祭囃子、夏空の元
「たばかったな……藍子」
ああ、もちろんあの浴衣の小さな女の子は、恋先輩だった。少しメイクもしているみたいだから幾分かいつもより大人っぽく見えた。レイはさりげなく「似合ってますよ、恋先輩」なんて言ってのけていたけれど、俺にはそんなラブコメ的返答はできそうになかった。というかなにそれ、どうしてお前はそんなことをさらっと言えるんだよ……。
恋先輩は藍子から「浴衣で来てね」と言われていたらしく、恋先輩も当然みんな浴衣を着てくると思ったらしい。まあでもここは恋先輩を支持するとしよう。さすがにそれは「私達も浴衣だから」という行間があると思ってしまうだろう。
「だって、恋ちゃんの浴衣が見たかったんだもん…正直こんなくそ暑い日にこんな長いもの身に纏いたくないし…見るだけでいい…」
またもや藍子は巾着で殴られていたけれど、どこか満足げだ。可愛い先輩を見れてよかったな。
かくいう藍子は少し長めのホットパンツに、シャツ生地のカットアウトコート。そしてキャップをかぶっているという服装だった。どう考えてもラフな格好だ。そして俺達男組も、藍子に負けず劣らずのラフさだった。たぶんおしゃれな人からしたら「部屋着?」とツッコまれるくらいの。
ジーパンに白シャツ、サンダル。レイは涼し気な黒のアンクルパンツに、オーバーサイズでまとめた黒を基調としたコーデだった。まあ正直こいつは何を着ても似合うだろうなと思う。
そんな俺たちを恋先輩はじとっとした目で見て。その目にはきっと失望とかが混じっていたと思うけれど。
「よし。藍子。祭りはいつからじゃったっけ?」
「大体五時くらいからであります、先輩!」
「よし。後二時間はあるな。ちょっと寄り道をするぞ」
と言って恋先輩は俺たちを連れて行ってしまう。
目的地の方とは逆方向。最寄りの駅から二駅のところで俺達は降りた。
こっち側は都会とも田舎とも言えないこの町の「田舎」の部分であるといえるだろう。なんだかさびれた商店街のような様相を醸し出している。
そんな駅の改札を抜け、右手に出て、五百メートルくらい歩いたところが、恋先輩の目的地らしかった。
元々はきっとコンビニエンスストアだったのだろう。規格化された四角い建物の中に恋先輩は入っていく。何処勝手知ったる他人の家という感じで。
「いらっしゃいませ~。って、どうしたの?」
店に入るとすぐに若い店員さんが出迎えてくれる。恋先輩を確認すると、店員さんから「友達」のように顔をほころばせた。
恋先輩は何やらその店員さんもとい「友達」のように接する人に事情を説明して、俺達に奥に入るように促す。
本当にここは昔コンビニエンスストアだったらしく、入り口はガラス張りになっている。ちなみにコンビニの窓側に雑誌コーナーがあるのは、立ち読みをしている人がいるという事実が店内に入る際の案sん巻につながるかららしい。確かに誰もいない店内は少し気が引けるような気がする。
かくいうこの店でもそれが取り入れられているようだった。奇麗な振袖や浴衣をマネキンが着ている。
「もしかして、ここは恋先輩のご実家とかでしょうかね」
「あーありそう。」
奥に案内された俺とレイは、待合室みたいなところで待ちぼうけを食らっていた。何も説明させるまでもなく、ただ「待っとけ。覗いたら警察につきだすからの……」と恋先輩が藍子と一緒に隣の部屋に入っていった。
「だとしたら、恋先輩の家は浴衣?振袖屋さんてことで、今はまさに藍子の着付けをしているって感じか」
「そうね~だから覗いちゃだめよ? 藍子ちゃんかわいいし、胸も小さくないから、君たちみたいな男子高校生からしたら見たいんだろうけれどね」
よくあるバトル漫画で実力の差がありすぎると「いつの間に?!」という風にして隣とか背後を取られるシーンがあるけれど、今はまさにそんな感じだった。受付にいたお姉さんが俺とレイの後ろに立っていた。もしかして、殺し屋一族の…?
「恋と仲良くしてくれてありがとうね。私は恋の母親。さあさあ、君たちも着替えるよ、こっちにおいで」
母親?ナチュラルに「姉」と言った方が正しようなお姉さんだった。恋先輩の母親にしては少し身長が高いように感じたし、どこがとは言わないが、恋先輩よりも大きかった。グラマラス。
というか、今、着替えるって言わなかった?