世界か彼女かのニ択は実質一択
言われた通り、俺は先輩からもらった薄群青の手紙を一人で開ける。鈴虫が鳴いていることを実感した夜だった、月明りが差し込んでいて、部屋全体が月光で白んでいた。ほんのり夜空が溶けていた。
中には、二枚の便箋が入っていた。シンプルながらに、きちんと悩んだ末に選ばれたものだということが良くわかるものだった。
中の字も綺麗で、女性の人かと思ったけれど、中には「俺」という一人称が使われていたから、きっと男なのだろう。もしかしたら一人称が「俺」なだけで女性かもしれないけれど。とりあえずは男ということにしておこう。まあどちらでもいいが。
手紙を読む。
俺は、この手紙の内容が、半分も理解できなかった。
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降谷洸祐君へ
俺は成都海の親友、白井健司という。だから今は大学一年生ってことだな。まだ酒は飲めない。
紙幅は限られているから担当直入に言う。
紫吹藍子は神とも呼ぶべき存在だ。
突然のことでわからないと思うがまずは聞いてくれ。
神はいるんだ。それは超常的なものではなく、ちょっとした能力を持った人間という形で。仮にそういう人物を『世界の中心人』という風に名付けよう。
紫吹藍子は、現代の『世界の中心人』なんだ。
彼女が思ったことは現実になるし、なんだって思いのままだ。だからきっと彼女は総理大臣になるのだろう。この国初の女性首相に。
けれどそんな未来は訪れない。なぜなら彼女が総理大臣になる前に、この国は終わるからだ。
その災害を『エゴイスティックサマー』という。
今からちょうど十年後。君たちが25歳になる、ある夏の日にそれが起こる。
避けられない、確定された未来だ。
これを避けるためには、他でもない、紫吹藍子と幼馴染である君が彼女を止めなければならない。
俺の能力も限定的なもんで、その具体的方法なんかは見当もつかない。だけど、君はやらなければならない。最悪の場合は、紫吹藍子を殺してでも。億単位の人間が死ぬんだ。それくらいの犠牲は正義と言えると俺は思う。
そうならないためにも、紫吹藍子を注意深く見ていてあげてほしい。
何でも思い通りになる彼女だ、きっと心の中に渦巻く黒々とした思いがああいう形になって表れてしまったんだ。君には、それをゆっくりととかして言ってあげて欲しい。
こんな風に下手に出ているけれど、本当は是が非でもやってほしい。
どんな力にも綻びはなければならない。
俺はその綻びが唯一の幼馴染である降谷洸祐君、君だと思う。
どうか、俺たちの輝かしい未来のために、尽力してくれないか。
白井健司
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読み終わった俺は、眉をひそめた。まず初めに思ったことは「いたずらか?」ということだった。この手の話が好きそうな人はいるものだから、そういった陰謀論が好きな人が書いたフィクションなのではないかと疑った。
でも、なんとなく。
この『白井健司』という男が真剣であるということがひしひしと伝わってくる。誠意が、伝わってくる。
神だとか、そういうことは抜きにしたとしても、俺は一つだけ思った。
「それなら、今まで通り何も変わらない」
藍子を俺は常に気にかけている。あんなに溌溂として、そして堂々と『総理大臣になる』なんて言ってのけることができる彼女のことを、気にかけないわけがない。
そしてあんなに強そうで、尊大そうに見える彼女が、時々弱いところ見せること。それも俺は知っている。俺と二人の帰り道、そしてギターを弾く夜中。今日のような病気の時。
きっとレイも、先輩も、そして手紙の男も知らないだろう。彼女が時々弱音にも似た表情をすることを。
彼女は本当に寂しそうな顔をする。「誰にもわかってもらえない」という風な諦めを感じる横顔。
知らないからそんなことを言えるのだ。
もし彼女とこの国の人、どちらかを選べと言われたら、俺は――。