藍子とレイの話
「藍子さん。食べないんですか?」
並べられた屋台飯に藍子は興味を示さない。ただ、洸祐と恋が行ってしまった後も、空をぼうと眺めているばかりだった。
「りんご飴。お好きなんでしょう? 」
「そうね。好きだったわ。」
好きだった。藍子はりんご飴を見ながらそういった。
「僕から藍子さんに話があるので、二人には席を外してもらったんです。二人きりになりたくて」
「………」
周りは帰り支度を始めている。こうして動いていないのは藍子とレイだけだった。ここだけ時間が止まっているようにも思えた。
「こうやって、手紙をしたためてきたんですけど、こんな紙切れじゃダメですね。不安になってしまいます。ただ、こうして言葉に出すのも不安なんですけどね」
乾いた笑い。藍子は動じないようだった。レイは藍子に向き直る。もてあそんでいた手をしっかりと足の上にのせる。育ちがいいことがよくかわかるきれいな佇まいだった。藍子もさすがにレイに向き直る。
「僕は……あなたのことが好きです。藍子さん。あなたのことだけが。」
レイは震える手を隠すように重ねる。震える唇を悟られないように、言葉を紡ぐ。
「僕はあなたの隣にいたい。そしてあなたの夢を支えたい。洸祐さんにはできないことです。政界にパイプがある僕にしか」
卑怯な気はしていた。だけれど、仕方がなかった。それほどにこれは激情といえるもので止められない濁流のような感情だったからだ。
「だから、僕があなたの隣にいるための権利が欲しい。どうか、この手を握ってくれませんか」
レイは手を差し出す。そこでやっと自分の手が震えていることがよく分かった。歯が浮くようなセリフなんて洸祐さんならいうんだろうな。なんてことをレイは考えて、静かに口角が上がる。
「一つ、私からも話があるわ」
藍子は「顔を上げて」とレイに促す。肩透かしを食らったレイは、不完全燃焼のまま、顔を上げる。その顔には少し涙が見えたかもしれない。
「私は――」
藍子は「話」を始める。
レイの表情が驚愕に染まる。そしてそれはレイの言葉の続きを、藍子の答えを、聞けないことを示していた。
「そう……ですか」
レイは差し出していた右手を握る。そこには悔しいとか、悲しいとかそういった感情はなかった。もっと早く言ってくれればよかったというほんの少しの怒りと、寂寥感がその指を白く染めていた。




