとしても、実感がわかないのと同じようなことだろうか。
つい最近そんなことがあったので、例えてみたが、少し違うかもしれないな。やめておこう。ちなみに見に行った芸能人は、浅葱しょうこという女優だった。奇麗だった。
「じゃあ、どういうきっかけで気づいたんだ?」
「ああ、それはですね。少し前の話に戻るんですけどね。僕の家には時代錯誤な召使いさんっていう職業の方がいるんですよ。部屋の掃除とかをやってくださる所謂メイドさんと同じです。僕と一緒に部屋を掃除してくれたのは僕と同じ年のサキさんです。僕専属のメイドさんです。」
「そのサキさんがきっかけになったのか?」
「そうですね。僕が昔の女の子の話をよくするもんだから、同姓同名だということを言ったら、『それ同じ人じゃないですか』ってちょっと切れ気味に言われたんです。」
――俺が同じ立場だったら、俺も同じようにいらいらしていたかもしれない。主にご主人の勘の悪さというか察しの悪さに。
「僕は驚きましたよ。いえ。本当は初めから気づいていたのかもしれません―――なんてカッコよく、意味ありげに推察できたらよかったんですけれどね。ほんとのほんと。僕は初めてその時に「らんこ」さんと「藍子」さんが繋がったんですよ」
これはなんといえばいいのだろうか。
運命とも違うような気がするし、はたまた偶然と呼ぶにはいささか気持ちが悪いような気がする。
奇跡というにはやや大仰な気もするし、これまたよくある話だとは言い切れないだろう。
ただ一つ言えることは。
俺はこの話を聞いている時、きっと優しい顔はできていなかっただろうということだ。