りんご飴は絶対に部屋で食べたくない
「ここなら腰を落ち着けて食べれるわね」
まぎれもないりんご飴ガチ勢の藍子。こうして静かなところに行きたかったのは、何もあんなことやこんなことをするためではなく、ただ味に集中したいと言うことらしかった。なんだそれ、味集中スペースが飛鳥なのか?りんご飴ごときで。
なんてりんご飴を馬鹿にしたからか、パリッとした赤い飴の部分が落ちてしまった。
「あーあ。そこが一番おいしいところなのに」
りんご飴の頭の部分。作る際に立てることにより飴が少し多くなった傘のような部分。藍子はそこをパリッとかじり、口の中で転がしていた。
「ところで、その『伝説』は見つかったのか?」
「愚問ね。そんなの見つかっていないに決まっているじゃない。もし見つかっていたら、あんたみたいなミーハーにわかりんご飴オタクなんかには拝ませないわよ。」
「そりゃ、たいそうなもんでございますなあ。」
からかうように俺がいうと、藍子はつっかけを振り下ろそうとしてくる。俺はさすがに学習した。
りんご飴を食べているからか、それとも、動物に好かれる体質なのかはわからないけれど、藍子の周りには鳩が集まっていた。
でも一匹、真っ白でキレイな鳩が紛れていた。
あまり好きではないので、目をそらしていると、ぽぽぽぽと鳴き始めた。
藍子はそんなことを構いもせずにりんご飴に集中していた。
「でもよかったのか?俺に大きいほうのりんご飴を渡しちゃって」
俺のりんご飴は、二つあるうちの大きいほうだった。結構大きいこともあって俺はまだりんごの部分に到達することができない。それくらい大きい、青果店で見るような立派なものだった。
「ああ、まだりんごに達してないからか…まあ、食べてみればわかるわよ」
「へえ。そうかい」
藍子は半分くらい食べ終わっているみたいだった。オーケーサインのわっかのようなサイズのりんごだった。それでも結構遅いほうだと思う。藍子は物を味わって食べるタイプだ。
砂糖しか感じない飴の部分を潜り抜け、俺はとうとう本丸、りんごの部分に到達していた。皮がついているからか、少し表面が硬くて、かじるのに手間取った。少し犬歯を使いながら、やや強引にかじり取るようにりんごに歯を突き立てる。
すると、藍子の言いたいことがわかるのだった。
「うわあ。なんかこのりんごおいしくねえな……」
ジューシーとは言い難い。スカスカという表現が似合うような触感だった。別に腐っているわけではなかったのだけれど、どこか果実ではなく、野菜といったほうが正しいような、そんな嫌なりんごだった。
「正直こうしてコーティングしていれば、わからないからね。大きいりんご飴はあたりももちろんあるけれど、それみたいにあんまりおいしくない場合がほとんどね。小さい場合でも同じことは起こるけれど」
だから、私はあたりで、洸祐ははずれ。
ベーと、りんご飴で赤くなった舌を出して、からかう藍子。
誰もいないこのベンチ。少し鳩っていう見物客がいるけれど。
なんだか、昔の何も考えなくって良かった、今がすべてだったあの時間を取り戻せた気がして、俺は無性に叫びだしたい衝動に駆られた。