上手い話には…何があるんだっけ?
翌日、藍子はけろっとした顔で登校していた。今まで説明をしていなかったが、藍子は所謂朝活をしていて、朝に予習や復習をしているのだ。本当に、ほとんど同じ境遇で育ってきたというのにこの差は一体どこからやってくるのだろうと思ってしまう。まあただ俺は単純に勉強時間が足りないというだけのような気もするけれど。
「おはようございます藍子さん。お体はもう大丈夫なんですか?」
「うん。もう大丈夫よ。昨日は連絡ありがとね」
「いえいえ。当然のことをしたまでですよ」
なんてやり取りをしている二人を尻目に、俺は杠葉先輩に廊下に呼び出されていた。
「どうしたんですか、先輩」
小さい小柄な先輩だから、こうして面と向かい合うとよりその小ささが際立つ。身長なんて俺の胸までないんじゃないか?
「なにか失礼なことを言われた気がするが……。まあいいじゃろう。この前プール掃除を頼まれた先生を覚えておるか?」
「ああ、あの、美人の黒のビキニの大胆な…」
「本当に男ってやつは…。そう、その先生じゃ岩田冴子じゃ。あの先生がまたおぬしら『総理大臣部』に頼みごとをしたいと言いはじめてな。きっと味を占めたというか、便利な奴らという風にしか思っていないんじゃろうな」
「まあ確か俺達何をしているのかわからないですからね。今のところただの便利屋って感じですから」
「まあまあ。それで引き受けてくれるか?」
「内容によっては」
「じゃあ交渉成立じゃな。では今日の放課後視聴覚室で待っておる。藍子と袖ケ浦もつれてこい」
「え、あ、ちょ」
彼女は次の授業が始まるチャイムの一音目が鳴ると同時に、三年生の教室に駆けて行ってしまった。さすがは生徒会。時間にはきっちりしてやがるぜ。
俺は良いとも悪いとも言っていないというのに。
「それで?私は何のために呼ばれたわけ? ちょっと忙しいんだけれど」
「僕はいつでも大丈夫ですけど、急ですね。何をこれからするんですか?」
そんな風に詰め寄られたところで、俺も知らないのだから、俺は聞き流すことにした。妙に察しがいいレイは「きっと洸祐さんも聞かされていないんですよ」なんて言ってやがった。勘が良すぎて少し怖い。
視聴覚室なんて、来たことがなかったから、新鮮な気持ちだった。今や教室にプロジェクターがある時代だ。こうしてビデオを見るなら視聴覚室のテレビという時代ではなくなっているから、もしかしたらこの部屋もいつか違う部屋にとって代わられるのかもしれない。~資料室とかかな。でも資料もデジタル化が進んでいるしな……。
と、年代物のテレビに思いをはせていると、一人のグラマラスな女教師と、小柄でかわいらしい先輩が入って来た。
「また? 今度は体育館の掃除とか言うんじゃないでしょうね」
藍子は明らかに不機嫌そうだった。用事があるってのは都合のいい言い訳かと思っていたが、案外本当なのかもしれない。
「いやいや。そんな拷問まがいの事はしないよ。というかこの炎天下の中冷房も碌にきかない体育館で掃除なんかしたら死んでしまうよ」
そういうのはきちんと空調服を着た業者に任せておけばいいの。と岩田先生は言う。そして杠葉先輩に、何かを持ってくるように指示を出した。
持ってきたのは、一枚のポスター。そこには大きく『文化祭』という文字が描かれていた。楽しそうな写真も背景に使われている。
「おぬしらには、ワシたち生徒会の手伝いをしてほしいんじゃ」
藍子は少し嫌そうな顔をしていた。俺も少し嫌な気持ちがあった。だって裏方になればうまく文化祭を楽しめないような気がしたからだ。きっと藍子も同じことを思っていたのだろう。
「何か、メリットのようなものが? こうして文化祭実行委員を先行する前から根回しするということは何かあるんでしょう?」
レイはその中でも冷静に判断していた。クールで気障男って、ちょっとずるいぞお前。
「ああもちろん。それはあるとも。と言っても私が何かをするわけではない。男子諸君としては私がナニかをしてくれる方が魅力的だろうがな。今回はそうではない。報酬に関しては恋が提案してくれたよ」
短く「そうじゃ」と先輩は言った。
「生徒会の仕事と言っても、ほとんどはこの文化祭関係の仕事なんじゃよ。体育祭とか、他校との交流とかも重要じゃが、文化祭はもっと重要で大変じゃ。なぜなら一般の人も客としてくるわけじゃからな。その分生徒会の負担も莫大なものになるということじゃ」
一瞬だけ副生徒会長になった時、生徒会室の資料を見たとき、「~年度文化祭」という資料がたくさんあったのを思い出した。あの分厚い資料が一年に一冊できてしまうくらい仕事量も多いということだろうか。それは大変だ。
「生徒会を仕切っている私としては、ほとんど知らない文化祭実行委員よりも、君たちみたいに知っている子たちの方が、扱いやすく……指示が出しやすくてうれしい。ということで生徒会と少しながらにつながりがある君たちをご指名というわけさ」
今この人「扱いやすい」って言ってなかったか? 少し先生の闇を見た気がした。
でも報酬とは一体何なのだろう。俺が返答をする前に先輩が交渉成立と言えるだけの報酬があるはずだ。
「報酬は、来年度の生徒会。その椅子の確保じゃ。『総理大臣部』は丸ごと生徒会に入る権利が与えられる」
――確かにそれなら。
藍子はじっと先輩を見つめ、真偽のほどを確認していた。「本当に?」と少し目を輝かせながら。