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少女ネイビーとシャングリラ  作者: オカダ倭
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服を脱いでください

俺たちの当分の目標とやらは『生徒会に潜入すること』になったわけだが。そして俺の目の前で楽しそうにホワイトボードに『今後のミラクル生徒会大作戦』なんて書いている幼馴染に俺は言わなきゃいけないような気がしていた。

そう。

「生徒会ってそんなに権力無くね?」

と。

例えば、生徒会には絶対的な権力があって、屋上の占有権があるだとか、先生とずぶずぶの関係であるから、理科実験室のコーヒーを拝借できるとか、はたまた不良生徒に警告をするとか。

そんな権力がある強大な『生徒会』ってやつはあくまでフィクションなのであって、現実にあるわけがないのだ。(あったら、何が何でも俺は生徒会に入っている)

だが、目の前の嬉々とした幼馴染はそんなことを知らないようだった。いや、知っているのにもかかわらず見て見ぬふりをしているようにすら思えた。本当のところはわからないのだが。

「藍子さんはどの役職を希望しているんですか?」

レイは紅茶を啜りながらそのホワイトボードを見ていった。――どこから持ってきたんだそのコペンハーゲン。結構茶葉もいいやつなんじゃないか?

藍子のペンが止まった。

ずんずんと紅茶をたしなむレイの前に立ちはだかる藍子。

「レイ君」

「はい」

ただならぬ気配にレイはコペンハーゲンを音もたてずにソーサーに置く。

「私は何になりたいんだっけ?」

「――もちろん総理大臣に。」

「そうよね」

「はい」

え、なんか怖いんだが……。

俺はそのただならぬ気配を察して、どうか俺にその矛先が向かないように、とそっと携帯に視線を落とす。と言っても、充電は切れてしまっているから、真っ暗な画面を見つめるだけだが。

「洸祐。あなたにも聞かなきゃ。私は何になるんだっけ?」

「――首相?」

「…そうとも言うわね」

藍子はホワイトボードに向き直る。

そしてロックを外し……

「私は!もちろん!」

バンッ!と返したホワイトボードを叩く。

「生徒会長になるに決まっているでしょう!」

そこには入念に集中線が書かれた『生徒会長』の文字があった。

お前、これを一生懸命に書いてたのか……。

なんだか拍子抜けした俺だった。


意外や意外。

俺とレイは同じ部活動だというのにも関わらず、ほとんど話したことがないのだった。

それもそうで、まず俺とレイは同じクラスではないし、俺は文型。レイは理系なのでとる授業も少しずつ違っている。だから学校で会うのは今まであの部室だけだったのだ。

まあ、男二人でずっと一緒に居るのも居心地が悪いから、俺としてはそれでもいいと思っていたのだが、彼はそうでもないらしかった。

なんてったって、あいつは俺のことにも興味があるらしいからな。

そんな風に面と向かって言われたのははじめてだったから、俺は少したじろいだ。

「――藍子といつも一緒に居る俺にも興味があるから、服を脱いでほしい……?」

ここは食堂。学食の戦争を勝ち抜け、俺は藍子に絡まれない平和な昼食を取ろうとしていたのに、俺の目の前に座った気障な男はそんな突拍子もないことを言った。拍子抜け。と言ってもいい。

「はい。――といっても別に僕は洸祐さんの裸を性的対象として見ているわけではありません。僕は藍子さんのならば……」

「いい。わかったから。」

なんだかこいつのキャラが俺にはわからん……。気障で変態とか、なんかぶれてんなア。これくらいで変態呼ばわりされるこいつも心外だとは思うが。

「で、なんで?」

「いえ。ちょっと、最近家の掃除をしましてね。その時写真を整理していたら、思い出したことがありまして。」

「へえ。お前みたいなお坊ちゃんでも部屋の掃除くらいはするんだな」

関心関心。総理大臣の家系というか、政治家の子息なのだから相当なお坊ちゃんだと思っていたが存外そんなこともないのかもしれない。

「まあ、少しくらいはしますね。で、一つ質問なんですが――大体5歳くらいのころ。藍子さんとここから数駅の市民プールに行きませんでしたか?」

俺としては、藍子の部屋の掃除を定期的に任されている掃除マスターとして、前者の方が気になるのだが。ん?市民プール?

「5歳くらい…ってことは幼稚園に入る前か。確かに俺と藍子はそのくらいの時はほとんど一緒に行動していたから、市民プールにいったことが……」

あったような。なかったような。

どっちかと言えば、『なかった』とした方が俺としてはとても納得のいく回答だった。原因は藍子ではなく、俺にあるのだが。あれ、を気にしていたあの時の俺は、もしかしたらプールに行くなんてことを嫌がっていたかもしれない。

「――失礼なことだとは承知していますが。昔、手術をしたことがおありで……?左の脇腹に、大体15センチくらいの手術痕がおありではないですか……?」

ああ。

もちろんあるとも。

今となっては白くなっていることや脇の方だということも手伝ってほとんど見えなくなっているが、5歳くらいのころならばとても痛々しい見た目だったことだろう。別に詳しく説明する事柄でもないので端的に言えば、俺は肺の病気になったことがあって、手術をしたことがある。それだけのことだ。

今では、体も成長し、運動も問題ないくらいに恢復している。だが、酷使するようなことはしないように気を付けているが。

でも、ほとんど付き合いが浅いレイがそんなことを知っているはずはなくて……。

ということは。

「やはりそうですか。では僕と藍子さんと洸祐さんは、ちょうど10年前にあっているんですね」

レイはどこか遠くを見るような目をしていた。憧憬を見るように、恍惚な表情だった。

俺はあいつに振り回され続けた昔を思い出したくもないが。

「珍しい名前なんでよく覚えていたんですよ。紫吹藍子。うん。とてもいい名前です。」

へえ。俺の名前は憶えてなかったらしいな。というか誰彼構わず名乗るのは昔から変わっていないな。あいつ。

「――でも僕が彼女の名前を漢字まできちっと覚えていたのは、それが理由ではないんですよ。これを見てください。これは僕の宝物です。丁寧にお願いします。」

そういって差し出されたのは、1枚の便箋だった。

年季を感じさせる黄ばんだ白だった。だが、そんなアンティーク調をぶち壊すように、かわいらしいシールがこれでもかと張られていた。すこしぷっくりとした堅いシールだった。

俺はそれを裏返す。

ああ。もちろんなんとなく予想はついていたさ。

でも、なんだか実は10年前にあっているだとか、その時のことを覚えていて、学校で再開するとか、そして手紙のやり取りまでしているなんて、どこか気持ちの悪い、まるで知らず知らずのうちにレール上を走らされているようで、嫌だった。

――『紫吹藍子より』と汚い拙い字で書かれていた。



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