薄群青の手紙
「私はこのストロベリーの新作を、トールサイズで。君は?」
「…じゃあ俺は、このダークモカチップフラペチーノを」
「結構来るのかい?」
「…藍子に連れられて」
「そうかい」
俺と先輩は床に張られたシールに従って、提供されるのを待っていた。ここは駅の中にあるこじんまりとしたスターバックスだった。後一駅行けば、大きなショッピングモールがあるが、さすがにそこまで行くのは渋られた。
差し出されたフラペチーノをもって、二人掛けの丸テーブルの席に着く。
先輩は窓に背を向けた方に座る。きっと外から見た先輩は女性に見えているのだろう。その髪の長さだけで判断をされて。
そう考えると、今のこの状況は男女でスターバックスに来ているという風に映るのだろう。
「君の目には、紫吹藍子という女はどう映っている?」
ストロベリーの新作をおいしそうに飲む先輩は出し抜けにそう切り出してきた。
「俺にとって、藍子は、幼馴染です」
「ふーん」
心底つまらなそうに、先輩はそこに沈むストロベリーの果肉を一心不乱に探していた。
「それだけじゃないでしょう。君はきっと紫吹藍子にそれ以上の感情を抱いているはずだ。それこそ、恋愛感情とかね」
「それは…」
何を勘違いしているんだ。という風に反論することはできなかった。
「大方、仲がいい、袖ケ浦君だっけ?彼に遠慮しているみたいなところじゃないか?彼が紫吹藍子への恋愛感情を表明したせいで、自分の気持ちに蓋をしている。とかね。もしかしたら仲が良くなってしまった。くらいには思っているかもしれないね」
まくしたてるように俺の弱いところを突く先輩に俺は徐々に苛立ちを隠せないでいた。思わず、カップを持つ手に力が入ってしまう。
「……何が言いたいんですか」
先輩は「そんなに睨まないでくれよ」と言って、バックから何かを取り出そうとする。それは、薄群青色した便箋だった。ご丁寧なことに、きちんとした封がなされている。
「これは?」
「もちろん君宛さ。私が預かっていたんだ。今日はこれを渡すために君をここに誘ったって感じかな」
そういって、スッと俺の方にその便箋を寄せる。『降谷洸祐様へ』という風に書かれてはいるが、差出人の名前はなさそうだった。だけど、とても字がきれいで、丁寧な人なんだろうと思った。
「まあ、確かに丁寧な奴だよ。律儀な奴とも言っていいと思うけれどね」
「……知り合いの方なんですか?」
と言うと、先輩はどこか遠くを見るようにして、ほほ笑んだ。小さく「今は何をしてるんだか、わからないけれど」とつぶやいて。
「知り合い、ではないかな。親友と私は思っているからね」
先輩は心底嬉しそうにその言葉を吐くのだった。大切そうに、紡ぐように。
「それは私の前では開けないでくれるか? ぜひ家で一人で見てほしい。警告をしておくが紫吹藍子にだけは見せてはだめだ。いいね?」
「……はい」
柔和ながら整った先輩の顔が、一層険しくなったことに俺は驚いていた。やはり先輩は藍子とそりが合わないらしい。あの理科実験室の一件だけでこうも嫌われるものだろうか。
「流石に、一緒に帰ろうか……とは言えないな。君はこれから紫吹藍子のもとに行くんだろ?」
「――よく知ってますね」
「もちろんだよ。紫吹藍子の事はよく見ているからね。では、彼女によろしく」
そういって先輩は席を立ってしまった。氷に挟まっていたストロベリーの果肉はきれいさっぱりと先輩の胃袋の中に入っていて、器用だなと思った。
一人取り残された俺は、その丁寧さが前面に押し出た便箋をこれまた丁寧に自分の鞄にしまい、先輩とまた遭遇することがないように時間を空けてから店内を後にした。今日もおいしかった。