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少女ネイビーとシャングリラ  作者: オカダ倭
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『伝説』って言うほど語り継がれてないよな

五時から祭りが始まる。

とはいっても、屋台はそれよりも前から準備を始めているし、花火が始まるのを待ってはくれない。

会場に着くと、そこはしっとりとした喧騒に包まれている。もしかしたらここが神社の境内だからということもあるのかもしれない。

焼きそばの香ばしい香りに、コンプレッサーの地面を揺らすような音。この発電機のガソリンの香りがこの祭りの空間を形づくっている。

石畳を歩く。四人はからり、からりと音を鳴らしながら歩く。手には巾着が揺れている。

前にはレイと恋先輩。俺と藍子は後ろから二人を見つめる形だった。

人がごった返しているのもある。だが、こんなにも歩くスピードが遅いのはきっとレイの優しさなのだろう。恋先輩の歩幅に合わせるように、歩いている。

俺と藍子は別にそんなことを気にしなくても歩幅が一緒だと思う。というか思っていた。

ほとんど物心ついたときからの腐れ縁だから、一緒に歩いてきたから。学校から家へと続く道。あの四時過ぎの夕日の道を。

けれど、もしかしたらいつの間にか歩幅は違っていたのかもしれない。それは成長と言えるのかもしれないけれど、俺にはどうしてもどうしようもない距離を感じてしまう。きっと藍子は俺の歩幅に合わせてくれていたのだ。スニーカーではない今だからわかる。


鳥居へと続く石畳を抜けると、少し開けた場所に出た。大きな鳥居を抜ければ聳え立つのは本殿。左手には社務所があって、右手には絵馬が様々かけられている。

「人がすごいですね。確かここは最大の祭りなんでしたっけ?」

「そうだな。だから例年ほとんど同窓会みたいになってる。地元のみんなが集まるからな」

「そうじゃな。わしも三人くらいは見知った顔を見かけたわ」

俺は背中に張り付く浴衣が気になっていたのだが、レイは涼しい顔をしているし、恋先輩はハンディファンをもっている。どうしてこんなに涼しげなんだ……。

と、藍子が賽銭箱に続く階段を一段上って、胸を張る。恋先輩のお母さんの言葉を思い出してドキッとしたのは内緒にしておいてほしい。

「よし。とりあえず当分の拠点はこことするわ。こんな人込みだからね。もし連絡がつかないなんてことがあったらここに来ること。いいわね?」

こうして胸を張って高らかに宣言する藍子は、きっと『総理大臣部』の部長というかリーダーという設定何だろう。まあ、こういう時率先して何か仕切ってくれるというのは有難かったりする。迷惑に思う奴もいるだろうけれど、親密度の問題だ。

「そして『総理大臣部』の部員各員に通達するわ。一つ質問よ、洸祐、私の大好物は?」

「他人の痛みに苦悶する顔」

――藍子の巾着が顔面に飛んできた。

鼻が!血出てない?大丈夫?

「はい、私の好きなものは?」

藍子は不自然な笑みを浮かべて巾着を弄びながらさながら圧迫面接のように聞いてくる。

「――リンゴ飴であります」

「そう。私はリンゴ飴が好きなの。それも小さい不揃いなリンゴを飴にしたチャチな奴じゃなくて、しっかしとした奴が」

レイは「ふむふむ」なんて言いながら感心している。恋先輩は「ワシはそんなに好きではない」とぼやいている。

「しかも、ここらの屋台を取り仕切っている組織から入手した情報なんだけれどね……」

そういって巾着から取り出したのは一枚のチラシ。えーなになに?『幻のリンゴ飴』?

「そうよ。これをリンゴ飴ラーは『伝説』と呼ぶほどよ。このリンゴ飴は、まずリンゴから違うらしいの。糖度がある一定の基準以上を超えなきゃ出荷できないような高級リンゴを使って、そしてコーティングする飴にもこだわっていてね……」

藍子は無類のリンゴ飴好きなのだ。

ここに来て新設定?となるかもしれないけれど、これはある種しょうがないことでもある。この『リンゴ飴』という食べ物。この夏祭りでしか見たことがないだろう?だから藍子のこの『リンゴ飴病』とも呼ぶべき狂気は夏の最期に発症するのだ。

ペらぺらとリンゴ飴の魅力を説明する藍子に、恋先輩は若干引いているみたいだった。レイは相変わらず感心したように腕を組んでいる。

「つまり、その『幻のリンゴ飴』を探せばいいんですね?藍子さん」

「そうよ。でも、ただ一つだけ条件があるわ」

「条件?」

「そう、条件。それは―― 一つの会場に、その『伝説』は一つしかないということよ」

ほう。確かにそれは『伝説』かもしれないな。

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