鼻の下にあるものを見るのは難しい
監査委員の仕事は思いのほか大変で、指定されたチェック項目をすべてクリアしている団体は恋先輩のクラスくらいのものだった。
俺のクラスも、二つくらいのペンキの汚れが見つかって、注意される運びとなった。
クラスを取り仕切っていた藍子は「これくらいいいじゃない!」とか言っていたが、俺は仕事に私情を挟まない男、バッサリと切り捨てた。まあ、拭くだけだしな。
そして下校時刻を告げるチャイムが鳴る。と言っても先生方の終業時刻に合わせた午後五時にそれはなる。だから、下校と言っても、まだまだ外は明るい。さすが夏だ。
俺は恋先輩に連れられるがまま、、階段を上り、四階へと到着していた。
四階は一年生のテリトリーだ。やはり犯人は一年生の誰かなのか……。
とポケットに入った答えを見たい衝動に駆られていると、向かっていく先が俺のクラスであるということに気が付いた。
「犯人は、俺のクラスにいたってことですか?」
「そうじゃ」
先輩は入るぞ~と言って片付けをしている教室に入っていく。
糊の香りと、ペンキの香りが一層強くなったような気がする教室だった。
「あ、恋ちゃん。どうしたの? また何か難癖でもつける気?」
自分がいるから監査は完ぺきに抜けられると思っていたらしい藍子は、先ほどの事をまだ根に持っているらしかった。
「はいじゃあ、片付け終わったみたいなんで、今日は解散ってことで! はい、また来週!」
それぞれのグループが談笑しながら帰っていく。来た時は材料を抱えてきた奴もいたが、帰りは身軽なもので、手ぶらで帰る奴もいた。
「帰らせていいんですか?犯人は…」
この状況。そして教室に入った時からほとんど話さないレイ。なんだか不気味な気がして、言葉を吐きださずにはいられなかった。
「犯人が帰っちゃいますよ?いいんですか?」
恋先輩は、まっすぐと藍子を見つめている。藍子しか見つめていない。それがそういうことを意味するかは、さすがの俺でもわかるというものだった。レイは俺よりも少し先に気が付いていたということだろう。
「紙を見ていいぞ」
俺は言われるがまま、後ろポケットに入れた紙切れを開く。
「この事件の犯人は、おぬし、紫吹藍子じゃ」
紙には端正な字で、「らんこ」と平仮名で書かれていた。
灯台下暗しだった。