罵詈雑言って意外と大したことない
「なんだよ。そんなことなら俺に言ってくれればいいのに。いくらでもやりますよ紫吹さん」
意外とレアキャラな、藍子のことを「紫吹さん」と名字で呼ぶ河合。
藍子が引き合いに出したのは、木の枠組みを作れるという大工の息子、河合だったらしい。
だから、貴重な戦力ではあるが、少しだけ、『お化け屋敷』から『脱出ゲーム』にシフトチェンジした鶴ヶ島川越先輩のクラスに河合をレンタルすることにした。ただ彼だけに行かせるわけにはいかないので、俺と藍子も贖罪の意味を込めて同伴した。
ちなみに、インパクトドライバーに関しては、河合が持って帰ったことを忘れていただけらしい。家に持って帰り、それを父親が仕事に持っていき、ということで行方不明になっていただけということだ。高価なものだから、本当によかった。
ほとんど俺と藍子は手伝うことなんてなかった。それくらいに河合の仕事は早く、十数枚もの壁の枠組みをわずかに時間で仕上げてしまった。すごい。
「これだけあれば、大丈夫そうだよ、ありがとう~」
このクラスの文化祭実行委員らしい綺麗な女の人が河合の手を握って、感謝を表していた。その時の河合の耳の赤さったら。意外と初心なんだよな。
三年生のクラスを後にしようと思うと、お手洗いから帰ってくる鶴ヶ島川越先輩と目が合った。だが、すぐに目をそらして教室に入っていってしまう。
あの奇妙な放課後。鶴ヶ島先輩には「金輪際近寄らないでくれ」という風に言われている。どちらかと言えば、今回は先輩の方が近づいてきたわけで、仕方がないだろう。
今日は俺たちのクラスの準備日ではないので、俺と藍子は帰ることになった。河合はその足でサッカー部の練習に向かった。彼はキーパーのポジションらしい。
ちょうど昼過ぎということもあって、暑さのピークというか、日差しのピークという感じだった。照り付ける紫外線が肌を焼き焦がす。皮膚がんなどのリスクもあるというから、本当は日焼け止めを塗った方がいいんだろうけれど、億劫で濡れていない。
藍子はそういうところはしっかりしていて、その肌は焼けていない。白さをキープしている。女性の白い肌は努力の賜物なんだそうだ。昨日読んだ少女漫画に書いてあった。
日傘もさして、暑さ対策ばっちりの藍子に対して、俺は暴力的な暑さにさらされている。
「にしても、少しくらい相談してくれてもよかったじゃないか」
今更、という感じがしたが、藍子に聞いてみた。
「まあね。私もああいう風に『盗人』呼ばわりされるとは思わなかったわ。しかもあんなに喧嘩になるし……」
それでも藍子が制して、クラスはより一体感を増したのだから、結果オーライではなかろうか。ちなみに無くなった壁は、邪魔だから空き教室に移動しておいたということになっている。そしてそれを忘れていたのは河合という風に。ごめんな河合。痴呆持ちみたいな扱いになってるけど。
「藍子からあんな大きな声が出るなんて思いもしなかったよ。まあ、共通の敵がいれば一致団結できるみたいなものかな。真のラスボスを倒すためにライバルと共闘する、的な?」
「まあ、本当に、結果オーライでよかったわ」
藍子は暑さのせいか、元気がないように思う。いや、暑さのせいだとしたら、俺の方が元気が少ないとおかしいので、そうではないだろう。
「元気がないな」
何を言っていいかわからなくて、そんな適当なことを吐いてしまった。
すると藍子は、ぷっつりと何かが切れたように、まくしたててきた。
「大体、制度自体がおかしいのよ! 別に全クラス『お化け屋敷』だっていいじゃない! でも私は『お化け屋敷』をやりたかったから、どうしようもなくて……。あんた今私の事幼稚だと思ったでしょ!わかってるんだからね!」
でたでた。藍子の幼稚モード。
本当に頑固だから、こういうことになる。そしてなまじっかこいつは頭がいいから、其のわがままが押し通っちゃうんだよな。だって、俺には全く思いつかないぜ? 受験生の勉強時間を交渉材料にするなんて。本当にすごいぜ、全く。
俺はそのまま、弾幕のような非難の嵐をどこ吹く風という風に受け流しながら、藍子と一緒に真夏の帰り道を歩いた。よくこいつ俺への悪口が尽きないな、なんて感心しながら。家に着いたら膝を抱えて泣こう。ひどい。