これからのこと。心、蚊帳の外。
「洸祐はさ、これからのこと、どう考えてる?」
藍子はおもむろにそういった。手でりんご飴の残骸をもてあそびながら、少し遠くに広がる喧騒を見つめながら。
「なんだよいきなり。これからって、とりあえずレイと恋先輩と合流して……」
「違う。そんなすぐ後のことじゃなくて、もっと先のこと。五年とか十年とか。大人になった時のこと」
「大人ねえ……」
存分に子供を全うできたとも思えないし、だからと言って自分は大人なのだと言い張るのも違う気がする。まだ高校一年。俺はそう思うが藍子はきっと、「もう」高校一年生になってしまった。なんて思うんだろうな。
「俺はそんな先のこと考えられないよ。明日の天気とか、次の試験とか、そんな向こう一か月程度のことしか考えていない気がする」
「そうね。でもそれは言い過ぎよ。一か月後が見えているなら、定期試験もっといい順位が取れるはずだもの」
「たしかにな。一位様に言われちゃあしょうがないな」
目の前の明るさに目を細めたくなった。喧騒が遠のいていく。周りの静寂がやけにうっとうしいと思う。
「私は、先のこと、考えているつもり。これからずっと一位をとり続けて、生徒会長になって、推薦でも、一般でもいいから大学に合格して。それで政治家の側近になって、後ろ盾を持ちながら候補者になって、当選する。それで……」
夢。藍子がしきりに言ってきた夢。何なら俺たちが所属している部活動の名前にもなっている「総理大臣になる」という夢。彼女にはそれをかなえる未来が見えているのだろう。
これは俺がなんの夢も持たないからなのかもしれないが、藍子の夢はとてもきれいで、何にもけがされていないという無垢さがあるように思う。もしかしたら俺が夢を持てないのは、未来の汚さに嫌気がさしているからかもしれない。
「……総理大臣になるの。一番になって、この国を、よりよくしていくの。洸祐は私がそうやって一番になってるとき、どうしてるんだろうね」
ふっと笑う藍子。別に侮辱の意味合いは全くなく、ニヒルな笑みだった。夢を語っているというのに、どこかそこに似つかない諦めの香りが漂ってくる。
「俺は、きっと、しがない会社員になって、自分が何のために働いているのかよくわからないままに日々を過ごしていくと思うよ。で、藍子が活躍しているのを見ながら、酒でも飲むんだよ。仕事終わりの居酒屋とか、暗い一人暮らしの部屋とかでな」
きっとそうだ。歯車になって、社会の一員になって、そのまま生きていくことに必死に仕事をしていく。そこそこの人生を送っていく。
でも、俺がそう言って夢のないことを言うと、藍子は難しい顔をする。
俺はよく考える。もし、俺とこいつが幼馴染じゃなかったら、どうなっていたのだろう、と。
答えはいつも同じ。きっとどうもなっていなかった。
俺にとってしたら、夢を持って、それに突き進んでいる、学年一位のかわいい女でしかなくて、藍子にとっての俺は、勉強ができない、帰宅部の冴えない野郎というだけのことだ。きっと。
こうやって、夢を持つ、持っていないという違いしかない二人なのだ。こうして相容れることなんてないだろう。そういう風に俺はいつも思う。
「洸祐は、それでいいの?」
それ。そこにきっと俺は少しイラついたのだろう。思わず声が強くなる。
「いいさ。いいんだ。それにみんなそうだろう?ほとんどがそうやって無気力に日々を過ごしていくんだ。俺の両親だって、よく『仕事は暇つぶし』なんて言ってやがる。そういうもんじゃないのか?」
そうだ。そういうものだろう。
「………みんなって誰よ」
りんご飴のフィルムがクシャっと音を立てる。いつの間にか、喧騒がもっと遠くになった。
「そうやって、いつも無気力でいて。それって結局自分を守りたい、傷つきたくないってだけでしょう?昔は違かったじゃない。私と洸祐は、反対だった……」
そうかもしれない。だけど、俺は俺を信用できない。
「私は絶対に総理大臣になるわ。それで洸祐には……一人でまずい酒を飲ましてやるわ。後悔と、嫉妬と、羨望にまみれた最悪の酒を」
「そうかい。楽しみにしてるよ」
洸祐には……。と藍子は言葉に詰まった。俺はそこに淡い期待を抱いてしまった。そうだ。俺はこの醜い部分が嫌いなんだ。自分の意義を奪われたような気がして、吐き気がする。
はは。暗い話になっちまったな。なんて思いながら、沈黙の時間が流れた。
いつの間にか暗闇はその暗さを増して、吸い込まれそうな夜空だった。喧騒は近くに聞こえてくる。様々な暖色の明かり、足元が鳴らすからからと乾いた音。焼きそばの香ばしい香り。
すると、皆が、一斉に立ち止まったのが見えた。顔が向かう方向を見る。
一瞬、視界が色彩に彩られた。鼓膜は音で遮られ、衝撃は体に伝わる。
拍手が上がっていた。ああ、確かにこの時間に花火が打ち上げられるって言っていたな。
藍子も俺と同じ空を見ていた。奇しくも、反対な俺たちが、だ。滑稽だな、なんて暗いことを言ってみたい気分だったが、無粋かもしれない。
そんな、裏返しの気持ちもひっくるめて、この花火は吹き飛ばしてくれそうだった。